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5章 団長の親友と愛人契約せよ
17 お願い
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「話しておきたいことがあるのでレネ君だけちょっと残ってくれないか」
(まだ他に打ち合わせしておきたいことでもあるのだろうか?)
レネは怪訝に思ったが相手はアンドレイの父親であるリンブルク伯だ。
それにハヴェルはロランドが一緒なので心配することはない。
「はい」
了承すると、他のメンバーは伯爵の部屋から次々と退室していく。
「……あの、お話って——」
ヴンッ——空気を切り裂く音と供にナイフが襲ってくる。
レネは咄嗟に身体を逸らしながら後頭部に手をやる。
普通なら間合いを取り一度体勢を整えるのだが、そのまま相手に飛び込み、相手の首筋を狙い髪留めに使っていた簪をピタリとあてた。
「流石、リーパの護衛だ」
急所を取られて、銀髪の男は両手を上げて降参のポーズを取る。
(本気も出してないクセによく言う……)
ラデクの白々しい態度にレネは呆れた。
「——いったいなんのつもりです?」
頭の中では次の攻撃を組み立てながら、鋭い表情を消すことなく、レネはラデクに問いかける。
自分の急所を取られても平気な男の、本当の弱点は——
(——伯爵)
「おい、やめてくれ。仕留めるのは私だけにしといてくれよ」
苦笑いしながらラデクは、殺気を解こうともしないレネの次の行動を言い当てた。
「レネ君、失礼な真似をしてすまない。でも、今のでわかったよ。愛人稼業より、こっちが本業だってね」
(オレを試したのか?)
「アルベルト様、言っておきますが私もそうですよ」
頸動脈に凶器をあてられながらも、冗談を言う余裕のあるラデクに、レネは完全に殺気を削がれた。
スッと簪を首筋から外すと、レネは素早くラデクから飛び退き、間合いを開ける。
「ありがとう。こんなことをしておいてなんだけど、君にお願いがあるんだ」
「——お願い?」
「君には山小屋に一人で行ってもらうことになったが、もしレオポルトに身の危険が迫った時に君に護衛を頼めないだろうか?」
こんな馬鹿げた真似をしている張本人のレオポルトの護衛とは、いったい伯爵はなにを考えているのだ。
「どういうことです?」
思わず訊き返す。
「これは仮定としての話だよ。一緒にいた男からいいように利用されている可能性もあると思ってね。ちゃんとリーパには依頼を出すし、ハヴェルさんにも話は付けるから……」
「それはできません。今はハヴェルの護衛中なので兼任はできないんです。依頼してもそういう決まりなので無理です。——でも目の前で襲われている人間がいたら、オレたち護衛は咄嗟に身体が動くようになっています。ラデクさんもそうでしょう?」
「おっしゃる通りだ」
答えながらラデクは屈託なく笑った。そんな所はデニスと似ている。
「レネ君、君は頼もしいね。君に酷いことをしたバルチークの馬鹿息子を頼むのは忍びないのだけど、君にしかできないことなんだ」
レオポルトの父親とは親友同士といっていたが、親友の息子とはそこまで大切なものなのだろうか?
レネにはいまいちわからないが、それと同じような関係を知っていた。
ハヴェルはバルナバーシュの親友で、養子であるレネにまで可愛がってくれる。
昨日も明け方近くまで寝ずにレネの様子を見守り、優しく抱きしめてくれた。
レオポルトには嫌悪感しか抱かないが、ハヴェルの温もりを思い出すと、アルベルトのその気持ちを無下にすることはできない。
「できる限りやってみます」
「私たちもすぐに加勢できるようにするから、どうにか頑張ってくれ」
◇◇◇◇◇
「やっと君を手に入れることができた……」
熱に浮かされたような目をして、レオポルトはレネに抱き着くと首筋に鼻を埋める。
「ちょっ……!?」
レネは咄嗟に、相手の両肩を掴んで身体を引き離した。
「おいっ、なにしてるんだ? 君はレオポルトのモノになったのにご主人様に抵抗したらいけないだろ」
後ろからサシャに身体を捕らわれる。
「どうしたの? 怖いのかい?」
また迫って来たレオポルトから、襟元にある結び目を解かれ、ストンと床にケープが落ちる。
「あれ? 今日はストイックな服を着てるね。この前の異国風のガウンは最高に似合ってたのに……」
臙脂色のチュニックが露わになると、サシャは面白くなさそうに裾から手を入れる。
「ちょっと、待って!」
「なに言ってんだよ、初めてでもないくせに」
「いや、だから、初めてなんだよ……オレはまだ男に抱かれたことがないんだっ!」
サシャはつまらない嘘をつくなとばかりに、顔を顰めた。
迫ってくる二人の手を躱しながらも、レネの頭は違うことを考えていた。
(レオポルトと二人っきりになって話をしないとっ!)
そのためには、手段を選んでいる暇はない。
「は? 嘘つくなよ。ハヴェルの愛人がなにを言う」
「だから、この前も言っただろ。まだ慣れてないって」
どうせ嘘をつくとボロが出るので、愛人業については本当のことしか言わない。知らないことが多すぎるのだ。
「嘘だろ? 君みたいな綺麗な子が男を知らないって……」
レオポルトは、まるで神の奇蹟にでも遭遇したかのような……信じられない面持ちでレネを見つめる。
まわりの男たちも、びっくりしてザワついていた。
(あと一押しだっ!)
自分を励ましながら、次の言葉を紡ぎだす。
「だから——初めての時はせめて二人っきりがいいんです」
(頑張れ! 自分!)
反吐が出そうなほど不本意なせりふだが、ここで頑張らないとレオポルトとまともに話もできない。
自分の中に恥じらう乙女を降臨させ、なりきることにする。
レネは俯いて、レオポルトから目を逸らした。
こんな演技をする自分が恥ずかしく思わず赤面する。
それが功を奏したのだろうか、頬を染めて恥じらう美青年にレオポルトは大いに興奮した様子を見せた。
「レネ……君はなんて可愛いんだ……」
同じくらいの身長の男に、ギュッと強い力で抱きしめられる。
(——よし、上手くいった……)
なにか硬いモノが臍の下に当たっているが、もうなにも考えないことにした。
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