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58 最終話
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目を覚ましてから二週間。三日もすれば普通に生活出来る様になった私はリハビリの合間に陛下との謁見も済ませた。そして、今日は弟の契約相手に会う事になったけど、目の前の大きな白いフェンリルを見上げて言葉を失った。弟の契約相手ってこんなに大きいの?私の身長の……二倍?えっと……
「姉さん」
「テリー、貴方、白い犬か狼って言ってなかったかしら?」
「初めて会った時はそれくらいだったけど成長したんだよ」
弟の困った顔を見て僅か一年足らずでここまで大きくなったと理解した。成長途中って、コレでも大人じゃないの?まだ大きくなるのね。これは家に入れないと言うか……
「前の家では暮らせないわね」
「そうだよね……ごめんね」
弟の頭を撫でながら、私はもう一度フェンリルの見上げた。うーん、庭にも入りそうにないし困ったわ。
「だから、全員でここに残れば良いだろう、未来の奥さん」
ニタニタ笑いながら私を見てるのはギルマス。マークが私に結婚を申し込んだ事を聞いて、何か言う度に“奥さん”と言う。そろそろお仕置きしようかしら?それより先にする事を終わらせなくちゃ心おきなくヤれないわね。
「取り敢えず賃貸にしようかしら」
「売っちまえば良いだろう?」
「将来、テリーかマーシャが住むかもしれないじゃない。残しておいて損は無いでしょう」
成る程なんて言って頷くギルマスは放置して、私は改めてフェンリルに向き合った。
「改めて、こんにちは。私はテリーの姉でルーシー。宜しくね」
『姉君か承知した。私はハルと呼んでくれ』
「えぇ、わかったわ。弟をお願いねハル」
大きな頭を縦に振ったハルは、シュッと小さな音と共に姿を消した。普段は大きすぎる体の事もあって聖域にいるらしい。ずっと一緒に居たいから、今は長老に体の大きさを変える魔法を教わっているとか。攻撃と防御は習得済みって。
「頼もしい相棒ね」
「でしょう。僕もハルに負けない様に頑張らなくちゃ」
相棒を褒められて嬉しいのか弟はずっと笑顔で話していたが、訓練があるからと言って城に向かった。残された私とギルマスは居間で家の賃貸契約の話を詰めて書類にしていた。
「ここまで決まれば後は早いな。書類は清書してから改めて持ってくる」
「分かったわ。はぁ、寝ている間に変わりすぎて頭がついて来ないわね」
「そりゃ、一年近く寝てたんだ当然だろうよ。そうだ、陛下の謁見はどうだったんだ?」
昨日、陛下との謁見を済ませた私に、ギルマスは興味津々な顔で身を乗り出した。他人事だと思って楽しそうね。やっぱりムカつくわ。お仕置きは何が良いかしらね。マークに相談しなくちゃ。
「どうも無いわよ。伯父の事件のお詫びなんて言われたから、城内の訓練場の使用許可を貰ってお仕舞いよ」
「は?使用許可って何でだ?」
「私とマークが本気でやれる訓練場は城内しか無いもの」
「成る程。でもよ。訓練生の前でアレやんのか?」
アレと言われても何の事か分からず首を傾げると、ギルマスは呆れたように大きなため息を吐き出した。何のため息かしらね。
「無自覚かぁ……化け物夫婦が」
「まだ、夫婦じゃ無いわよ」
「近いうちにそうなるだろう。新人がお前らの試合を見たら腰抜かすぞ」
「どうかしらね?」
ギルマスの大袈裟な言葉を聞き流しながら誤魔化すと、彼は苦笑いしながら帰って行った。
夫婦ねぇ……どうしてか踏ん切りが付かないのよね……私は何が怖いのかしら。自分でも気付いていない何かがあると思うけど……
思考に囚われていた私の肩に後ろから手を置かれ驚いた瞬間、無意識に振り向き相手に攻撃した。
「おっと、考え事か?」
軽い動きで攻撃を躱したのはマーク。声を掛けても返事がなかったから肩を叩いたらしい。良かった怪我させなくて。
「ごめんなさい」
