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俺と彼女と幼馴染み
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しおりを挟む「寸法測るのも仕事のうちなんで何もない部屋なんてあの子見慣れてるんです。それに広瀬さんが急いで契約したくらい好条件の部屋なんでしょう?」
野崎さんが業務部に来てすぐ俺が教育係に就いたけど、それ含めてもこの丸2年通してこんなに長く会話のキャッチボールをするのは初めてかもしれない。
「そうなんだよ好条件なんだよ。エアコンと照明が備え付けなのもそうだけど全体的に良心的な賃貸物件なんだよ。充実してる割に安いし、駅から徒歩3分だし、ベランダからの眺めもいいし」
「そうなんですか。でしたら私だって決算期でも急いで契約すすめるかもしれませんね」
だから俺も仕事モードだった頰の筋肉を緩ませて……
「野崎さんもそう思うだろう? だから俺も朝早くから会社来て定時帰りする為に毎日頑張ってさぁ」
まるで村川くんや森田さんと喋っているような感覚で野崎さんに微笑みを作ってみせたら
「じゃ、遠慮なく通常の価格にさせてもらいますね」
俺が頑張って作った笑みなんか冷たく無視して事務的な態度に彼女は戻ってしまった。
(やっぱり俺への塩対応は変わんねーのかよ……まぁ、俺も気色悪い笑顔見せて申し訳ないって思うけどさぁ)
教育してる時もそうだったのだが、やはり俺は野崎さんと色んな面で相性が悪いらしい。
別に俺だっていつも冷たい態度を取る野崎さんに今更好かれようなどとは思ってないし、事務的な会話のみを望むのであればそれで構わないと思っている。
その方がお互い都合が良い訳なのだから。
「あのねあのね! 茉莉ちゃんと滉くん、今から部屋に呼んでもいい? 新居見てみたいんだって!」
するとちょうど図ったかのように夏実が自動ドアから顔を出して俺に呼びかけてきた。
「いいけど、ちゃんと『まだ何もない』って伝えたのか?」
「言ってるよ! さっき買ったものの整理も手伝ってくれるみたい。ショッピングモールの駐車場で待ち合わせしていいよね?」
「分かった。今から俺も行くから、途中コンビニか自販機で飲み物買っておいて。後で払うから」
俺の了承に夏実はとびきりの笑顔を見せて、外に居る少年に
「良いって! コンビニ行こ!!」
と嬉しそうに呼びかける声が、自動ドアが閉まる直前に聞こえた。
「彼に寸法測ってもらうよ。不動産屋よりは電器屋の方が正確だろうし」
少年少女が駆け出すのを見送った後で俺はなるべく短い言葉で野崎さんに言い、彼女から離れようとした。
「分かりました。滉に寸法確認の連絡してもらいます」
「うん、すぐにさせる。購入品の機種を変えなくて良いならそのまま注文するからよろしくお願いします」
こちらも事務的な声のトーンに戻して野崎さんに会釈し、あの2人をゆっくり追いかけるつもりで店を出ようとした。
「あの、主任っ!」
「えっ?」
自動ドアを開けさせた時に背後から
「もう一つ、頼まれ事があるんですが」
と、野崎さんに何故か呼び止められる。
「何?」
「その様子だと彼女さんから何もお聞きしてないようですので……」
と、野崎さんは俺にこの電器店の軽い事情を聞かせてきたのだった。
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