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【追加エピソード②】キスの日
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しおりを挟む「なーなー広瀬ぇ、今日ってさぁ『キスの日』なんだろ?帰ったら例のJK彼女ちゃんとキスすんの?」
オレンジの陽光が窓の隙間から差し込む夕方6時半のジムの室内……
ランニングマシンから足を降ろした俺にジュン先輩が突然飛び付き、汗まみれの腕をこっちの首にぬるっと回してきながらそう囁いた。
「なっ……ん、なんですか!! 突然っ!!」
「今日さぁ、第一の間でそんな話題で盛り上がったんだよね。SNS大好きな子が居てさぁ『キスの日が今日トレンド入りしてる』ってはじゃぐから」
「いくら閑散期とはいえ、無駄話なんかしてないでちゃんと仕事して下さいよ仕事!!」
俺は周囲を見渡して「JK彼女ちゃん」の危険ワードに誰も反応していない事を確認すると、こちらも語気を強めながらの囁き声で応戦する。
「してるよ~仕事っ! 俺も原田さんもしっかり手を動かしながらの雑談よ勿論」
「……」
ジュン先輩はチャラい。
チャラいが、その印象とは真逆でめちゃくちゃ仕事が速くて誠実さがあり「社内一の営業マン」と昔から言われている。
同じく原田さんも仕事が速くてデキるベテラン事務員で俺にとって直属の先輩でもあった人だ。
そんな2人なのだから「きちんと仕事をしながら恋バナで盛り上がりましたよ」と言われたら別部署所属の俺でも苦言を呈する事が出来ないのだ。言葉通り本社オフィス1階下の第一営業所は恋バナに興じながらも真面目にサクサク仕事をこなして全員定時上がりしたのだから。
「っていうか、広瀬はJKと付き合ってんのに知らなかったんだ?キスの日。ネットでは既に常識らしいよ?」
「夏実はスマホ持っててもSNSを積極的にやるタイプじゃないんですよ。知識はあるのかもしれませんが話題に出た事はありません」
「話題出ないの? 付き合ってんのに? 今からシャワー浴びてスーツをパシッと着直したらJKの待つ家行ってめちゃくちゃキスすんのに?」
「事実ですがめちゃくちゃな程はキスしませんよ! めちゃくちゃするのは勉強です!!」
「マジかよキスの前に勉強なの? 定期テストの時期でもないのに? あっ! 『デザートは最後のお楽しみ♡』みたいなヤツだ~♪ めちゃくちゃ勉強した後、寝るまでチュッチュやるんだろ♡」
「しません。寝るまでするのも勉強です。夏実の部屋で勉強教えて夕飯食べたら俺は即自室に戻って数IIと物理の自習をやらなければならないので!」
「マジか……広瀬マジでヤベぇ29歳だな」
「誕生日まであと約1ヶ月半ありますからまだ28歳です」
「細かっ! 相変わらず細かっ!!!!」
「では、俺はここで失礼しますね。お疲れ様です」
茶髪ふわふわヘアのチャラ男の腕をゆっくりと持ち上げて自分の首を解放すると、俺はシャワールームへと真っ直ぐ向かう。
夏実とは去年の誕生日、晴れて恋人同士という仲にはなれたが、元来の関係は12歳差の幼馴染であり、学生の夏実にとって俺は高校の理系科目を教える家庭教師でもあるのだ。
幼馴染歴16年10ヶ月
家庭教師歴10年1ヶ月
……だが恋人歴に至ってはまだ10ヶ月と浅い。3つの内どれを重要視するべきかは明確だ。
「閑散期は仕事楽で良いしジムも嫌いじゃないんだが、先輩ウザいし色々と面倒なんだよなぁ」
シャワーでさっぱりした身に朝とは別のシャツをふわりと羽織るとスーツに着替える手を早め、不織布マスクの個装をピリッと破いて顔に装着してジムを後にした。
(多分、気にしてくれているんだろうな。会社で俺が女子高生と付き合ってるのをジュン先輩が大声でバラしてしまったから、その後もちゃんと仲良くしているのか心配しているんだろう)
駅へ向かう道すがら、俺は先輩のウザ絡みについてしみじみとそんな事を思う。
無駄にイケメンだしチャラいしウザいが中身はデキるチート人間の先輩の事だから、こちらも嫌々な態度を取りつつも感謝してそのウザに対応してやらなければならなかった。
「キスの日か……ネットで常識って言ったって今までそんな話題出た事がないんだから、きっと夏実も知らないんだろうなぁ」
世の女子高生はネット用語や流行りに敏感だ。俺の母校でもある夏実の高校が進学校と銘打っていても、「5月23日はキスの日」という事を知らない者は少ないのだろう。
だが薗田夏実は恋愛について非常に疎く、その「少ない」の部類に入る子だ。キスの日を知らない可能性の方が高い。
キスだってほっぺキスしかしていないしさせていないのだから、今日もどうせ夕飯後の1分間に互いの頬に唇をくっつける儀式的なキスだけをして1日を終えるのだろう……と、そう予想していたのだが…………。
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