そうだったわ。私は……小さい頃から背後から近づかれると、無意識に攻撃してしまうから回りから怖がられていた。この家に来てから攻撃する事もなく、自分でもすっかり忘れていたけど。あぁ、私が怖かったのは……
「無意識だったの……一緒に暮らしていたら、これからもこんな事があるわ。だから……」
『終わりにしましょう』
たった一言。最後の言葉が言えなくて、言葉に詰まって俯いた私の頭に彼の大きな手が乗せられる。その手の温かさに思わず涙が溢れた。大切だから……傷付けたくないから……一緒に居たくない。
「だからどうした。戦闘経験がある者にはよくある事だろう?」
そうかもしれないけど私の場合、攻撃力が違うわ。軽くなんか無いもの。
「でも、怪我させるかもしれないわ」
「俺は無意識の攻撃も避けられない程のマヌケか?」
そう言われると返答に困る。彼が避けられないなんて思わないわよ。でも、頭で分かっていても心配だし怖い。
「そうじゃなくて……迷惑掛けてしまうから……」
迷惑って言葉で誤魔化しても恐怖心が消えない。どうしてこんなに怖いの?私は……
「馬鹿だなぁ。こんな事くらいで迷惑な訳無いだろう。もっと甘えて良い」
彼の言葉に目が点になる。馬鹿って失礼ね。もっと甘える?何の話よ。私にわかる様に説明して頂戴!私は貴方が心配なだけなのに。
「こんな事で君を避けたり非難したりしない」
「……マーク……」
彼の言葉を聞いて肩の力が抜ける。あぁ、そうか私が怖かったのはコレなのね。無意識な行動で彼を傷付けそうで嫌われそうで。だから怖くて返事も出来なくて……
「私……このままでも良いの?」
「勿論。何も変わる必要無いだろう?」
「だって」
「心配ならその都度、俺に言えば良い。話し合って一緒に解決すれば良い。ただそれだけだ」
何でも無い事だって彼が笑うから私も笑って抱きついた。驚いたのか固まって動かない彼の耳元で、私は小さな声で気持ちを伝えた。
『ずっと一緒にいたいわ。私の未来の旦那様』
グッと言葉に詰まった彼が手で顔を覆って横を向く。顔を隠しても赤い耳が見えていて笑いが止まらなくなった。
「笑うな」
「だって……可愛い」
「か!?……可愛いのは君だろう」
「どうかしらねぇ?」
「だから何故、疑問形なんだよ」
不貞腐れた顔で腕を組む彼が赤い顔で私を睨む。そんな姿が可愛くて私はまた肩を揺らして笑った。
end
「姉さん」
「テリー、貴方、白い犬か狼って言ってなかったかしら?」
「初めて会った時はそれくらいだったけど成長したんだよ」
弟の困った顔を見て僅か一年足らずでここまで大きくなったと理解した。成長途中って、コレでも大人じゃないの?まだ大きくなるのね。これは家に入れないと言うか……
「前の家では暮らせないわね」
「そうだよね……ごめんね」
弟の頭を撫でながら、私はもう一度フェンリルの見上げた。うーん、庭にも入りそうにないし困ったわ。
「だから、全員でここに残れば良いだろう、未来の奥さん」
ニタニタ笑いながら私を見てるのはギルマス。マークが私に結婚を申し込んだ事を聞いて、何か言う度に“奥さん”と言う。そろそろお仕置きしようかしら?それより先にする事を終わらせなくちゃ心おきなくヤれないわね。
「取り敢えず賃貸にしようかしら」
「売っちまえば良いだろう?」
「将来、テリーかマーシャが住むかもしれないじゃない。残しておいて損は無いでしょう」
成る程なんて言って頷くギルマスは放置して、私は改めてフェンリルに向き合った。
「改めて、こんにちは。私はテリーの姉でルーシー。宜しくね」
『姉君か承知した。私はハルと呼んでくれ』
「えぇ、わかったわ。弟をお願いねハル」
大きな頭を縦に振ったハルは、シュッと小さな音と共に姿を消した。普段は大きすぎる体の事もあって聖域にいるらしい。ずっと一緒に居たいから、今は長老に体の大きさを変える魔法を教わっているとか。攻撃と防御は習得済みって。
「頼もしい相棒ね」
「でしょう。僕もハルに負けない様に頑張らなくちゃ」
相棒を褒められて嬉しいのか弟はずっと笑顔で話していたが、訓練があるからと言って城に向かった。残された私とギルマスは居間で家の賃貸契約の話を詰めて書類にしていた。
