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9章 ネコと和解せよ
10 隻眼の老人
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◆◆◆◆◆
あれ以来刺客に襲撃されることもなく二人は無事にバスカ・ベスニスへと着いた。
町の中心部は、港から少し離れた街道の通る山の斜面にあり、周りはぶどう畑に囲まれている。
仕事でなかったならば、しばらくのんびり過ごしたくなるようなそんな町だった。
「なんかあっけなかったな」
バルトロメイはそう言うが、レネは素直には頷けない。
「でも十人刺客を雇うって、そうとう金使ってるだろ」
「まあ確かに……相手は二人だから大丈夫だって思ったんだろうな」
昨日の賊たちはそこまでの腕ではなかった。
バルトロメイの剣の腕は、リーパの中でも間違いなく最上位の部類に値する。
レネ自身も、自分に合った剣を手に入れ、今までが嘘みたいに素早く動くことができるようになった。
「リーパ《プロ》相手に本気で殺るなら傭兵《プロ》を雇わないと無理だろ」
殺すことを厭わない相手は厄介だ。
レネも今まで何度も痛い目に遭ってきた。
「早く先代を見つけて、これを渡して仕事を終わらせちまいたいな」
「そうだな。漁師たちに聞いた話が本当なら、この町のどっかにいるはずなんだけどな」
(あの爺さんの行きそうな場所はどこだろうか?)
レネは幼いころ、乗馬を覚えるため夏になるとオレクの牧場へ毎年預けられていた。
剣と乗馬の練習の時は、やはりバルナバーシュの親だけあって鬼のように厳しかったが、それ以外では器の大きな気の優しい男だ。
レネはバルナバーシュの養子だが、オレクに孫のように猫可愛がりされた記憶はない。
しかし一人の人間としてちゃんと自分を見てくれる……そんな関係をオレクとの間に築いていた。
だが一つ、悪癖があるとすれば——
「オレクは酒が大好きなんだ。特にワインとなると目がない」
この辺り一帯はぶどう畑に囲まれている。
「あ~そういえば、ここってワインの産地だよな? しばらく滞在するって……酒飲みに来たってことか」
メストでも有名所の銘柄のワインは手に入るが、地元に足を運ばないと味わうことのできないワインはたくさんある。
オレクはリーパを引退して、牧場の経営を始めそれも軌道に乗ると、暇さえあればダニエラと一緒に旅をして回っている。
実に優雅な老後ではないか。
(——オレも引退したらオレクみたいになりたいな……)
だがここまで遊び暮らすにはそうとう稼がないといけないだろう。
「さて、片っ端から飲み屋を探して回るか……」
もう日も暮れて来た。そろそろ店に客も集まり始める時間だ。
オレクはかしこまった所でワインを堪能するよりも、もっと大衆的な場所でみんなでわーわー騒ぎながら飲むのが大好きだ。
ここはそんなに大きな町ではない。だからきっとどこかにいるはずだ。
白い壁に緑の鎧戸、白と赤のチェックのテーブルクロス。
どこにでもあるような、ある意味安心感のある大衆居酒屋の片隅に、目的の人物はいた。
「いたっ、オレクーーー!」
レネが叫ぶと、黒い眼帯を嵌めた老人がこちらに振り向く。
「おっ!? レネじゃないか、こんなとこでどうした?」
「——また見ない間に綺麗になったな」
向かいの席に座っているダニエラがよけいな一言を付け足す。
この男装の麗人は、いつもレネを玩具のようにからかって遊ぶのだ。
いちいち気にかけていたら相手を喜ばせるだけなので、聞かなかったことにしてオレクとの会話を進める。
「団長からお使いを頼まれたんだよ」
「なんだよそんなことか、それよりなんだよ隣の奴は? まるで若い時の俺を見てるみたいじゃないか」
レネは思わず笑って後ろを振り向く。
後ろでは、オレクの言葉を聞いて「えっ……」と驚きの声を上げたバルトロメイが複雑な顔をしている。
オレクの見事なまでの禿頭を見て、固まっているのだ。
そのオレクに『若い時の俺を見てるみたいじゃないか』と言われたら、心配にもなる。
(この顔を見たかった)
レネは思わずほくそ笑む。
オレクの特徴でもある禿頭をバルトロメイには敢えて知らせていなかった。
バルナバーシュはフサフサなので祖父がこんな頭をしているなんて思ってもいなかったはずだ。
(隔世遺伝の力よ今こそ発動せよ!)
