見えない明日に揺れる僕たちは

多田莉都

文字の大きさ
5 / 78
第1章

春の転校生 5

しおりを挟む
「学年1位じゃないと、ダンスを辞める……?」
「そう。それが約束なんだ」

 僕が繰り返した言葉に柴崎彩夏は頷く。

「なんだよ、その約束。柴崎さんの母親はダンスをさせたくないようにしか……」
「そう」
「え?」
「母は私にダンスをさせたくなくて、だから、私は横浜から富山に転校させられたんだよ」

 そう言うとチラッと柴崎彩夏は背後の自動ドアを見た。自動ドアのガラスに揺らめくように彼女の後ろ姿が映っていた。

「この町にスタジオがないことも、母は知ってたのかも。私をダンスから遠ざけるために選んだんじゃないかって」

「わざわざダンススタジオがないことを調べたってこと?」

 僕が尋ねると彼女は少しだけ首を左に傾けた。

「確かめたわけじゃないんだけどね、私の想像。ま、この町に転校させられたのは、たまたまここが母方の祖母の町だったっていう事情もあるんだけどね」

 このとき、柴崎彩夏が母方の祖母の家に住んでいることを初めて知った。

「おばあさんはいま柴崎さんがダンスをしていることは?」
「おばあちゃんはこっそり味方してくれてる感じ。この時間も私は友達の家に勉強を教えてもらってることになってる」

 淡々と柴崎彩夏は言うが、そこまで対策しなければいけないのかと僕はただただ驚いた。

「……なんで、柴崎さんの母はダンスをやらせたくないの?」
「うーん……」
「あ、言いにくかったらいいんだ」
「なんだ、月島くんも意外に美咲みたいにズバズバくるタイプだったり?」

 彼女が悪戯っぽく笑みを浮かべた。
 僕は、彼女が高校を目指さないと言ったときに、美咲がその理由を尋ねたときのことを思い出し、苦笑せざるをえなかった。

「別に、答えにくくはないんだけどさ。単にね」
「単に?」
「母は私に芸能に関わることなんてさせたくないんだよ」

 彼女はコンクリートの上に置いていたスマホを拾い、鳴っていた音楽を止めた。急に辺りが静かになった。車の一台も走っていないので本当にシンと静まりかえったように思えた。

「……それはなぜ?」

 聞いてよいのかはわからなかったが、ここまで話を聞いている以上、いっそ聞いてしまえという感情が僕の中で勝った。
 柴崎彩夏が僕を見る。夜の少し冷たい風が彼女の首の後ろで結ばれた長い髪を揺らす。
 
「母は、芸能界の裏側みたいなところまで知っちゃってる人だから」
「……裏側?」
「これは……あんまり言い広められたくはないんだけど、私の母は昔、芸能界にいた人なんだよ。ドラマに出たり、歌ったりとかね」
「マジか!」

 ドラマに出ていたということは女優だったのだろうか。もしかして名のある人だったりするのだろうか。

「あ、今はもう出てないけどね。過去の話。できれば誰にも言わないでほしいな。変な目で見られたくないし」
「ああ、うん。それは誰にも言わないよ」
「助かる」

 僕は頷きながら母親が彼女を芸能界から遠ざけたいとする理由が納得できるような気がしていた。

「母は言うんだ。『あなたは芸能界を知らないから夢を見られるだけよ』って。でも、私には関係ない。母は母、私は私。私は自分の道を進みたいのに、認めてくれない。ダンスのイベントに出たときも全然評価してくれなかった」

 彼女は下唇を噛み、斜め下に視線を落とした。  
 芸能界は表の煌びやかさに比べて、裏はドロドロとしたものがある、というのは一般人である僕だって知っている。その世界に娘を飛び込ませたくない気持ちもあるのかもしれない。

 僕は柴崎彩夏が怒りにも似た感情を漏らしている様子を見るのは初めてだった。

 彼女の夢の熱量を前に、僕は自分の未来がただの「予定」でしかないことに気づいた。堀園、医学部――親の期待を背負ってきた道は、彼女の輝きに比べ、どこか薄っぺらく思えた。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

処理中です...