53 / 663
3章 宝珠を運ぶ村人たちを護衛せよ
11 甘い考え
しおりを挟むどうにかして、レネの信用を落としてダヴィドから遠ざけたい。
そう思っていた矢先に、事件は起こった。
レネが、神の使いとされている白鳥を知らずに殺してしまった。
本当は神の存在など信じていないが、テレザの悲鳴を聞いた時に、迷わずレネを殴っていた。
殴られたレネは口から血を流していたが、無抵抗だ。
その顔を見た瞬間に、どす黒い感情がムクムクと湧いてきて、胸倉を掴み罵詈雑言が口から溢れ出していた。
それでもレネは黙ってされるがままだ。
(今しかない……もうこれ以上邪魔されないために思い知らせてやらなければ!)
手加減の仕方もわからず顔を殴ったので右の拳を傷めてしまい、もう片方の手で反対側の頬を叩いた。
平手で叩いたせいか、先ほどよりもいい音がした。
レネを消してしまいたいという気持ちと、誰か自分を止めてくれという相反する二つの気持ちが、ヨナターンの中で渦巻く。
内側を食いやっぶって自分の中から化け物が出て来るのではないかと恐ろしくなった。
(——レネをここから遠ざけないと……)
護衛といってもヨナターンでも簡単に手折ってしまえそうな華奢な青年だ。そのうち自分の中の化け物が彼を殺してしまうかもしれない。
ダヴィドの命を守るためなら、自分はきっとなんでもやってしまう。
団員たちとの話し合いをした時にも、レネを護衛から外すようにヨナターンは強く意見したが、彼らはそれを聞き入れなかった。
朝になって、レネの左頬は酷い痣になっていた。
綺麗な顔に傷をつけた罪悪感に苛まれた。
だが口を突いた言葉は正反対のものだった。
『はぁー……お前まだいるのかよ? さっさとメストに帰ったら良かったのに……』
(——早くどこかに行ってくれ、でないとお前は、いつかことの真相に気付くかもしれない……そうなったら……俺は……)
そしてレネを引き離すことができぬまま、石柱の祠が近付いてきた。
ヨナターンは甘い考えだった自分を殴り倒してやりたかった。
手を出さないとの約束だったテレザは肩に担がれ、自分もナイフを突きつけられ脅されながら、盗賊の根城になっている石柱群へと着いた。
まるで壮大な回廊のように続く石と石の間を、中心部へと向かって進んで行く。
辿り着いた中心部は巨大な空洞になっていた。
ヨナターンには、こここそが遺跡の神殿に見えた。
昼間なのに薄っすらと暗い中、あの男が帰りを待っていた。
「なんだ? 土産は宝珠だけじゃなかったのか?」
「あんたの息子がグズグズしちまって手間取るもんだから、巫女さんごと攫って来た」
「ヨナターン、なにしてんだ。お前はもう俺たちの仲間になるしかないってのに、つまんねえことで手こずってたら、この先やっていけないぞ」
「だっ誰があんたたちの仲間になるって言った! 村人は傷付けないって約束だっただろ? 話が違うじゃないかっ……ずっと帰りを待ってたのに、盗賊になんかなりやがって……お前なんか死んでた方がよかったんだっ!」
「なんだと……」
シャーウールの空気がスーッと音を立てて冷えていくのを感じ、ヨナターンはたじろぐ。
盗賊の一人が間に入って、ヨナターンに苦い顔をして話し始めた。
「お前の親父が好き好んで盗賊になったと思ってるのか? 戦争で雇い主が先に死んで金を払う奴がいなくなった……俺たち全員を食わせるためにシャーウールは仕方なく略奪をしたのが始まりなんだよ。村でぬくぬく暮らしていたお前らになにがわかるっ!」
(——なんだとっ!)
今度はヨナターンの瞳が怒りに燃え上がる。
「俺がぬくぬく暮らしてたと思ってるのか? 母さんは馬車馬のように毎日働いて死んだっ。人のものを盗んで暮らしている奴らに文句言われる筋合いはないっ!」
「うるせえな、黙れ。こいつも逃げないように縛っとけ」
シャーウールはヨナターンの腹を蹴ると地面に転がし、手下にそう命じた。
「巫女さんをひん剥いて宝珠を探せ」
テレザを担いでいた男が肩から降ろすと、今度は羽交い絞めにして身体を拘束する。
「んーーーッ……んーーーーッ!!」
猿轡を噛ませられたままの籠った悲鳴が聞こえる。
男たちは色めきだってテレザに襲いかかった。
ヒュン——
暗闇の中から風切り音が聞こえてくる。
「——ぐあっ……」
呻き声と共に、周りの動きが一斉に止まった。
テレザに群がっていた男たちの一人が突然屈みこんで倒れた。
背中になにか刺さっている。
「や、矢だっ! 誰かが矢を放ってきたっ!」
「どこから射ってきてやがるっ……」
「出所を探し出せ!」
シャーウールが盗賊たちに命令する。
盗賊たちの根城の中は一瞬にして騒然とした空気に包まれた。
(もしかして……護衛の誰かが追って来たのか?)
護衛の中に背の低い弓使いが一人いた。
そんなことを考えている内に、いきなり後ろ手に縛られていた縄が解かれ、ヨナターンは後ろを振り向いた。
「——おっ……」
その人物は、驚きの声を出す前にヨナターンの口を押えた。
『静かにしろ』
小声でそう言うと、恐怖のために腰を抜かしているテレザを助け起こして、ヨナターンに預けてくる。
薄暗い中でも、白い顔が発光しているかのように浮かび上がり、美しい容貌がいっそう際立って見えた。
(まさかっ……どうしてこいつがっ……)
テレザの猿轡を取ってやりながら、ヨナターンは混乱していた。
『今のうちに逃げるぞ』
ヨナターンだけに聞こえる声で囁くと、レネは自分の背に庇いながら、安全な壁側を二人に歩かせる。
(他の仲間はどうしたんだ……こんな危険な所に一人でっ……)
狼の群れを、いとも簡単に倒した屈強な男たちの姿はない。
まるで自殺行為のようなレネの無謀な行動に、ヨナターンは戸惑いと罪悪感に襲われた。
(——なんで……お前が俺たちを助けに来たんだ……)
このままでは悪夢の再現になってしまう。
97
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね
ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。
しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。
その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。
「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」
卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。
見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……?
追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様
悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる