夢の橋

夢人

文字の大きさ
上 下
69 / 182

幕末の終わり10

しおりを挟む
 東が10日ぶりに出社した。誰も口を聞かない。黙々と不良債権の進捗表を送られた報告書を繰りながらパソコンに打ち込んでいる。私は自殺者の報告書を完成して室長に届ける。
「東は辞めないのか?」
「辞めないと思いますが?」
「代わりの人間を準備していたのだがな?」
 すでに整理会社は200人を切っている。最後に残るのがこの室長の12人のメンバーとなっている。それなりにそれを覚悟してこの室に配属されている。自殺して死んだ最年長者の後には秘書室の42歳のお局が来ている。
 6時になって私は立ち上がって会社を出る。ホームに上がり電車に乗り込む。背中に背後霊のような?東だ。
「反対方向だろ?」
「一緒に飲みたい?」
「抱かないぞ」
 こくりと頷いている。
 まるで弟の後ろを歩く姉のようだ。私は思い切って暖簾を潜った。おばさんの顔が強張っている。総司は買ってきた大鍋の中を覗き込んでいる。私と東の顔を見て、
「はい」
とウインナーを2本ずつ渡す。ジャージ姿の総司の顔に変化はない。 
「会社の同僚だ」
「はい」
 おばさんが隣から恐る恐るビールを出す。私はもう1本を頼んでお互いに手酌する。東には総司の話をしたことがある。
「いよいよおでんを作ったのだなあ」
「5回も味を作り変えたよ」
 東は黙ってウインナーをつまんでビールを飲む。どういうわけか総司が東にビールを注いだ。東はそれを飲み干すと急に頭を下げて暖簾を出て行った。
「変わったな?」
「鼠とは夢でも一緒だから」
 



しおりを挟む

処理中です...