エンシェントリリー

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中

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「ねぇ君。ヘンリー、だったっけ?」
 ガインが卒業する日のこと。講堂へ向かおうとした時、とある生徒から声をかけられた。一つ上の先輩で、確か公爵家のオメガだったか。貴族社会に疎いヘンリーだったが、ガインの近くにいる生徒のことは副会長が教えてくれた。といっても声をかける時に無礼にならないようにするためなので、本当に簡単なことだけ。目の前の彼はその中に含まれていた。
「僕に何か御用でしょうか?」
「お礼、言っておこうと思って。今までガイン様を守ってくれてありがとう」
「え」
「僕ね、ガイン様と番になることになったんだ。といっても彼は二年ほど国外に出るから、もう少し先のことだけど。でも発表は明日にでもするつもりだよ」
 その言葉に頭が真っ白になった。この先もずっと一緒にいられるとは思っていなかった。ただ、想像よりもずっと早く終わりが来てしまった。固まるヘンリーに、相手のオメガはニコリと笑って去っていった。
 それでもガインの口から終わりを告げられたわけではない。式後、彼から呼び出されている。その時に否定してくれれば……。そう、強く願った。けれど彼の口から告げられたのは非常にシンプルな言葉だった。
「私はこれからしばらく国を留守にする。二年以内に戻ってくるつもりで、かなりハードなスケジュールを組んだ」
「身体にはお気をつけて」
「ああ、ヘンリーも元気でな」
 別れすら告げられず、ようやく自分達の関係が恋人などではなかったことを理解した。先輩後輩が身体の関係を持っただけ。それ以上でもそれ以下でもない。年頃の貴族ばかりの学園では性欲を発散するだけの関係などいくらでもあった。貴族ではない生徒にとってこのような関係は学園卒業後、自らの生活を優位に動かすための伝手となる。
 そんな中でヘンリーは都合が良かったのだろう。
 平民で、親には力がなく、本人に出世欲もない。物も金も欲しがらない。少し構ってやれば満足したのだから。
 加えてヘンリーは通信機を持っていない。知っているのは彼の家の住所だけ。つまり卒業すればほぼ縁が切れたようなものなのだ。卒業後の連絡先は式が終わったら聞こうと思っていた。けれどもう声が出なかった。変に聞いて嫌われるのが嫌だった。
 ヘンリーは地味顔で勉強以外何の取り柄もないベータである。一年間でも最高の夢が見られただけで十分だ。伝えようと思っていた言葉と共に涙を飲み込んだ。
「どうかお元気で」
 声に出せたのはたったこれだけ。恋を散らし、愛する人を笑顔で見送った。
 それでもヘンリーがこの学園に入学したのは勉強のため。それに無事卒業した特待生には大手企業への就職が斡旋される。だからヘンリーは今まで以上に勉強に励んだ。失恋したベータでも努力さえすれば幸せを勝ち取ることが出来るはずだと信じていた。

 そんな小さな願いはそよ風と共に消え去った。

 三年生に上がった年の春。ヘンリーは体力を削るような気候の変化に負けてすっかりとダウンしてしまった。もう何年も風邪なんて引いていない。変に長引くなぁと思いながら病院に向かった。そして風邪薬をもらうつもりが、見慣れぬ薬を目の前に出された。
「突然のことで驚かれるかもしれませんが落ち着いて聞いてください。あなたの身体はオメガに作り変わっています」
「は?」
 真面目な表情の医師から告げられた言葉はとても受け入れることは出来なかった。だが医師はつらつらと言葉を並べていく。
 ざっくりとまとめてしまうと、ヘンリーと似たような現象はごく稀に起きるそうだ。強いアルファがいると相手に従いたいという気持ちが作用して、オメガに変わってしまうのだと。元々オメガ寄りのベータは特に影響を受けやすいのだとか。そして関わりが深ければ深いほど、影響は濃くなる。オメガに変わったベータのほとんどが妊娠していたという。
 大事なところを伏せてはいたが、つまりは肉体関係の有無が大きく関わるということだろう。
「突然の性転換で不便なこともあるとは思いますが、あまり落ち込まないでください」
 医師はそう締め括ったが、不便どころの話ではない。ベータでなければあの学園に残ることは出来ないのだから。
 元ベータの場合、発情期はあるが発情香はないそうで薬で抑え込むことは可能だそうだ。
 卒業までたった数ヶ月。乗り切ることは難しくはない。あの学園を卒業したという実績さえあればオメガであっても就職先はある。

 そう、ただ性転換しただけならば。

 ヘンリーは妊娠していた。誰の子かはわかっている。身体の関係を持った相手など、ガイン一人しかいない。だがベータであるヘンリーを選んでくれた彼に頼ることなど出来なくて、出産予定日は卒業式よりも前だった。

 隠し通すことは難しい。学園を去ることはほとんど確定してしまった。
 だがその先どうすればいいのか。ただでさえヘンリーの家は裕福ではない。薬を買い続けるだけの金はなく、オメガは就職先も絞られる。
 ちょうど連休中だったこともあり、悩む時間だけは沢山あった。悩んで悩んで悩んで。そんな時、一枚の貼り紙を見つけた。

『番のいないオメガさんの住む場所と働き場所を提供いたします』

 そう大きな文字で書かれた貼り紙には王都に専用の施設があるのだと書かれていた。仕事はそこの中にあり、自分にあった職を探せるのだと。子どもを世話する場所だけではなく、預かってくれる場所や出産場所まで確保されている。これらはオメガの生活を保証する、国の政策によるものだった。貼り紙の下に置かれた冊子を家に持ち帰った。冊子にはヘンリーのように突然オメガになった人もいるのだと書かれていた。彼らも相手のアルファに頼ることは出来ずにここに行き着いたのだろう。ヘンリーと同じく身体だけの関係だったのかもしれない。

 両親と相談し、学園を辞めて施設に入ることを決断した。
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