「ここまで決まれば後は早いな。書類は清書してから改めて持ってくる」
「分かったわ。はぁ、寝ている間に変わりすぎて頭がついて来ないわね」
「そりゃ、一年近く寝てたんだ当然だろうよ。そうだ、陛下の謁見はどうだったんだ?」
昨日、陛下との謁見を済ませた私に、ギルマスは興味津々な顔で身を乗り出した。他人事だと思って楽しそうね。やっぱりムカつくわ。お仕置きは何が良いかしらね。マークに相談しなくちゃ。
「どうも無いわよ。伯父の事件のお詫びなんて言われたから、城内の訓練場の使用許可を貰ってお仕舞いよ」
「は?使用許可って何でだ?」
「私とマークが本気でやれる訓練場は城内しか無いもの」
「成る程。でもよ。訓練生の前でアレやんのか?」
アレと言われても何の事か分からず首を傾げると、ギルマスは呆れたように大きなため息を吐き出した。何のため息かしらね。
「無自覚かぁ……化け物夫婦が」
「まだ、夫婦じゃ無いわよ」
「近いうちにそうなるだろう。新人がお前らの試合を見たら腰抜かすぞ」
「どうかしらね?」
ギルマスの大袈裟な言葉を聞き流しながら誤魔化すと、彼は苦笑いしながら帰って行った。
夫婦ねぇ……どうしてか踏ん切りが付かないのよね……私は何が怖いのかしら。自分でも気付いていない何かがあると思うけど……
思考に囚われていた私の肩に後ろから手を置かれ驚いた瞬間、無意識に振り向き相手に攻撃した。
「おっと、考え事か?」
軽い動きで攻撃を躱したのはマーク。声を掛けても返事がなかったから肩を叩いたらしい。良かった怪我させなくて。
「ごめんなさい」
そうだったわ。私は……小さい頃から背後から近づかれると、無意識に攻撃してしまうから回りから怖がられていた。この家に来てから攻撃する事もなく、自分でもすっかり忘れていたけど。あぁ、私が怖かったのは……
「無意識だったの……一緒に暮らしていたら、これからもこんな事があるわ。だから……」
『終わりにしましょう』
たった一言。最後の言葉が言えなくて、言葉に詰まって俯いた私の頭に彼の大きな手が乗せられる。その手の温かさに思わず涙が溢れた。大切だから……傷付けたくないから……一緒に居たくない。
「だからどうした。戦闘経験がある者にはよくある事だろう?」
そうかもしれないけど私の場合、攻撃力が違うわ。軽くなんか無いもの。
「でも、怪我させるかもしれないわ」
「俺は無意識の攻撃も避けられない程のマヌケか?」
そう言われると返答に困る。彼が避けられないなんて思わないわよ。でも、頭で分かっていても心配だし怖い。
「そうじゃなくて……迷惑掛けてしまうから……」
迷惑って言葉で誤魔化しても恐怖心が消えない。どうしてこんなに怖いの?私は……
「馬鹿だなぁ。こんな事くらいで迷惑な訳無いだろう。もっと甘えて良い」
彼の言葉に目が点になる。馬鹿って失礼ね。もっと甘える?何の話よ。私にわかる様に説明して頂戴!私は貴方が心配なだけなのに。
「こんな事で君を避けたり非難したりしない」
「……マーク……」
彼の言葉を聞いて肩の力が抜ける。あぁ、そうか私が怖かったのはコレなのね。無意識な行動で彼を傷付けそうで嫌われそうで。だから怖くて返事も出来なくて……
「私……このままでも良いの?」
「勿論。何も変わる必要無いだろう?」
「だって」
「心配ならその都度、俺に言えば良い。話し合って一緒に解決すれば良い。ただそれだけだ」
何でも無い事だって彼が笑うから私も笑って抱きついた。驚いたのか固まって動かない彼の耳元で、私は小さな声で気持ちを伝えた。
『ずっと一緒にいたいわ。私の未来の旦那様』
グッと言葉に詰まった彼が手で顔を覆って横を向く。顔を隠しても赤い耳が見えていて笑いが止まらなくなった。
「笑うな」
「だって……可愛い」
「か!?……可愛いのは君だろう」
「どうかしらねぇ?」
「だから何故、疑問形なんだよ」
不貞腐れた顔で腕を組む彼が赤い顔で私を睨む。そんな姿が可愛くて私はまた肩を揺らして笑った。
end
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