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エンシェントリリーこと、ヘンリー=オディールはオメガである。
だが生まれた時からオメガだった訳ではない。ほんの数年前まではベータだった。どこにでもいそうな顔で、昔からベータの中でも目立たない。アルファでもなくオメガでもなく、その他大勢。それがベータ。ヘンリーはベータらしいベータだった。
そんなヘンリーがオメガに変わったのは学生時代。今のヘンリーが最も得意とする古代魔術を勉強していた時のことだった。
話は学園に入るよりも少し前に遡る。
ヘンリーは勉強が得意で、幼い頃から勉強だけならアルファにも劣らなかった。貧乏で子沢山な家に産まれたヘンリーはひたすらに勉学に打ち込んだ。ベータでも、平民でも、貧乏でも努力をすれば王立学園に入学できると知っていたからだ。
王立学園の生徒の八割が貴族である。一割は平民のアルファとオメガ、そして金持ちの家の子ども。そして毎年八人限定で、ベータの特待生枠というものが設置されている。
勉学・運動・芸能・顔――どれか一つが特化していれば、無料で最上級の教育が受けられるのだ。分野ごとに選ばれるのは最高で二人。受験者全員がボーダーラインに達してないと判断されれば、通過者がゼロになる狭き門である。受験チャンスは二回。一回目は受験日に風邪をひいたヘンリーだったが、二回目は見事に合格。
「やった! 俺の番号がある!」
通過者の番号が張り出された紙を前に涙を流した。こうして一年遅れで王立学園への入学を果たした。けれどこれは始まりにすぎない。
特待生はそれぞれの分野で結果を出し続けなければいけないのだ。
学園が用意した一定の水準を下回れば、特待生の権利は剥奪される。簡単に言えば、それまで免除されていた高額な授業料を支払う義務が生まれる。ヘンリーにはそんなお金はない。入学までに必死で貯めたお金は制服代や教科書代でほとんどなくなってしまった。なんとしても三年間成績を保ち続けなければいけないのである。
だが悪いことばかりではない。授業料が免除されるだけではなく、学力特待生は卒業後の進路を保証されるのだ。だからバイトも勉強も必死で頑張った。
一学期は全教科小テストも含め、ベスト8をキープした。すると一年の後期に生徒会からのスカウトがあった。
生徒会に入れば進学・就職先の幅が格段に増え、その上で在学中の特典がつく。
特典は色々あるが、ヘンリーにとって一番ありがたかったのは『食堂・カフェテリア全品無料』である。生徒会証を見せればなんでも食べられる。
『生徒会に入れば毎日の昼食費が浮く』
即座にそう判断し、頷いた。
そう、彼が欲していたのは目先の利益だけだった。なんなら帰り際にカフェテリアで軽食でも……と。普通に入学した生徒は考えもしないほど小さな欲だった。
上位貴族や商人とのコネや舞台女優の息子など眼中にない。そもそも勉強が忙しくて、誰がどこどこの息子だと気にしている余裕はなかった。
「このビーフシチューってどんな味だろう……」
生徒会に入った後もヘンリーはご飯と仕事のことばかり考えていた。隣に王族と近しい者が立っていても視界にすら入らない。そのくせボードに小さく書かれた『十食限定』の文字はバッチリ見つけて見せるのである。
生徒会に入ったばかりの頃はよく嫉妬されていた。他の役員が有名な生徒ばかりのようで、そんな中に平民が混ざるのは不敬だとさえ言われていた。だがヘンリーはまるで気にしていなかった。
ただただ仕事を全うし、タダ飯に歓喜していた。
心底幸せそうにご飯を食べる彼の姿に、周りは嫉妬をするのを止めた。
ヘンリーが時たま水筒を大事そうに抱えているのも。その中身がカフェテリアで入れてもらった紅茶なのも。持ち帰って兄弟に飲ませているのも。彼らは知ってしまったのだ。
学力は高く、仕事は誰よりも真面目。見た目は地味で、生活態度は良好。権力にはとんと興味がなく、生徒会権限で好きなだけ飲み食いしている生徒――それが大抵の生徒にとってのヘンリーだった。
とどのつまり、ヘンリーは無害だと認定されたのである。