そんな魔法が使えたらどんなに楽しいだろうか、などと考えるレネはけっこう人が悪い。
「ほらお前、自己紹介しなよ」
レネはそう言って、オレクたちの前にバルトロメイを押し出す。
「はじめまして、バルトロメイです。貴方の孫にあたります」
流石のオレクもびっくりしている。
「…………じゃあ……お前が手紙で知らされた、あの!? 俺の若いころにそっくりなはずだ……」
オレクもバルナバーシュに息子が生まれていたことを知っていたようだ。
「たぶん……そうです。色々あって最近リーパに入団しました。あ、でも……別に認知してもらって団長の息子になったわけじゃありませんから」
バルトロメイはやはりレネに気を使ってか、そこをちゃんと説明する。
「そんなことどうでもいいさ。まさかこの年になってお前に逢えるなんて……おーーい! 空のグラスを二つ頼む!」
店員にワイングラスを二つ持って来させると、オレクはそれに赤ワインを注いだ。
「まさか、お前とレネが二人一緒に来るなんてな……俺は夢でも見てるのか? 今日はお祝いだ! 乾杯しよう!」
オレクは豪快に笑うと、上機嫌でグラスを持ち上げた。
あれ以来刺客に襲撃されることもなく二人は無事にバスカ・ベスニスへと着いた。
町の中心部は、港から少し離れた街道の通る山の斜面にあり、周りはぶどう畑に囲まれている。
仕事でなかったならば、しばらくのんびり過ごしたくなるようなそんな町だった。
「なんかあっけなかったな」
バルトロメイはそう言うが、レネは素直には頷けない。
「でも十人刺客を雇うって、そうとう金使ってるだろ」
「まあ確かに……相手は二人だから大丈夫だって思ったんだろうな」
昨日の賊たちはそこまでの腕ではなかった。
バルトロメイの剣の腕は、リーパの中でも間違いなく最上位の部類に値する。
レネ自身も、自分に合った剣を手に入れ、今までが嘘みたいに素早く動くことができるようになった。
「リーパ《プロ》相手に本気で殺るなら傭兵《プロ》を雇わないと無理だろ」
殺すことを厭わない相手は厄介だ。
レネも今まで何度も痛い目に遭ってきた。
「早く先代を見つけて、これを渡して仕事を終わらせちまいたいな」
「そうだな。漁師たちに聞いた話が本当なら、この町のどっかにいるはずなんだけどな」
(あの爺さんの行きそうな場所はどこだろうか?)
レネは幼いころ、乗馬を覚えるため夏になるとオレクの牧場へ毎年預けられていた。
剣と乗馬の練習の時は、やはりバルナバーシュの親だけあって鬼のように厳しかったが、それ以外では器の大きな気の優しい男だ。
レネはバルナバーシュの養子だが、オレクに孫のように猫可愛がりされた記憶はない。
しかし一人の人間としてちゃんと自分を見てくれる……そんな関係をオレクとの間に築いていた。
だが一つ、悪癖があるとすれば——
「オレクは酒が大好きなんだ。特にワインとなると目がない」
この辺り一帯はぶどう畑に囲まれている。
「あ~そういえば、ここってワインの産地だよな? しばらく滞在するって……酒飲みに来たってことか」
メストでも有名所の銘柄のワインは手に入るが、地元に足を運ばないと味わうことのできないワインはたくさんある。
オレクはリーパを引退して、牧場の経営を始めそれも軌道に乗ると、暇さえあればダニエラと一緒に旅をして回っている。
実に優雅な老後ではないか。
(——オレも引退したらオレクみたいになりたいな……)
だがここまで遊び暮らすにはそうとう稼がないといけないだろう。
「さて、片っ端から飲み屋を探して回るか……」
もう日も暮れて来た。そろそろ店に客も集まり始める時間だ。
オレクはかしこまった所でワインを堪能するよりも、もっと大衆的な場所でみんなでわーわー騒ぎながら飲むのが大好きだ。
ここはそんなに大きな町ではない。だからきっとどこかにいるはずだ。
白い壁に緑の鎧戸、白と赤のチェックのテーブルクロス。
どこにでもあるような、ある意味安心感のある大衆居酒屋の片隅に、目的の人物はいた。
「いたっ、オレクーーー!」
レネが叫ぶと、黒い眼帯を嵌めた老人がこちらに振り向く。
「おっ!? レネじゃないか、こんなとこでどうした?」
「——また見ない間に綺麗になったな」
向かいの席に座っているダニエラがよけいな一言を付け足す。
この男装の麗人は、いつもレネを玩具のようにからかって遊ぶのだ。
いちいち気にかけていたら相手を喜ばせるだけなので、聞かなかったことにしてオレクとの会話を進める。
「団長からお使いを頼まれたんだよ」
「なんだよそんなことか、それよりなんだよ隣の奴は? まるで若い時の俺を見てるみたいじゃないか」
レネは思わず笑って後ろを振り向く。
後ろでは、オレクの言葉を聞いて「えっ……」と驚きの声を上げたバルトロメイが複雑な顔をしている。
オレクの見事なまでの禿頭を見て、固まっているのだ。
そのオレクに『若い時の俺を見てるみたいじゃないか』と言われたら、心配にもなる。
(この顔を見たかった)
レネは思わずほくそ笑む。
オレクの特徴でもある禿頭をバルトロメイには敢えて知らせていなかった。
バルナバーシュはフサフサなので祖父がこんな頭をしているなんて思ってもいなかったはずだ。
(隔世遺伝の力よ今こそ発動せよ!)
そんな魔法が使えたらどんなに楽しいだろうか、などと考えるレネはけっこう人が悪い。
「ほらお前、自己紹介しなよ」
レネはそう言って、オレクたちの前にバルトロメイを押し出す。
「はじめまして、バルトロメイです。貴方の孫にあたります」
流石のオレクもびっくりしている。
「…………じゃあ……お前が手紙で知らされた、あの!? 俺の若いころにそっくりなはずだ……」
オレクもバルナバーシュに息子が生まれていたことを知っていたようだ。
「たぶん……そうです。色々あって最近リーパに入団しました。あ、でも……別に認知してもらって団長の息子になったわけじゃありませんから」
バルトロメイはやはりレネに気を使ってか、そこをちゃんと説明する。
「そんなことどうでもいいさ。まさかこの年になってお前に逢えるなんて……おーーい! 空のグラスを二つ頼む!」
店員にワイングラスを二つ持って来させると、オレクはそれに赤ワインを注いだ。
「まさか、お前とレネが二人一緒に来るなんてな……俺は夢でも見てるのか? 今日はお祝いだ! 乾杯しよう!」
オレクは豪快に笑うと、上機嫌でグラスを持ち上げた。
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