悪役令嬢だけど愛されたい

nionea

文字の大きさ
39 / 49
第三章:そんなの聞いてないっ!

7.遭遇

しおりを挟む
 通い妻と呼ばれて、浮かれ舞い上がってしまったミネルヴァが、本来公爵令嬢が身に付けるにはそぐわない料理スキルを発揮した後。
 サフ=ジーノの工房からギリットを呼ぶ使いがやってきた。
「少し待っててくれるか? 話を聞く限りすぐ戻れると思うから」
「解ったわ」
「ありがとう」
 そっと額にキスを落とされて、ミネルヴァが真っ赤になるのを見てからギリットは出かけて行く。
 日本産ゲームのせいなのか、この国には西洋風な世界観の割にフランクなキスの習慣が無い。そしてその習慣がリテルタには有る。ミネルヴァも知っている。だが、知識として知っていることと、馴染めることは別問題だ。
(絶対に面白がられてる)
 火照る頬に手で風を送り、椅子に座って留守居を始めたミネルヴァだが、特にする事がない。
(スープ以外に何か作ろうかしら…やめとこう。別に特別料理上手なわけでもないし、変なもの作って食材を無駄にしたら申し訳ない)
 一人暮らしで節約のために自炊派だった前世のおかげで、彼女は醤油、みりん、味噌、酒の類を使った料理のレパートリーが多い。ただ、この国にはどれも無い。
(ハーブで香りづけしたお洒落な料理とか知らないし。サラダはオールマヨネーズでお肉はだいたいソース&ケチャップで何とでもなったんだもの。洋食とか難しいのよ。コショウ以外の香辛料なんか常備してないわよ。パセリにバジルくらいなら解るけど。ローズマリー、セージ、タイム、ナツメグ、オレガノ、どうして可愛いレシピには謎のスパイス名が付属しているのかしら。その料理作るために一瓶丸々買うとか、不経済だし…スパイスひとふり何円とかあったら良かったなぁ)
 ほんの少し前に、前世の記憶を基準にするのはどうこう考えていたのはなんだったのか、通い妻の衝撃で一切が頭から抜けていた。暇に任せて特に実のない事を考えていると、なんだか行動基準が前世によってしまい、ミネルヴァは特に何の考えもなく反射でノックに返事をしてしまう。
(あ、リットの家なのに、私が出て良いものかしら)
 そう思ったのも、既にドアを開けた後だった。
「………」
「………」
 明るい赤毛を通り越して濃いピンクなのでは、と思える髪色の可愛らしい少女が立っている。くりっとした緑の目が、宝石のようだ。
(あ、もしかして)
 リテルタの民族衣装に特徴的な髪色でミネルヴァはその人物が誰なのか解った。だが、今この状況で公爵令嬢だと名乗るのは憚られる。どうしたものかと言葉を探していると、恐らくギリットを訪ねてきた少女もミネルヴァの出迎えが予想外だったのだろう、お互い驚いた顔のまま沈黙した。
「すみません。あのワタシ、家を間違えたみたいです」
「あ、いえ」
 ギリットの家はこちらで間違いないですよ、今少し留守にしているだけで、と去ろうとするリリィ・クシャ・ワンドと思しき少女に声をかけようとして、止める。以前、面倒事と表現したギリットの表情を思い出したからだ。
(あ、でも本人の代わりに話を聞いた方が)
 何かギリットの手助けになるかもしれないと思い直したが、既に少女は角の向こうに消えていた。すぐそこだから、と少し家を離れて角まで行ったが、誰も居ない。自分が乗ってきた馬車があるだけだ。一応御者に話を聞くと、待っていた馬車に乗って行ってしまったらしい。
(遅かった。ああもう、初めから要件くらい代わりに聞いておけば良かったわ…名前すら聞いてない)
 役に立ってないと思いながら戻ってきたギリットに、たぶんリリィ・クシャ・ワンドが訪ねてきたと知らせる。
「ごめんなさい。要件をちゃんとうかがえば良かったわ」
「いや、大丈夫だ」
 すまなそうにするミネルヴァに気にするなと告げてギリットは手紙を一通持ってきた。
「今日話そうとしてたんだが、家から手紙が来てな。俺は元々この国に来る時に勘当してもらったんだが、どうも、ワンド家が俺の勘当を解くように話をしてきたらしい。理由は向こうもよく解ってないとのことだが」
 ギリットの言葉に頷きながら文面に目を走らせる。おそらくギリットの方からワンド家の人間が訪ねてきたが何かあるのか、という問いかけの手紙が送られたのだろう。
 ワンド家と特別親しくしてはいない。ギリットの勘当を解くよう言ってきたが、むしろそっちで関わったんじゃないのかと尋ねてきている。
「好意で勘当してもらったようなもんだし、もうこの国で身分と家名をもらっているから、今更勘当を解いてもらう道理も必要もないんだが」
「じゃあ、その事をワンド家の方にお伝えすれば良いのでは?」
「どうだろうな…ワンド家は、正直良い噂を聞く家じゃない。好意的な意図で俺に関わろうとしているとは思えない以上、この国で身分を持っている事はあまり知らせたくはないな。ミーナ達に迷惑をかける事にも繋がりかねない」
「別に迷惑なんて…」
「知ってると思うが、リテルタの貴族は身分に領土など付かない。所領の転換や没収も頻繁にある。貴族同士の足の引き合いもよくある話だ。まして、ワンド家は王弟派だったからな…俺の事で気になるかもしれないが、できるだけ関わらないようにしてくれ」
「解ったわ。気を付ける」
 リテルタ国にはリテルタ国の事情もあるようだ。そう考えてミネルヴァはギリットの言葉を飲み込み、これ以上リリィ・クシャ・ワンドには関わらないようにしようと決めた。
 もっとも、アンゼーナがあれだけ盛り上がっていたのに、完全に関わらないのは無理だろうな、とは感じていたが。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!

木風
恋愛
婚約者に裏切られ、成金伯爵令嬢の仕掛けに嵌められた私は、あっけなく「悪役令嬢」として婚約を破棄された。 胸に広がるのは、悔しさと戸惑いと、まるで物語の中に迷い込んだような不思議な感覚。 けれど、この身に宿るのは、かつて過労に倒れた29歳の女医の記憶。 勉強も社交も面倒で、ただ静かに部屋に籠もっていたかったのに…… 『神に愛された強運チート』という名の不思議な加護が、私を思いもよらぬ未来へと連れ出していく。 子供部屋の安らぎを夢見たはずが、待っていたのは次期国王……王太子殿下のまなざし。 逃れられない運命と、抗いようのない溺愛に、私の物語は静かに色を変えていく。 時に笑い、時に泣き、時に振り回されながらも、私は今日を生きている。 これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました

宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。 しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。 断罪まであと一年と少し。 だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。 と意気込んだはいいけど あれ? 婚約者様の様子がおかしいのだけど… ※ 4/26 内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

ざまぁされるのが確実なヒロインに転生したので、地味に目立たず過ごそうと思います

真理亜
恋愛
私、リリアナが転生した世界は、悪役令嬢に甘くヒロインに厳しい世界だ。その世界にヒロインとして転生したからには、全てのプラグをへし折り、地味に目立たず過ごして、ざまぁを回避する。それしかない。生き延びるために! それなのに...なぜか悪役令嬢にも攻略対象にも絡まれて...

乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが

侑子
恋愛
 十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。  しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。 「どうして!? 一体どうしてなの~!?」  いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

処理中です...