そんなヘンリーだからこそ、生徒会長にして公爵令息のガイン=アンドレードのパートナーに選ばれた時も反発は起きなかった。生徒会長は必ずパートナーを一人選ぶ決まりがある。ヘンリーが選ばれなければ他の生徒が選ばれるだけ。だから学園の誰もが『他の生徒が選ばれるくらいだったらヘンリーが選ばれた方がずっとマシ』と思った。特にオメガの生徒は自分以外のオメガが選ばれなかったことに心底ホッとしていた。婚約者のいない彼がパートナーを選べば生涯のパートナーを選んだと同義である。オメガ以外でも女ならば子供が産める。だがヘンリーは男のベータ、つまり子を産むことは出来ない。どんなに大事に思われていようとも、跡継ぎを必要とする次期公爵であるガインと結婚することはないからだ。
こうしてヘンリーはガインのパートナーになってからも平和な学園生活を送ることが出来た。
「ヘンリー。また筆記一位だったそうだな」
「ガイン様が勉強を見てくださったからです。魔法の実技はまだまだで……」
「魔法の実技は生まれ持った魔力量の多い貴族が有利だからな。ヘンリーは魔力が少ないから仕方ないさ」
「才能の魔法、努力の魔術ではありますが、それでも一流の学園に通わせてもらっているんですから、もっともっと頑張りたいです」
一学年上のガインはヘンリーをよく可愛がってくれた。生徒会の仕事はもちろん、合間を見ては勉強を見てくれる。アルファだから、ベータだからと垣根を作ることはなかった。
「ヘンリーは努力家だな。最近、古代魔術の勉強も始めたのに魔法もだなんて、くれぐれも体調には注意するんだぞ?」
「僕、人よりも少し勉強が出来ることと身体が丈夫なことだけが取り柄なんです」
ガイン様もご存じの通り、と呟けば彼は優しく笑った。
はっきりといつからかは覚えていない。気づけばヘンリーは優しいガインに恋をした。そして彼もそれに応えてくれた。
「ヘンリー、今日、いいか?」
「はい」
二人は時たま、生徒会の生徒に与えられる部屋で身体を重ねるようになった。ヘンリーはベータだ。子供は望めない。それでもガインと繋がっていられるだけで幸せだった。
だから勘違いをした。
だが生まれた時からオメガだった訳ではない。ほんの数年前まではベータだった。どこにでもいそうな顔で、昔からベータの中でも目立たない。アルファでもなくオメガでもなく、その他大勢。それがベータ。ヘンリーはベータらしいベータだった。
そんなヘンリーがオメガに変わったのは学生時代。今のヘンリーが最も得意とする古代魔術を勉強していた時のことだった。
話は学園に入るよりも少し前に遡る。
ヘンリーは勉強が得意で、幼い頃から勉強だけならアルファにも劣らなかった。貧乏で子沢山な家に産まれたヘンリーはひたすらに勉学に打ち込んだ。ベータでも、平民でも、貧乏でも努力をすれば王立学園に入学できると知っていたからだ。
王立学園の生徒の八割が貴族である。一割は平民のアルファとオメガ、そして金持ちの家の子ども。そして毎年八人限定で、ベータの特待生枠というものが設置されている。
勉学・運動・芸能・顔――どれか一つが特化していれば、無料で最上級の教育が受けられるのだ。分野ごとに選ばれるのは最高で二人。受験者全員がボーダーラインに達してないと判断されれば、通過者がゼロになる狭き門である。受験チャンスは二回。一回目は受験日に風邪をひいたヘンリーだったが、二回目は見事に合格。
「やった! 俺の番号がある!」
通過者の番号が張り出された紙を前に涙を流した。こうして一年遅れで王立学園への入学を果たした。けれどこれは始まりにすぎない。
特待生はそれぞれの分野で結果を出し続けなければいけないのだ。
学園が用意した一定の水準を下回れば、特待生の権利は剥奪される。簡単に言えば、それまで免除されていた高額な授業料を支払う義務が生まれる。ヘンリーにはそんなお金はない。入学までに必死で貯めたお金は制服代や教科書代でほとんどなくなってしまった。なんとしても三年間成績を保ち続けなければいけないのである。
だが悪いことばかりではない。授業料が免除されるだけではなく、学力特待生は卒業後の進路を保証されるのだ。だからバイトも勉強も必死で頑張った。
