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 ナタリーさんが準備してくれた昼食を食べながら、団長さんは本気で本を寄付するから出来れば必要性があるものを選んで欲しいとお願いされた。選ぶの良いのだけど……

「それは構わないわ。助手の子達も喜ぶし。でも……」 

 治療院の空き部屋を思い浮かべると、幾つか候補の部屋はあるが基本的に何もない。辛うじて小さな棚があるくらいの殺風景な部屋ばかりしかし浮かばなかった。あれでは使えないわね。

「でも?」

「部屋の改装しないといけないと思うわ。本棚が足りないし勉強の為の机も欲しいもの」

「なるほど。他に問題はあるか?」

 他の問題と問われると、どうしても院長の泣き顔が浮かんで消えなかった。

「院長が泣く事かしら」

「……それは問題なのか?」

「あの人、泣き出したら面倒なのよ。お酒を飲んだら泣きながら絡む人いるでしょう。あんな感じなの」

 私の言葉を聞いて院長の姿を想像したのか、団長さんが大きなため息を吐き出した。

「それは……君に任せる」

 眉間に皺を寄せて困った様に眉を下げる団長さんが面白くて、小さく笑うと彼に睨まれた。肩を竦めて誤魔化すと、私もため息を吐き出した。泣く院長は面倒だけど、助手の子達を考えると……

「仕方ないわね」

 嫌々ながらも承諾すると今度は団長さんが吹き出した。もう、そっちだって笑ったじゃない。今朝の気まずさが消えて、和やかな雰囲気の中、昼食を終えると団長さんと訓練場に向かった。今日も模擬戦をやりたいらしい団長さんは、今日こそ勝ちたいと意気込んでいた。

「訓練に勝ち負けは関係ないと思うのだけど?」

「まぁ、そうなんだが……そう言えば気になっていたんだが、何故、打ち合わずに斬撃を飛ばすんだ?」

「そんなの簡単よ。団長さんとじゃ当たり負けしちゃうもの。手数てかずで勝負の双剣だけど敵に突っ込むだけじゃぁ、ね?」

「なるほど」

 そう言って頷いた団長さんが、騎士団の制服を脱いで窓枠にかけると普段使っている剣を構えた。

「新しい剣も良いんだが、違いが知りたくて」

 そう言った団長さんは、ニヤリと悪戯が成功した男の子の様に笑う。私も双剣を構えながら内心、ワクワクが止まらない。

「そうね。実際に使わないと違いは分からないわね。フフ、楽しみだわ」

 私の言葉が終わると同時に団長さんが走り出す。前回とは違い積極的に攻撃を繰り出す。上段から振り下ろされる剣を左に避けると、団長さんの剣もそのまま左に方向を変える。横に振り抜かれる剣を前転して躱すと、団長さんの足元に向かって炎の矢を飛ばす。しかし、炎は土壁に阻まれて砕け散る。思わず舌打ちしながら立て直しの為に後ろに飛んで距離を取ると、団長さんが一歩踏み込んで距離を詰める。

「中間距離は苦手なのよね!」

 そう叫びながらも自分の体に風を纏うと、身体強化した足で高く飛び上がる。その動きを予測していた団長さんが追い掛けて来たけど、魔法で氷の槍を投げつけた。

「クソ!本を見せるんじゃなかったな!」

 剣で全ての氷を叩き落としてた団長さんが、大きく息を吐き出すと剣の色が変わり魔力が膨れ上がった。

「神速」

 団長さんが一言呟くと、スピードが変わる。残像を残して私の目の前に来ると、右下段から左上段に向けて剣を振り抜く。慌ててガードを発動させたけど、剣の風圧に負けて弾き飛ばされた。

「やっぱりパワーじゃ敵わないわね」

 壁に当たる寸前、風を背中に集めて衝撃を逃がすと、地面に下りて両手を上げて降参のポーズをした。ふー、激突するかと思ったわ。それにしても……

「あのスピードは反則じゃないかしら?」

「“神速”は魔法騎士特有の加速移動魔法だ。連続使用時間や速さに個人差はあるが全員使えるぞ」

 思わず溢れた愚痴に返ってきた返事は、思いもよらないものだった。全員使える?個人差って……そう言えば部下さんも消える様に居なくなったわね。

「団長さんは?」

「騎士団のトップにいるんだ。速さに自信はある」

 ニヤリと得意気に笑った団長さんだったけど、苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。

「ルーシーこそ、本を読んだだけで中級魔法を取り入れたじゃないか」

「そうね、中級の方が使いやすいわね」

 模擬戦は一試合でお仕舞いにして、私達はダイについての情報交換をする事にした。服の埃を叩いて落とすと、訓練場の横にある休憩室に入った。

「情報と言っても古いのだけど、彼は風魔法の使い手で上級まで使えるオールラウンダーよ」

「上級なら魔力は多いはずだよな?」

 団長さんのもっともな質問に私は頷いて肯定した。そうダイは魔力も多く多彩な風魔法を使っての攻撃だけでなく、魔法での防御や剣での攻撃も出来た。

「そうね。一般的なハンターよりかなり多いわ。でも、私の半分ほどしかないのよ」

「それで魔力を上げたかったのか?」

「多分としか言いようがないわね。オールラウンダーの将来有望のハンターだった事は間違いないわ」

「何故、そこまで魔力上昇に拘ったのかは謎か」

 腕を組み顎に手を添えて考える団長さんが、騎士団の制服から一枚の紙を取り出し私に差し出した。

「これは?」

「白紙の調書に名前があって行方不明の人間だ。名前に心当たりは?」

 紙に視線を落とすと一人の男性の名前が書いてある。『ハイド・ローベル』その名前に覚えは無くて首を横に振った。

「そうか……年齢的にダイの本名がこれではないかと俺は予測している」

「え?でも、ダイとは事故の二年前から一緒にクエストをやっていたわよ。事故の後も……三年くらいは一緒だったかしら」

「俺の勘違いなら良いが、この人物は魔力上昇に異常なほど執着していて、食べ物や薬等あらゆるものを試していたそうだ」

 団長さんの言葉に反論が出来ず黙り込んでしまった私は、遠い記憶の中のダイの事を少しでも思い出そうと必死だった。


 でも、思い出すのはクエストの最中でも、魔力上昇に効果があると言って色々な物を試す姿だった。


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