12 / 49
第一章:まずは、スタートラインに立つために。
12.ついに時が来た
しおりを挟む
客間でセフィルニムと向き合って、ミネルヴァはイーグル自慢をしていた。
時は緊張の卒院式当日であるのだが、ミネルヴァは至って元気である。
いや、朝から本当に緊張はしていたのだ、迎えのためにセフィルニムが屋敷を訪れたその瞬間は、このままだと会場で卒倒するかもしれないと思うほどだった。ただ、そんなミネルヴァを見たセフィルニムが、フランセスカに似た笑顔で開式の時間が遅れるから少しお茶をもらっても良いかな、と言ったから、力が抜けたのだ。
とかく女性が強いライネッツ公爵家で育ったからか、生来の性質なのか、セフィルニムは聞き上手である。柔らかな雰囲気で、否定も肯定もせず、絶えぬ笑顔で話を聞いてくれる。
「あ、いやだわ、私、話に夢中になって。式の遅延はどれくらい? まだ大丈夫かしら」
「ああ、そうだね、まだ大丈夫だとは思うけど。そろそろ向かおうか」
「ええ。でも、卒院式が遅れるなんて珍しいわね」
「両陛下がね。ラー・ティ・オーリの御視察の道中で予定が遅れてしまったらしくて、今朝、王都にご到着で、お休みになる時間を作るために少し延期する事になったみたいだよ。ブレナーが門の前で慌ただしく言ってた」
「…初めに理由を聞かなかったうかつな私が言える事ではないかもしれませんが、ブレナー様、お役目は大過なく果たされておいでなのでしょうか」
「どうだろう。少なくとも僕が屋敷を出る時には既にセスは出かけるところだったから、公爵家を回るといっていたブレナーは間に合ってないだろうね」
式場に着いて開式が遅れる旨を伝えられ苛立つフランセスカの姿が目に浮かぶようだった。
機嫌の悪いフランセスカをなだめる予行演習を頭の中でしながら、ミネルヴァはセフィルニムに手を取ってもらいながら馬車へ向かう。
「フランセスカから聞いていたけど、本当にミーナの騎士なんだね」
先んじて馬車に乗り込むと、窓の外を示すセフィルニムと目が合った。指の先をたどると、イーグルが旋回していた。
「一緒に来てくれるみたいだ。心強いね」
「ええ」
冗談めかしたわけでもなく、普通の事の様に言われて、ミネルヴァも素直に頷く。
「ニムが居てくれることも、心強く思っていてよ」
「本当? 嬉しいな」
心底から頼もしく、セフィルニムにもイーグルにも守られていると思いながら、馬車に乗った。彼女は本当に安堵していた。全く緊張が無いなどということはないが、朝のような体をおかしくする程の緊張は無い。
(良かった。きっと乗り切れるわ。これが過ぎればグリッツ領に引きこもれるし…)
彼女はもう卒院式への不安を乗り越え、その先を見据えていた。
ミネルヴァは相変わらず閉じ篭っているが、なんとなく、分厚い殻に篭っていたはずのミネルヴァは薄い膜の中からそっとこちらを伺っているような、そんな気配を感じているのだ。王都に戻ってからは特に。フランセスカと笑っていた時なども、ミネルヴァも笑った、とそんな気がし続けていた。
(皆のお陰って、ひいてはミネルヴァの頑張りだけど。そういうのも含めて、私もちゃんとミネルヴァの力になれてるかしら………ねぇ? どう思う? 私、役に立ててる?)
心でミネルヴァに問いかけつつ、笑顔でセフィルニムと談笑しながら馬車に揺られていたミネルヴァは、辿り着いた先で何が待っているのかを解っていなかった。予想もしていなかった。いや、予想のしようもなかった、が正解だろうか。
「エ………?」
並んで中央の壇上に立つ王太子とリリィにフランセスカが相対して睨み合っている状況など。一体どんな事前情報があれば予想できたというのだろう。
(なにしてるの?)
セフィルニムの腕に添えていた手でそっと服を引いて訴えると、困った様な、だが笑顔で首を傾げられる。
「少し早かったみたいだ」
何が、とは訊き返せなかった。
リリィの叫ぶような声が、
「これが証拠です!」
と、響いたからだ。
(え? 何の? っていうか、本当に、これ、どういう状況なの?)
