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階段を一つ昇る、その先に見える景色

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 花ちゃんが選んだ映画のDVDは、数年前に公開した恋愛映画で、花ちゃんが好きな俳優が主演している作品だった。

「借りるのって、本当にこの一枚だけで良かったの?」

 1週間借りれるんだしここ数日は雨続きなんだろうからもっと借りてもよかったんだけど、僕も僕で普段からそんなにテレビや映画を観ない所為で本当にエンタメ知識がなく自分の借りたいものすら見つからなかったのだから花ちゃんの事は言えない。

「その映画ね、本当は公開中に観に行きたかったんだけど就活で忙しくて映画館行く暇無くて逃しちゃった作品なの。今日選んだ中では一番観ておきたいなぁって思って」

 花ちゃんはトースターで温めたばかりの惣菜パンを大皿2枚に分けて持って来ながらそう僕に話してくれた。

「そうなんだ。ハッピーエンド系かなぁ?」
「あらすじも忘れちゃったから最初から観ないと分かんないかも」
「そっか……じゃあ事前知識ない僕と同じだね」
「ふふっ、そうね」
「ふふ♪」

 DVDデッキにディスクを挿入し床に敷いてるサマーラグの上でリモコン操作をする僕の隣に花ちゃんが座り、僕の方に大皿を置いてくれる。

「床でパン食べるなんて初めてかも」
「確かに。でもたまにはここに寝転がったりクッション抱き締めながら食べたっていいじゃん。掃除とかは僕が後でしてあげるから」

 DVDを観ながらの昼食スタイルをこのようにしようと提案したのは僕だ。
 いつもはダイニングテーブルという定位置でしか食事しない僕達だけど、たまにはこうしてフランクに過ごしたっていいと考えている。
 ただでさえ梅雨で鬱陶しいのだから。

「それにしても太ちゃんからこういう食べ方提案されるなんて思ってもみなかったなぁ。お父さんは特にこういうの嫌ってたから」

 花ちゃんは僕にそう言うなり石窯パン屋の大人気商品にがぶりと噛みつき、パン屑がなるべくこぼれないようにしながらモグモグした。

「そうだよね、実家に居た頃はこういう発想なかったかも」

 彼女の唇の端にくっついているパン屑すらも愛おしいと思いながら僕は返答し、パンにかぶりつく。

「しかも太ちゃん綺麗好きだし」
「花ちゃんが思うほどは綺麗好きでもないよ?掃除する人が居ない状況が続くと自然とそうなっていくし、散らかすのも片付けるのも自己責任ってなっていくから」
「……そうかなぁ?」
「そうだよ……ほら花ちゃん、本編始まるよ!」

 僕はそれ以上会話を続けないようにと、テレビ画面を指差して花ちゃんの注目をそちらへと逸らした。

 僕は確かに他人からしてみるとある程度「綺麗好き」「潔癖」と思われるかもしれないけど、それはどちらかというと花ちゃんに嫌われたくないからやっているだけに過ぎない。
 凌太が家事全般を花ちゃんに任せっきりにするような時代遅れの男で助かったとさえ思う。おかげでこちらも花ちゃんに嫌われない対策が取れるのだから。



「やっぱり素敵……」

 僕達が目を向けている画面に俳優の横顔アングルが映し出されたところで、花ちゃんは見惚れているような声を出した。

「そうだね」

 僕は至近距離に座る愛しい人のポーッと舞い上がっているような声に嫉妬すらしないで、即座に同調する。

「太ちゃんでも思う?」

 すると、より嬉しそうなトーンの声が僕の左半身に響き

「俳優さんだから端正な顔立ちなのは当然だと思うけどさ、なんか……声も良いよね」

 僕とも凌太とも外見のタイプが異なる、異世界の人物を適当に評してみた。
 もし画面の異世界人物が、僕と凌太のいずれかに傾くようなビジュアルをしていたのだとしたら、僕の抱く感情もまた違ってきたんだと思う。

「太ちゃんもそう思ってくれるなら嬉しい。男の人に俳優さんの話するのって怒られちゃうかななんて思ったけど、太ちゃんはそういう人じゃなくてちょっと嬉しい」
「……そう?」
「うん」

 花ちゃんはある意味能天気な感じで頷き、また映画の内容に没頭し始めたけど、僕は彼女の発した言葉の裏側を汲み取ろうと頭を働かせる。
 さっき僕の発した言葉もやはり花ちゃんに嫌われない為である事が知られたら一体どんな表情をするんだろうかという事まで想像し、脳内の忙しさにかまけて物語の内容がその後1秒たりとも入ってこなくなった。

 これは大衆的な作品なんだから、観る者全てをある程度惹きつける力が備わっているんだろう。
 でもやっぱり僕の中でのフィクション作品はflavorさんの文字が最高位であってその他作品群は次点以下という悪魔みたいな評価を僕は下してしまう。それほど16歳の時に出会ったあのスマホ画面は強烈であり僕の心を離そうとしないんだ。

 たとえ今観てるのが不朽の名作と呼ばれるようになる出来であったとしても、僕にとって映像内の人物は誰しも異世界人間にしか見えず、エンタメ知識が更に遠のいていく……それもあって会話の途切れたのをいい事に僕の口は次々とパンや飲み物を吸収していき、あっという間に大皿とグラスが空になってしまった。

 すぐ横をチラリとみると、花ちゃんは最初に手にしていたパンを未だに掴んでおり、口を少しだけ開け間抜けな表情になりながらも視線はテレビ画面から微動だにしていない。
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