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第三章:そんなの聞いてないっ!
7.遭遇
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通い妻と呼ばれて、浮かれ舞い上がってしまったミネルヴァが、本来公爵令嬢が身に付けるにはそぐわない料理スキルを発揮した後。
サフ=ジーノの工房からギリットを呼ぶ使いがやってきた。
「少し待っててくれるか? 話を聞く限りすぐ戻れると思うから」
「解ったわ」
「ありがとう」
そっと額にキスを落とされて、ミネルヴァが真っ赤になるのを見てからギリットは出かけて行く。
日本産ゲームのせいなのか、この国には西洋風な世界観の割にフランクなキスの習慣が無い。そしてその習慣がリテルタには有る。ミネルヴァも知っている。だが、知識として知っていることと、馴染めることは別問題だ。
(絶対に面白がられてる)
火照る頬に手で風を送り、椅子に座って留守居を始めたミネルヴァだが、特にする事がない。
(スープ以外に何か作ろうかしら…やめとこう。別に特別料理上手なわけでもないし、変なもの作って食材を無駄にしたら申し訳ない)
一人暮らしで節約のために自炊派だった前世のおかげで、彼女は醤油、みりん、味噌、酒の類を使った料理のレパートリーが多い。ただ、この国にはどれも無い。
(ハーブで香りづけしたお洒落な料理とか知らないし。サラダはオールマヨネーズでお肉はだいたいソース&ケチャップで何とでもなったんだもの。洋食とか難しいのよ。コショウ以外の香辛料なんか常備してないわよ。パセリにバジルくらいなら解るけど。ローズマリー、セージ、タイム、ナツメグ、オレガノ、どうして可愛いレシピには謎のスパイス名が付属しているのかしら。その料理作るために一瓶丸々買うとか、不経済だし…スパイスひとふり何円とかあったら良かったなぁ)
ほんの少し前に、前世の記憶を基準にするのはどうこう考えていたのはなんだったのか、通い妻の衝撃で一切が頭から抜けていた。暇に任せて特に実のない事を考えていると、なんだか行動基準が前世によってしまい、ミネルヴァは特に何の考えもなく反射でノックに返事をしてしまう。
(あ、リットの家なのに、私が出て良いものかしら)
そう思ったのも、既にドアを開けた後だった。
「………」
「………」
明るい赤毛を通り越して濃いピンクなのでは、と思える髪色の可愛らしい少女が立っている。くりっとした緑の目が、宝石のようだ。
(あ、もしかして)
リテルタの民族衣装に特徴的な髪色でミネルヴァはその人物が誰なのか解った。だが、今この状況で公爵令嬢だと名乗るのは憚られる。どうしたものかと言葉を探していると、恐らくギリットを訪ねてきた少女もミネルヴァの出迎えが予想外だったのだろう、お互い驚いた顔のまま沈黙した。
「すみません。あのワタシ、家を間違えたみたいです」
「あ、いえ」
ギリットの家はこちらで間違いないですよ、今少し留守にしているだけで、と去ろうとするリリィ・クシャ・ワンドと思しき少女に声をかけようとして、止める。以前、面倒事と表現したギリットの表情を思い出したからだ。
(あ、でも本人の代わりに話を聞いた方が)
何かギリットの手助けになるかもしれないと思い直したが、既に少女は角の向こうに消えていた。すぐそこだから、と少し家を離れて角まで行ったが、誰も居ない。自分が乗ってきた馬車があるだけだ。一応御者に話を聞くと、待っていた馬車に乗って行ってしまったらしい。
(遅かった。ああもう、初めから要件くらい代わりに聞いておけば良かったわ…名前すら聞いてない)
役に立ってないと思いながら戻ってきたギリットに、たぶんリリィ・クシャ・ワンドが訪ねてきたと知らせる。
「ごめんなさい。要件をちゃんとうかがえば良かったわ」
「いや、大丈夫だ」
すまなそうにするミネルヴァに気にするなと告げてギリットは手紙を一通持ってきた。
「今日話そうとしてたんだが、家から手紙が来てな。俺は元々この国に来る時に勘当してもらったんだが、どうも、ワンド家が俺の勘当を解くように話をしてきたらしい。理由は向こうもよく解ってないとのことだが」
ギリットの言葉に頷きながら文面に目を走らせる。おそらくギリットの方からワンド家の人間が訪ねてきたが何かあるのか、という問いかけの手紙が送られたのだろう。
ワンド家と特別親しくしてはいない。ギリットの勘当を解くよう言ってきたが、むしろそっちで関わったんじゃないのかと尋ねてきている。
「好意で勘当してもらったようなもんだし、もうこの国で身分と家名をもらっているから、今更勘当を解いてもらう道理も必要もないんだが」
「じゃあ、その事をワンド家の方にお伝えすれば良いのでは?」
「どうだろうな…ワンド家は、正直良い噂を聞く家じゃない。好意的な意図で俺に関わろうとしているとは思えない以上、この国で身分を持っている事はあまり知らせたくはないな。ミーナ達に迷惑をかける事にも繋がりかねない」
「別に迷惑なんて…」
「知ってると思うが、リテルタの貴族は身分に領土など付かない。所領の転換や没収も頻繁にある。貴族同士の足の引き合いもよくある話だ。まして、ワンド家は王弟派だったからな…俺の事で気になるかもしれないが、できるだけ関わらないようにしてくれ」
「解ったわ。気を付ける」
リテルタ国にはリテルタ国の事情もあるようだ。そう考えてミネルヴァはギリットの言葉を飲み込み、これ以上リリィ・クシャ・ワンドには関わらないようにしようと決めた。
もっとも、アンゼーナがあれだけ盛り上がっていたのに、完全に関わらないのは無理だろうな、とは感じていたが。
サフ=ジーノの工房からギリットを呼ぶ使いがやってきた。
「少し待っててくれるか? 話を聞く限りすぐ戻れると思うから」
「解ったわ」
「ありがとう」
そっと額にキスを落とされて、ミネルヴァが真っ赤になるのを見てからギリットは出かけて行く。
日本産ゲームのせいなのか、この国には西洋風な世界観の割にフランクなキスの習慣が無い。そしてその習慣がリテルタには有る。ミネルヴァも知っている。だが、知識として知っていることと、馴染めることは別問題だ。
(絶対に面白がられてる)
火照る頬に手で風を送り、椅子に座って留守居を始めたミネルヴァだが、特にする事がない。
(スープ以外に何か作ろうかしら…やめとこう。別に特別料理上手なわけでもないし、変なもの作って食材を無駄にしたら申し訳ない)
一人暮らしで節約のために自炊派だった前世のおかげで、彼女は醤油、みりん、味噌、酒の類を使った料理のレパートリーが多い。ただ、この国にはどれも無い。
(ハーブで香りづけしたお洒落な料理とか知らないし。サラダはオールマヨネーズでお肉はだいたいソース&ケチャップで何とでもなったんだもの。洋食とか難しいのよ。コショウ以外の香辛料なんか常備してないわよ。パセリにバジルくらいなら解るけど。ローズマリー、セージ、タイム、ナツメグ、オレガノ、どうして可愛いレシピには謎のスパイス名が付属しているのかしら。その料理作るために一瓶丸々買うとか、不経済だし…スパイスひとふり何円とかあったら良かったなぁ)
ほんの少し前に、前世の記憶を基準にするのはどうこう考えていたのはなんだったのか、通い妻の衝撃で一切が頭から抜けていた。暇に任せて特に実のない事を考えていると、なんだか行動基準が前世によってしまい、ミネルヴァは特に何の考えもなく反射でノックに返事をしてしまう。
(あ、リットの家なのに、私が出て良いものかしら)
そう思ったのも、既にドアを開けた後だった。
「………」
「………」
明るい赤毛を通り越して濃いピンクなのでは、と思える髪色の可愛らしい少女が立っている。くりっとした緑の目が、宝石のようだ。
(あ、もしかして)
リテルタの民族衣装に特徴的な髪色でミネルヴァはその人物が誰なのか解った。だが、今この状況で公爵令嬢だと名乗るのは憚られる。どうしたものかと言葉を探していると、恐らくギリットを訪ねてきた少女もミネルヴァの出迎えが予想外だったのだろう、お互い驚いた顔のまま沈黙した。
「すみません。あのワタシ、家を間違えたみたいです」
「あ、いえ」
ギリットの家はこちらで間違いないですよ、今少し留守にしているだけで、と去ろうとするリリィ・クシャ・ワンドと思しき少女に声をかけようとして、止める。以前、面倒事と表現したギリットの表情を思い出したからだ。
(あ、でも本人の代わりに話を聞いた方が)
何かギリットの手助けになるかもしれないと思い直したが、既に少女は角の向こうに消えていた。すぐそこだから、と少し家を離れて角まで行ったが、誰も居ない。自分が乗ってきた馬車があるだけだ。一応御者に話を聞くと、待っていた馬車に乗って行ってしまったらしい。
(遅かった。ああもう、初めから要件くらい代わりに聞いておけば良かったわ…名前すら聞いてない)
役に立ってないと思いながら戻ってきたギリットに、たぶんリリィ・クシャ・ワンドが訪ねてきたと知らせる。
「ごめんなさい。要件をちゃんとうかがえば良かったわ」
「いや、大丈夫だ」
すまなそうにするミネルヴァに気にするなと告げてギリットは手紙を一通持ってきた。
「今日話そうとしてたんだが、家から手紙が来てな。俺は元々この国に来る時に勘当してもらったんだが、どうも、ワンド家が俺の勘当を解くように話をしてきたらしい。理由は向こうもよく解ってないとのことだが」
ギリットの言葉に頷きながら文面に目を走らせる。おそらくギリットの方からワンド家の人間が訪ねてきたが何かあるのか、という問いかけの手紙が送られたのだろう。
ワンド家と特別親しくしてはいない。ギリットの勘当を解くよう言ってきたが、むしろそっちで関わったんじゃないのかと尋ねてきている。
「好意で勘当してもらったようなもんだし、もうこの国で身分と家名をもらっているから、今更勘当を解いてもらう道理も必要もないんだが」
「じゃあ、その事をワンド家の方にお伝えすれば良いのでは?」
「どうだろうな…ワンド家は、正直良い噂を聞く家じゃない。好意的な意図で俺に関わろうとしているとは思えない以上、この国で身分を持っている事はあまり知らせたくはないな。ミーナ達に迷惑をかける事にも繋がりかねない」
「別に迷惑なんて…」
「知ってると思うが、リテルタの貴族は身分に領土など付かない。所領の転換や没収も頻繁にある。貴族同士の足の引き合いもよくある話だ。まして、ワンド家は王弟派だったからな…俺の事で気になるかもしれないが、できるだけ関わらないようにしてくれ」
「解ったわ。気を付ける」
リテルタ国にはリテルタ国の事情もあるようだ。そう考えてミネルヴァはギリットの言葉を飲み込み、これ以上リリィ・クシャ・ワンドには関わらないようにしようと決めた。
もっとも、アンゼーナがあれだけ盛り上がっていたのに、完全に関わらないのは無理だろうな、とは感じていたが。
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