悪役令嬢だけど愛されたい

nionea

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第一章:まずは、スタートラインに立つために。

13.蚊帳の外ってこういうこと

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 そっと窺うようにセフィルニムを見つめれば、常と変わらぬ笑顔を返されるのだが。あの状況を受けても常通りの笑顔というのが、聞くな、と言っているようにも思える。
(えい! こんな所で空気を読んでどうする私! ここは怒れる部長が場を支配した会議室じゃないんだぞ! 訊きたい事ははっきり訊け!)
 ぎゅっと目を瞑って、私はあえて空気読まない、と心で唱える。
「ニム」
 ちゃんと話せるように歩みを止め、向き合う。
「どうしたの?」
「さっきの騒動は何? セスは大丈夫なの? 私ができることはある? 何か知っているなら教えて」
 口に出して訊けば、フランセスカの身に危機が降りかかっているように思えて、顔が泣きそうに歪んだ。
「そんなに悲しそうにしないで」
 顔が歪んでしまった事に自覚のなかったミネルヴァは、セフィルニムの方こそ悲しそうだと思ったが、確かに自分の眉間も深く寄っている。手で眉間に触れ、伸ばしていると、彼は小さく笑った。
「今ね、セスは怒ってるんだ」
「怒る? 私のせい?」
 フランセスカは確かにリリィに腹を立てていた。だが、それはあくまで非常識な態度を咎め諌めていただけだ。もし何か怒る事があるとすれば、それは修学式の事ではないだろうか。
「違う。確かに、ミーナの事でもセスは怒っていたけど。あの騒動はミーナのせいじゃない」
「でも………」
 不安そうに瞳を揺らすミネルヴァに、セフィルニムは元気づけるよう微笑みかける。
「セスは言ってたよ。公爵家令嬢としてするべきことがあるって。あれはセスが自分の役割だと決めて臨んでいること。だから、ミーナは、心配だろうけど、応援してあげて」
 セフィルニムはいつもの微笑みを浮かべていたが、その目は真剣な兄のものだった。
「何をすれば応援になるの?」
「今だとあの騒動に関わらないことかな」
「役に立たないって事…?」
「違うよ。違うから、そんな顔をしないで。ほら、笑って」
「笑えないわ」
「役に立たないとか考えてない。ただ、ミーナが隣に居たら、絶対にセスは感情的になるだろう? 相手が感情的な時はそういうのまずいから、セスが冷静でいられるように、今は隠れてて欲しいなってことなんだ」
 自分が出て行ってフランセスカが感情的になるなら、やっぱり自分のせいであの事態が起きているのだな、とは解ってしまった。だが、小さな子をあやすような言い方に、ごねては本当に子供だろうと察して押し黙る。フランセスカのするべき事の内容は聞けていないが、セフィルニムが真剣に頼んでくるのだから、今はここで大人しくしていようと決めた。
「後で、全部、ちゃんと教えてね」
「もちろん」
 目が赤くなっているから、少し遠回りして行こう言われ、セフィルニムの先導するままに付き合う。そろそろ良いかなと呟いた後、ようやく卒院式の本会場へ向かうと、式場は開式前の穏やかな喧騒に包まれていた。
 しかも、ミネルヴァが疑問を浮べ見回すと、会場には王太子とリリィが居ない。
(さっきまで、壇上に…? 婚約発表だったんじゃ? ゴンドラにでも乗って現れるのかしら…?)
 式場の雰囲気は全く円満で、つい先程垣間見たはずの騒動が見間違いだったのかとさえ思える。
「ミーナ!」
「セス」
「良かった。ちょっと遅いから心配したのよ」
「………ごめんなさい」
 疑問を口にしかかって、ぐっと堪える。
「別に謝る必要なんかありませんわ。もう」
 フランセスカは心底楽しそうだ。騒動の際に見た背の緊張したような所は微塵も無い。
 ミネルヴァの置いてけぼりな感情はどこ吹く風、とばかりに、卒院式は国王妃の言葉で開式した。
 一切の滞りなく式は進んでいき、ミネルヴァもセフィルニムと踊った後くらいから考えるのがどうでもよくなり、終わる頃にはすっかり楽しんでしまう。