戸惑いで表情をなくすミネルヴァに、こんな時でも柔らかな笑顔のままでセフィルニムが移動を促す。中央で繰り広げられる騒動を避けるように、外側の廊下を回って移動しようと言うのだ。
「あっちはセスが担当だから、任せておけば大丈夫だよ」
状況が飲み込めなさすぎて、小さく頷くことしかできなかった。先ほどの喧騒が嘘のように静まり返っている廊下を、セフィルニムと歩きながら、彼女はふと思いついた考えがある。
(もしかして、あれ、いわゆる断罪イベントなのでは………)
大学生になってからはパソコンを使って、主にオンラインゲームでモンスターを狩っていた彼女は、古いタイプの乙女ゲームしか知らない。だが、ネット広告で気になって乙女ゲームに転生しましたという漫画は読んだことがあった。断罪イベントを数多くは知らないが、ミネルヴァが婚約破棄されたイベントとは別に、フランセスカという悪役令嬢に断罪イベントが降りかかっているのではないだろうか。
(いや、でも、フランセスカが何を断罪されるっていうの?)
証拠という言葉が叫ばれていたのは言わば対立する側からだ。だが、ミネルヴァが知る限りフランセスカに断罪を受けるような所行はない。
(ニムも落ち着いてるし)
態度や言葉から察するに、フランセスカもセフィルニムにとっても、先程の騒動は想定内の事であるようだ。もし、それが想定内の事であるのなら、断罪されるなどという事ではないだろう。
時は緊張の卒院式当日であるのだが、ミネルヴァは至って元気である。
いや、朝から本当に緊張はしていたのだ、迎えのためにセフィルニムが屋敷を訪れたその瞬間は、このままだと会場で卒倒するかもしれないと思うほどだった。ただ、そんなミネルヴァを見たセフィルニムが、フランセスカに似た笑顔で開式の時間が遅れるから少しお茶をもらっても良いかな、と言ったから、力が抜けたのだ。
とかく女性が強いライネッツ公爵家で育ったからか、生来の性質なのか、セフィルニムは聞き上手である。柔らかな雰囲気で、否定も肯定もせず、絶えぬ笑顔で話を聞いてくれる。
「あ、いやだわ、私、話に夢中になって。式の遅延はどれくらい? まだ大丈夫かしら」
「ああ、そうだね、まだ大丈夫だとは思うけど。そろそろ向かおうか」
「ええ。でも、卒院式が遅れるなんて珍しいわね」
「両陛下がね。ラー・ティ・オーリの御視察の道中で予定が遅れてしまったらしくて、今朝、王都にご到着で、お休みになる時間を作るために少し延期する事になったみたいだよ。ブレナーが門の前で慌ただしく言ってた」
「…初めに理由を聞かなかったうかつな私が言える事ではないかもしれませんが、ブレナー様、お役目は大過なく果たされておいでなのでしょうか」
「どうだろう。少なくとも僕が屋敷を出る時には既にセスは出かけるところだったから、公爵家を回るといっていたブレナーは間に合ってないだろうね」
式場に着いて開式が遅れる旨を伝えられ苛立つフランセスカの姿が目に浮かぶようだった。
機嫌の悪いフランセスカをなだめる予行演習を頭の中でしながら、ミネルヴァはセフィルニムに手を取ってもらいながら馬車へ向かう。
「フランセスカから聞いていたけど、本当にミーナの騎士なんだね」
先んじて馬車に乗り込むと、窓の外を示すセフィルニムと目が合った。指の先をたどると、イーグルが旋回していた。
「一緒に来てくれるみたいだ。心強いね」
「ええ」
冗談めかしたわけでもなく、普通の事の様に言われて、ミネルヴァも素直に頷く。
「ニムが居てくれることも、心強く思っていてよ」
「本当? 嬉しいな」
心底から頼もしく、セフィルニムにもイーグルにも守られていると思いながら、馬車に乗った。彼女は本当に安堵していた。全く緊張が無いなどということはないが、朝のような体をおかしくする程の緊張は無い。
(良かった。きっと乗り切れるわ。これが過ぎればグリッツ領に引きこもれるし…)
彼女はもう卒院式への不安を乗り越え、その先を見据えていた。
ミネルヴァは相変わらず閉じ篭っているが、なんとなく、分厚い殻に篭っていたはずのミネルヴァは薄い膜の中からそっとこちらを伺っているような、そんな気配を感じているのだ。王都に戻ってからは特に。フランセスカと笑っていた時なども、ミネルヴァも笑った、とそんな気がし続けていた。
(皆のお陰って、ひいてはミネルヴァの頑張りだけど。そういうのも含めて、私もちゃんとミネルヴァの力になれてるかしら………ねぇ? どう思う? 私、役に立ててる?)
心でミネルヴァに問いかけつつ、笑顔でセフィルニムと談笑しながら馬車に揺られていたミネルヴァは、辿り着いた先で何が待っているのかを解っていなかった。予想もしていなかった。いや、予想のしようもなかった、が正解だろうか。
「エ………?」
並んで中央の壇上に立つ王太子とリリィにフランセスカが相対して睨み合っている状況など。一体どんな事前情報があれば予想できたというのだろう。
(なにしてるの?)
セフィルニムの腕に添えていた手でそっと服を引いて訴えると、困った様な、だが笑顔で首を傾げられる。
「少し早かったみたいだ」
何が、とは訊き返せなかった。
リリィの叫ぶような声が、
「これが証拠です!」
と、響いたからだ。
(え? 何の? っていうか、本当に、これ、どういう状況なの?)
戸惑いで表情をなくすミネルヴァに、こんな時でも柔らかな笑顔のままでセフィルニムが移動を促す。中央で繰り広げられる騒動を避けるように、外側の廊下を回って移動しようと言うのだ。
「あっちはセスが担当だから、任せておけば大丈夫だよ」
状況が飲み込めなさすぎて、小さく頷くことしかできなかった。先ほどの喧騒が嘘のように静まり返っている廊下を、セフィルニムと歩きながら、彼女はふと思いついた考えがある。
(もしかして、あれ、いわゆる断罪イベントなのでは………)
大学生になってからはパソコンを使って、主にオンラインゲームでモンスターを狩っていた彼女は、古いタイプの乙女ゲームしか知らない。だが、ネット広告で気になって乙女ゲームに転生しましたという漫画は読んだことがあった。断罪イベントを数多くは知らないが、ミネルヴァが婚約破棄されたイベントとは別に、フランセスカという悪役令嬢に断罪イベントが降りかかっているのではないだろうか。
(いや、でも、フランセスカが何を断罪されるっていうの?)
証拠という言葉が叫ばれていたのは言わば対立する側からだ。だが、ミネルヴァが知る限りフランセスカに断罪を受けるような所行はない。
(ニムも落ち着いてるし)
態度や言葉から察するに、フランセスカもセフィルニムにとっても、先程の騒動は想定内の事であるようだ。もし、それが想定内の事であるのなら、断罪されるなどという事ではないだろう。
51
あなたにおすすめの小説
転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!
木風
恋愛
婚約者に裏切られ、成金伯爵令嬢の仕掛けに嵌められた私は、あっけなく「悪役令嬢」として婚約を破棄された。
胸に広がるのは、悔しさと戸惑いと、まるで物語の中に迷い込んだような不思議な感覚。
けれど、この身に宿るのは、かつて過労に倒れた29歳の女医の記憶。
勉強も社交も面倒で、ただ静かに部屋に籠もっていたかったのに……
『神に愛された強運チート』という名の不思議な加護が、私を思いもよらぬ未来へと連れ出していく。
子供部屋の安らぎを夢見たはずが、待っていたのは次期国王……王太子殿下のまなざし。
逃れられない運命と、抗いようのない溺愛に、私の物語は静かに色を変えていく。
時に笑い、時に泣き、時に振り回されながらも、私は今日を生きている。
これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday
悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。
婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました
宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。
しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。
断罪まであと一年と少し。
だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。
と意気込んだはいいけど
あれ?
婚約者様の様子がおかしいのだけど…
※ 4/26
内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です
hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。
夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。
自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。
すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。
訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。
円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・
しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・
はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?
ざまぁされるのが確実なヒロインに転生したので、地味に目立たず過ごそうと思います
真理亜
恋愛
私、リリアナが転生した世界は、悪役令嬢に甘くヒロインに厳しい世界だ。その世界にヒロインとして転生したからには、全てのプラグをへし折り、地味に目立たず過ごして、ざまぁを回避する。それしかない。生き延びるために! それなのに...なぜか悪役令嬢にも攻略対象にも絡まれて...
乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが
侑子
恋愛
十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。
しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。
「どうして!? 一体どうしてなの~!?」
いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる