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俺と彼女と可愛い甘え
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しおりを挟む「あーごめん、遅くなって」
一階に降りてすぐ、先を歩く我が社の団体を見つけた俺は団体後方を歩いていた野崎さんに謝りの声を掛けると
「どうされたんですか主任。何か調べ物でもしてたんですか?」
と、眼鏡の奥から覗く双方の丸い目が俺の事を不思議そうにジッと見つめてきた。
「ほら2年前さ、宿泊予約のトラブルがあっただろ? ネット予約したつもりのビジネスホテルの名前を勘違いしていて、全然違う地域のホテルを間違って予約した……みたいな」
「あぁ……そういえばありましたねそういう事。あの時逢坂部長が事前に調べておいた空きのあるビジネスホテルに連絡とってなんとか事なきを得たんですよね」
「そうそれ。さっきそれを思い出してさ、急いでここ周辺の空き状況を調べていたんだよ」
後輩の中で唯一、2年前の研修に参加していた野崎さんに軽い思い出話を持ちかけるとすぐに思い出してくれたようで「なるほど」と深く頷く。
「あの時の逢坂部長、最高にかっこよかったですもんね」
「だろ? ふとそれを思い出したから部長の真似をしたっていう訳だ」
「あの時は研修に参加した全員が宿泊しましたし、駅に数軒しかビジネスホテルがないからホテルが全部満室になってて……あの時は本当に怖かったですよね。結局二駅先のホテルにギリギリ宿泊出来たんでしたっけ」
「そうそう、本当に部長には頭が下がるよなぁ……今日の、俺がまとめたレポートだって部長からの指示がなかったら作成どころか思い付きもしなかっただろうし」
「本当に、逢坂部長がいらっしゃらないと困っちゃいますよね……私もまだまだ甘えたいですから」
「甘える……確かにそうだよなぁ」
野崎さんとそんな話をしてる内に、本日の飲み会会場に到着したようだ。
(あれ?村川くんから先に店員と挨拶してる……)
団体の前例には背の高い村川くんが居て、出てきた小柄の男性店員と親しげに話をしているのが離れたところからでもなんとなく把握出来る。
「この店って、森田さんが選んで予約したんじゃなかったんだな。村川くんの行きつけの店かなんか?」
店選びは森田さんと野崎さんに任せていたから、村川くんが店員と楽しげにやり取りしているのを意外に感じる。
何故なら村川くんは毎日19時半に珈琲店に赴いて必ず奥さんと帰宅するし昼食だって愛妻弁当を持ってきて俺の隣で食べているような男性で、外で飲み歩くなどという印象が全くないからだ。
オフィス街での外食経験がほぼ無いのだから、当然周辺の飲食店に詳しい筈がないと……そう思い込んでいた。
俺の問いに野崎さんは一言
「あぁ……」
と言い、また俺の顔をジッと見つめる。
「ん?」
俺の問いに返答せず、ただ見つめてきた野崎さんの行動の意味が分からず俺は首を捻った。
「皆さん、奥の方の席みたいですよー!!」
そんな中、村川くんの呼び掛けが聞こえて皆がそれに倣ってゾロゾロと店内に入っていくので、最後方の俺と野崎さんもそれに続こうとすると
「多分……主任ビックリされると思いますから、先に言っておきますね」
俺を尚も見つめたままの状態で野崎さんがポツリとそう言う。
「え? ビックリ?」
先程の問いの返答も曖昧にされた上に「ビックリすると思う」なんてさらに謎の言葉を言われ、余計に意味がわからないでいるところに……
「あっ!悠月ちゃんおっつかれーい♪」
と、村川くんと親しげに話していた男性店員が森田さんにハイタッチを要求し
「稟ちゃんも今日はありがとう♡ 団体客たすかるー♪」
と……今度は野崎さんに握手を求め、繋いだ手を軽く左右に振っている。
「!!!!っ…………あ??!!」
男性店員が村川くんにも森田さんにも親しげにして、野崎さんには一際嬉しそうな表情を浮かべて喜ぶ様も勿論驚いたのだが……
それ以上に男性店員の顔や声に一番驚いた。
「あっ?! ……あ??」
驚き過ぎて男性店員と握手したまま顔を赤らめる野崎さんに俺の驚きの意味を「あ」だけで伝えていると
「あー、もしかして主任さんっすか? しかも稟ちゃんの弟くんの事知ってる感じだー♪」
と、俺のリアクションを何故かヘラヘラ顔で喜んでいた。
(えっ??!! なんなんだ??!!
なんなんだこの店員!!!!!!!!
滉と顔と声がソックリすぎるんだが????!!!!!!!!)
「主任さん、先に言っときますけど俺の名前は野崎じゃないですから。名札もほら『ともき』だし、名字も藤井です」
「ともき……? ふじい…………??」
ようやく「あ」以外の言葉を男性店員や野崎さんにかける事が出来た俺を……
「ですから、そういう事です」
と、野崎さんは照れ臭そうな顔で言い……
「恥ずかしいからもう手を離してっ! 会社の人にも見られてるんだから」
と、男性店員の力強そうな握手から自分の手を振り払おうとしている。
「ごめんね稟ちゃん♪ 久しぶりに会うからつい♡」
男性店員は笑顔で握手の手をパッと離すと
「オーダー、俺がなるべく取りにいくねー!!」
と、店内奥に入っていく俺と野崎さんの背中に向かって嬉しそうな声をまた掛けていた。
(滉ではなく……ふじい、ともき??!
そこにもビックリするが、野崎さんとふじいともきの関係がなんとなく……友達関係よりも親しそうに見える気が……)
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