 国王による若者達への薫陶を最後に、卒院生達は三々五々それぞれの派閥で二次会へ向かった。
 ミネルヴァも、話を聞こうと従兄姉達と共に下がる。
 そして、顛末を聞かされ、正直何を言っているのかすんなりとは理解できなかった。
 ミネルヴァらしくもなくわずかに口を開けてぽかんとしてしまう。
「まぁ、公爵家の娘として、ちゃんと締める所は締めないと駄目だなって思いましたの」
 そう言って可愛らしく微笑むフランセスカは、修学式前から既に色々動き始めていたらしい。そして、その事前根回しのコネを使って、三ヶ月半の間に、王太子を弾劾する準備を整えたというのだ。
(弾劾って…?)
 言葉の意味は解るが、何故フランセスカが王太子を弾劾するのかが解らない。
 王太子の不在はフランセスカの弾劾によるものだったらしい。正確には、あくまで弾劾された内容の精査のため退いたということらしいが。
(あれー…証拠がって、叫んでたのリリィ・マリア・ネート子爵令嬢の方だったはずじゃ?)
 リリィの不在理由は更に深刻だ。
 曰く、
「いったいどんな馬鹿に入れ知恵をされたのか解りませんけれど。あの低脳女、わたくしの罪状を上げ連ねて断罪するつもりだったらしいの。ありえませんわよね、自分の行状を棚に上げて。だからちゃんと身の潔白を証明しましたわ」
とのことだ。
 結果、侮辱罪と公文書偽造罪を主な罪として捕まり、投獄されたらしい。
(と、投獄…? もう、駄目、本当に全然追いつけない。大団円の卒院式は何処に行ったの? 私の知るあのイラストは一体何? 公式に婚約者交代でめでたしめでたしだったのではないの?)
 一応、ミネルヴァとしての知識が二人の説明をちゃんと理解しているのだが、彼女自身の知識と主に感情面が納得するのを妨げていた。
「まぁ、何はともあれ、これでミーナは自由の身ですわね」
 ぎゅっと手を握って、本当に、まるで褒められるのを待つ子供のような、得意満面な顔でフランセスカが笑う。
「え?」
「ミーナのように綺麗で可愛くて優しくて努力家で健気で真面目で慎み深くたおやかで淑やかで」
「待ってセス。どうしたの?」
 突然始まった褒め殺しにミネルヴァが慌ててフランセスカの言葉を遮る。
「だってわたくし常々思っておりましたの」
 一方遮られたフランセスカは、特に気にした様子もなく。腰に手を当ててわずかに胸を張る。
「ミーナに馬鹿が相手では役者不足もいいところですわ」
「セス…不敬だわ」
「あら、別に王子としての資質を貶してはおりませんのよ? ただ男としてみみっちいカスだと言っているだけですわ」
「………」
 ミネルヴァはぱくぱくと口を動かしたが、声は出せなかった。
 元々耳を疑うような言葉を吐き出す事はある。だが、此処まではっきりと貶しているのは初めて聞いた。
(もしかして、セスって、いままでミネルヴァに配慮して話す言葉を選んでたの?)
 あれで言葉が選ばれていたのかという驚きはあるが、思いついてみればこの考えはしっくりきた。
「セス。大好き」
「わたくしもよ!」
 言いたい事も訊きたい事も山とあったはずなのだが、総合するとその一言しか出てこなかった。
 ぱっと満面の笑顔になったフランセスカとドレスに皺が寄るのも気にせずに抱き締め合う。彼女だけではなくミネルヴァも、大好き、と心の中で叫んでいた。
 産まれてからずっと人生をかけていた。見てはいけないと言われていたから他など見てこなかった。比べてこなかった。だが、フランセスカに自由だと言われて振り返ると、驚くべき事になんの未練も見当たらない。
「ミーナ! どうしましたの!」
 ミネルヴァの瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「違うのセス、嬉しいのよ。私、今ならイーグルの様に空だって飛んでみせるわ!」
 涙は止まらないのだが、ミネルヴァが確かに嬉しそうに声を上げて笑うのを見て、フランセスカとセフィルニムは顔を見合わせて共に笑った。
 まだ世の柵など意識していなかった、幼い頃のように、ただ楽しく笑い合った。

□fin
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