悪役令嬢だけど愛されたい

nionea

文字の大きさ
上 下
41 / 49
第三章:そんなの聞いてないっ!

9.決意

しおりを挟む
 本当はアンゼーナを通すのが一番の早道なのだが、急がば回れだ、と確信して、ミネルヴァはスティアンを通じてリテルタ使節団のリリィ・クシャ・ワンドと話をする機会を作ろうと動き出した。
 焦る内心とは裏腹に、機会を設ける相談は遅々として進まない。だが、その期間がミネルヴァ自身を冷静にしてくれた。
 今、ミネルヴァはあの日のリリィ・クシャ・ワンドの言葉を思い出して、書き出している。
(あの口ぶりはどう考えてもゲームをプレイしたことがあるものだったわ)
 彼女はミネルヴァというキャラクターに会えた事を喜んでいた。
(ファーストとかセカンドって言葉が出てた…続編があるって事よね。私は知らないけど…というか、もしかして、リメイク作か何かがあるんじゃないかしら)
 正規結婚ルートとか処刑エンドといった言葉は、ミネルヴァには全く解らない事だ。少なくとも彼女がプレイしたゲームにそんなルートもエンドも有った憶えは無い。
(詳細を思い出せてない自覚はあるけど…少なくとも処刑エンドなんてものはなかったわ)
 ミネルヴァの中にあるバッドエンドは、あくまで攻略対象とはお友達で終わるというものでしかなかった。恋人になれればハッピーエンド。友達止まりならバッドエンド。そういうゲームだったはずだ。
(小学生の頃にプレイしてデットエンドなんてあったらきっと憶えてるはずだわ。やっぱり、リメイクが出たのかな…)
 彼女が小学生の頃はゲームのハードもソフトもまだまだ容量が少なくて、複雑な事や多様な事は出来なかった。乙女ゲームではなくRPG作品だったが、ストーリーはそのままに、操作性やグラフィック、イベントのムービーなどを追加した品質向上リメイク作品が発売されたゲームを知っている。このゲームにもそうしたリメイク版が出たのではないだろうか。
(私が知ってるゲームの世界だとは思ってきたけど、私が知らないゲームの世界かもとは考えてこなかった)
 ミネルヴァは紙を片手に固まっている。
(でも、続編が出てたとして、リリィ・クシャ・ワンド様はヒロインなのかしら…もしそうなら、ヒロインの初期設定名リリィで共通なのね。今後リリィって名前の人を見る度に気にする事になりそう)
 それほど頻繁に目にする名前ではないが、確かライネッツ領の本宅に仕えている女性の中にも居た記憶があった。百人くらい女性が居たら、一人見つけられるのではないか、というくらいの名前だ。今後のミネルヴァの人生でもまだ出会う事はあるだろう。
(ヒロインとして行動しているから、色々な男性に親しげに声をかけるのかしら。ニムを愛称で呼ぼうとしたのとか………)
 ミネルヴァの手からひらりと紙が落ちる。
(リットに会いに来たのもそういう…)
 固まったミネルヴァの顔につっと冷や汗が浮かんだ。
「いや、いやいや…」
 思わず声に出して否定するが、その胸中は暗く沈んでいく。
 リリィ・マリア・ネートはゲームのヒロインだとは思えなかった。それでも王太子との婚約は破棄される事になった。
 では、プレイヤーであるらしいヒロインのリリィ・クシャ・ワンドはどうだろう。
(私…どこまでも悪役令嬢なんじゃ………)
 せっかく上手くいきそうな現実が音を立てて崩壊する幻が見えた気がした。震える指先でぎゅっと肩を掴んで、ミネルヴァは小さく息を吐く。
(ゲームなんかじゃない)
 肩の力は抜いて、ただしお腹に力を込めて、すっとミネルヴァは立ち上がった。
「私は、公爵令嬢ミネルヴァ・アイネ・グリッツよ」
 落としてしまった紙を拾い上げ、二つに畳む。
(こんな事でめげたりしてたまるもんですか!)
 背筋を伸ばして胸を張り、決意を固めたミネルヴァに、リリィ・クシャ・ワンドと会えそうだと連絡が入ったのはその二時間後だった。
 火曜日の今日、急なことだが明日の水曜日なら空いていると言われ、少し決意が揺らいだ。だが、ミネルヴァはその日に会うことに決める。
 ギリットには、会いに行けなくなったけどもしかしたら午後にはいけるかもしれない、という手紙を書いた。
 それから、想定外の事態に弱い自分を自覚しているのでリリィ・クシャ・ワンドへ尋ねたい事も前もって紙に書き出した。
 心の準備にはもう少し時間が欲しかったが、もう仕方がない。ハーブティなどで何とかちゃんと睡眠をとれるよう早めに就寝し、翌朝、無事すっきりとした目覚めを迎えた。
「頑張るわ」
 自分で自分に言い聞かせ、ミネルヴァはリリィ・クシャ・ワンドと約束した、ホテルの喫茶店へ向かう。喫茶店といっても、ホテルの一部屋のように、個室にテーブルと椅子が置かれた談話室のようなものだ。他人と、あまり聞かれたくない話をするのには丁度良い空間である。
「ミネルヴァ様!」
 お待ちしてました、と笑顔で自分を迎えるリリィ・クシャ・ワンドに、できる限り優雅に見えるように意識して、微笑んでみせた。敵対したいわけではない、でも、これは戦いだ。令嬢としての装備はきちんと整えなければならない。
「ご機嫌よう。リリィ・クシャ・ワンド様」
「あ、ぜひぜひ、クシャって呼んでください。みんなにそう呼ばれてるので」
「解りました」
 室内では二人きりになれるように取り計らってもらっている。
 さぁ、開戦だ。
しおりを挟む

処理中です...