見えない明日に揺れる僕たちは

多田莉都

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第2章

体育大会 5

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 放課後、クラスの参加できるメンバーでファミレスで打ち上げをした。

「彩夏、すごすぎ! めちゃくちゃ速かった!」

 美咲がまた隣に座る彩夏に抱きついていた。
 

「何回言うのそれー」
「いやマジで速かったし。麻衣を抜ける子なんてこの学年にそうはいないよ?」

 3位の白虎を抜いたときのことを言っていた。たしかに同じ陸上部だからわかるが麻衣はそんな簡単に抜かれる奴ではない。

「なんかノレただけだよ。それに私だけじゃないし。美咲や中里くんががんばってくれたからね、負けられないって思ったんだよ」

 と彩夏が言うと、一瞬、間があった後に、

「それでもすごすぎ。彩夏と同じクラスでよかった!」

 そう言うと、また美咲は抱きついた。まだ興奮冷めやらぬ状態らしい。酒を呑んだことはないが、美咲は酔っぱらったらタチが悪そうだな、とか思い僕も笑った。

「いや、それにしてもすげーよ。ぶっつけであんな速いし」

 僕の隣で蒼真が言った。うんうんと美咲が何度も頷いた。いつのまにか、リレーメンバー四人でのテーブルになっていた。


「いやー、蒼真も速かったよ! 佑も大逆転かっこよかった! ウチのクラスは文武両道が2人もいて最高すぎる!」

 美咲は満面の笑みで言っていた。これ以上になく嬉しそうだ。
 文武両道が2人。
 まるで彼女と僕が同列みたいにも聞こえるが、僕はそんなことは思っていない。

 彩夏と僕は違う。

 勉強もできて、足も速い。それができれば確かに文武両道なんだろう。

 それは僕もずっと目指してきたところだった。小学校の頃から両方とも完璧にするつもりだった。どちらも誰にも負けたくはなかった。勉強だけにも、運動だけにもなりたくはなかった。
 それ自体に僕は何も疑問は持ってこなかった。

 彩夏と出会って、僕の中で疑問が生じた。

 僕はこの先、どう生きていくのか?


*
 帰り道、方角が一緒だからと彩夏と僕は歩いた。興奮冷めやらぬ美咲が無事帰れたかなーなんてことを話しているときだった。


「次は期末テストだねー」


 彩夏が言った。僕は言葉が思いつかず、とりあえず頷いた。


「負けないからね。今度も1位は狙うから」

 さっきリレーを引き受けたときに見せたような凛とした目をした彼女が言った。

「……すごいな」
「え?」
「彩夏はすごいよ。ダンスで生きていく夢のために勉強も頑張ってるし、みんなの期待にも応えて結果を出してる」
「え? え? なに? どうしたの?」

 戸惑ったような表情を彩夏は見せた。
 これ以上、何も言う必要はないはずなのに、僕の口が動いた。

「オレは、彩夏とは違う気がする」
「違う?」
「美咲とかから聞いたかもしれないけど、オレの父は医者でなんだ」

 彩夏は頷いた。誰かから聞いているらしい。学校の奴らも割と知っていることだから不思議ではない。父は町の開業医だ。

「オレも医者を目指してる」
「そっかいいじゃん、その夢」

 微笑む彼女を見ていると、また胸が軋むような気がした。

「父はさ、本当は大学病院で臨床でやっていきたかったけど、医大としては決して一流とは言えない大学卒だったから、進みたい方向にはならなかったらしくて」
「医者になるだけすごいと思うけどな……」
「父にはコンプレックスだったんだろうね。一流の医大に行かなければダメだってよく言われてたよ。それでオレはずっと一流大に行くために頑張ってきた」
「そう……なんだね」

 遠慮がちに彩夏は二度頷いた。

「今まではそれでいいと思ってたんだ」
「今……までは?」

 僕は頷く。

「彩夏と地区センの前で会ったとき、ダンスで生きるために1位を目指してるって言ってたじゃん?」

 今度は彼女が頷く。

「親に止められても自分の夢を突き通すのってかっこいいなって思ったんだ」
「……それはどうも」
「それに対し、オレは何をやってるんだっけかなって。むしろ、親に言われたことをやってるだけなんじゃないのかなって急に思ったんだ」

 彩夏が立ち止まった。僕も一歩遅れて立ち止まる。

「私が……なんか悪いことした、かな?」  

 僕は首を横に振る。


「何も悪いことなんてしてないよ。彩夏が自分の未来のために必死に頑張ってるのに、オレは何のために頑張ってるのか、よくわからなくなってきたんだよ」


 違うのだ、柴崎彩夏と僕は違うのだ。文武両道を目指すとしても、自分の夢を追う彼女とは違うんだ。僕は全く別の存在なんだ。
 夜の空には星が見えた。
 同じ星の光が彩夏と僕に降り注がれているはずなのに、僕たちは勉強も運動も結果を出しているのに、なぜこうも違って見えるのだろう。


「とりあえずは目の前の期末だよな。お互い、頑張ろう」
「うん……」

 力なく彼女が応える。お互い、頑張ろうと言いながら僕はよく「お互い」なんて言えたものだなと心の中でつぶやく。
 そんなことを考えていると、急に胸が苦しくなるような感覚になったのは走り疲れたせいだけではないだろう。

 僕はこの先、どんな結果を出せばこの苦しみから抜けられるのだろう。彼女の輝きを見れば見るほど、自分が陳腐な存在にしか思えない。

 僕は何のために頑張っているのか、それすらわからなくなってきた。足元から地面が消えていってるんじゃないかと思うほど、僕はふらつきそうな気持ちを抑えるので必死だった。
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