一学期は全教科小テストも含め、ベスト8をキープした。すると一年の後期に生徒会からのスカウトがあった。
生徒会に入れば進学・就職先の幅が格段に増え、その上で在学中の特典がつく。
特典は色々あるが、ヘンリーにとって一番ありがたかったのは『食堂・カフェテリア全品無料』である。生徒会証を見せればなんでも食べられる。
『生徒会に入れば毎日の昼食費が浮く』
即座にそう判断し、頷いた。
そう、彼が欲していたのは目先の利益だけだった。なんなら帰り際にカフェテリアで軽食でも……と。普通に入学した生徒は考えもしないほど小さな欲だった。
上位貴族や商人とのコネや舞台女優の息子など眼中にない。そもそも勉強が忙しくて、誰がどこどこの息子だと気にしている余裕はなかった。
「このビーフシチューってどんな味だろう……」
生徒会に入った後もヘンリーはご飯と仕事のことばかり考えていた。隣に王族と近しい者が立っていても視界にすら入らない。そのくせボードに小さく書かれた『十食限定』の文字はバッチリ見つけて見せるのである。
生徒会に入ったばかりの頃はよく嫉妬されていた。他の役員が有名な生徒ばかりのようで、そんな中に平民が混ざるのは不敬だとさえ言われていた。だがヘンリーはまるで気にしていなかった。
ただただ仕事を全うし、タダ飯に歓喜していた。
心底幸せそうにご飯を食べる彼の姿に、周りは嫉妬をするのを止めた。
ヘンリーが時たま水筒を大事そうに抱えているのも。その中身がカフェテリアで入れてもらった紅茶なのも。持ち帰って兄弟に飲ませているのも。彼らは知ってしまったのだ。
学力は高く、仕事は誰よりも真面目。見た目は地味で、生活態度は良好。権力にはとんと興味がなく、生徒会権限で好きなだけ飲み食いしている生徒――それが大抵の生徒にとってのヘンリーだった。
とどのつまり、ヘンリーは無害だと認定されたのである。
そんなヘンリーだからこそ、生徒会長にして公爵令息のガイン=アンドレードのパートナーに選ばれた時も反発は起きなかった。生徒会長は必ずパートナーを一人選ぶ決まりがある。ヘンリーが選ばれなければ他の生徒が選ばれるだけ。だから学園の誰もが『他の生徒が選ばれるくらいだったらヘンリーが選ばれた方がずっとマシ』と思った。特にオメガの生徒は自分以外のオメガが選ばれなかったことに心底ホッとしていた。婚約者のいない彼がパートナーを選べば生涯のパートナーを選んだと同義である。オメガ以外でも女ならば子供が産める。だがヘンリーは男のベータ、つまり子を産むことは出来ない。どんなに大事に思われていようとも、跡継ぎを必要とする次期公爵であるガインと結婚することはないからだ。
こうしてヘンリーはガインのパートナーになってからも平和な学園生活を送ることが出来た。
「ヘンリー。また筆記一位だったそうだな」
「ガイン様が勉強を見てくださったからです。魔法の実技はまだまだで……」
「魔法の実技は生まれ持った魔力量の多い貴族が有利だからな。ヘンリーは魔力が少ないから仕方ないさ」
「才能の魔法、努力の魔術ではありますが、それでも一流の学園に通わせてもらっているんですから、もっともっと頑張りたいです」
一学年上のガインはヘンリーをよく可愛がってくれた。生徒会の仕事はもちろん、合間を見ては勉強を見てくれる。アルファだから、ベータだからと垣根を作ることはなかった。
「ヘンリーは努力家だな。最近、古代魔術の勉強も始めたのに魔法もだなんて、くれぐれも体調には注意するんだぞ?」
「僕、人よりも少し勉強が出来ることと身体が丈夫なことだけが取り柄なんです」
ガイン様もご存じの通り、と呟けば彼は優しく笑った。
はっきりといつからかは覚えていない。気づけばヘンリーは優しいガインに恋をした。そして彼もそれに応えてくれた。
「ヘンリー、今日、いいか?」
「はい」
二人は時たま、生徒会の生徒に与えられる部屋で身体を重ねるようになった。ヘンリーはベータだ。子供は望めない。それでもガインと繋がっていられるだけで幸せだった。
だから勘違いをした。
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