菩提樹の猫

無一物

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11章 金鉱山で行方不明者を捜索せよ

6 お説教

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◆◆◆◆◆


「レネ、もう少し冷静に行動しなさい」

 ヒルに吸い付かれ、流血の止まらない噛み跡をボリスに治療されながら、こんこんとお説教を受ける。
 部外者からは緊急事態以外は、ボリスが癒し手であることは知られたくないので、少し離れた木陰で治療を受けていた。

「ごめん……でも……あれで冷静になるのは無理……」

 まだおぞましさに身体の震えが止まらないくらいだ。
 怒ったボリスも怖いが、それよりも先ほどのヒルに吸い付かれている時の方が恐怖だった。
 
「お前は周りがぜんぜん見えてないだろう? まだ今回は団員だけだったからよかったが、採掘現場でこんなことしてたら、タダじゃ済まないぞ」

「ボリスまでそんなこと言うのか? どうしてオレだけ裸になっちゃ駄目なんだよ?」

 この前風呂場でカレルにも同じようなことを言われた。

 なんで自分だけ女みたいに振る舞わなければいけないのだろうか?
 レネは納得いかない。
 本来の自分の場所からまったく形の合わない別の場所に追いやられたようで、凄く気持ちが悪いのだ。男らしいボリスには、きっとこの気持ちはわからない。

「納得してない顔だな。でもさっきのは駄目だ。あまりにも無防備すぎる。お前は護衛だろ? あの状態で敵が襲ってきたらどうする? 皆お前に注目して、あの状態で戦えたのはゼラだけだったぞ」

 確かにそれを言われたら反論できない。

「……ごめん……」

 レネは素直に謝る。

「この前もドプラヴセから遊ばれただろ。お前はスキがありすぎる。いつもあいつが横に居ると思って行動したらマシになるんじゃないか?」

 いつの間にかゼラが来ていた。
 ゼラと二人で請けた前の仕事の依頼主を思い出し、レネは押し黙る。

(——確かにあいつの前では裸になると駄目かもしれない)

 ゼラの言葉はいつもレネの中にスッと入り込んでくる。

「わかった。気を付ける」

 レネは服を身に着けながら、ゼラの群青色の瞳を見つめ冷静さを取り戻していった。


 こうして一同は、ヒル騒動が落ち着くと、鬱蒼と緑の茂る熊の森へと進んでいった。

「なんだよ、昼飯が少なかったから、今夜は熊でも狩って夕飯にしてやろうと思ってたのに、全然出てこねえじゃねえか……」

「猫の悲鳴にびびってどっか逃げたんじゃねぇか?」

「もう、言うなよ……」

「今回、お前の伝説がどんどん増えていくな」

 ベドジフがニヤニヤ笑っている。

「それだけ聞くと伝説の勇者みたいで格好いいじゃねえか」

 ヤンがゲラゲラ笑う。

「も……嫌だ……」

 童貞喪失事件と同じように団員たちの間で笑い話として語られるだろう。
 自業自得とは言え、悲しい……。

「レネの弱点がわかったしな。俺今回一緒に来てよかったわ」

 ヴィートがホクホクとした顔でレネを見ている。

(こいつにだけは言われたくない……)

「お前……後で覚えてろよ……」

 今回、他の団員たちと結託して、やけに生意気な発言をしてくるようになった。もう一度躾をし直した方がいいのかもしれない。
 この場でシメてやろうかとも思ったが、先ほどのゼラの言葉が頭を掠めて、レネは腰のナイフに手を掛けるのをグッと我慢した。

「気にすんなよ。どうせみんなすぐ忘れるって」

 レネがボリスから説教を受けていた間にしばらく姿を消し、妙にスッキリした顔をしたバルトロメイが、レネの肩を抱いて慰める。

「ほらそこ、ベタベタしない。俺は気付いてるんだからな、お前が消えてたの」

 カレルがキッとバルトロメイを睨みつけると、バルトロメイはサッと肩の手を外して、押し黙る。

(なんだ?)

「そういやヴィートも消えてたな。二人ともお花摘みにでも行ってたのか?」

 カレルが指摘すると、ヴィートは顔を真っ赤にして俯いていた。

「なに恥ずかしがってんだよ……」

 用を足しに行ったのがバレて、なにをそんなに赤面しているのだ。

「まるで踏み絵だな……」

 ゼラがぼそりと呟くが、レネにはなんのことだかさっぱりわからない。

「おい、……熱でもあるのか?」

 カレルは恐ろしいものでも見るように、言葉を発したゼラを見つめる。

「いや、オレもこの前一緒に仕事して気付いたんだけどさ、ゼラって意外と普通に喋るよ」

 レネはゼラの方を見ながら、カレルに教えてやる。

「そうかよ? 俺とはまともに会話もしたことないだろ」

「…………」

 相変わらずゼラはカレルに対してだんまりを決め込んでいるようだ。

「ほら、な?」

 だからといって気を悪くした風でもなく、カレルはレネを見る。
 むしろ、喋るより黙っていた方が安心するのかもしれない。


「あれ? なんか建物が見えてきたぞ」

 森が開けて来ると、その先には高い塀に囲まれた、木造の長い平屋が幾つも建ち並んでいるのが見えてきた。
 暗い焦げ茶の壁は、物々しい雰囲気を作り出していてまるで囚人の収容施設のようだった。

「収容所みたいに見えるが、あれが労働者の宿舎か」

「どこかに旦那様が……」

 ハミルが深刻な顔をして呟く。


(——これからが本番だ……)

 レネも表情を引き締めて、囚人施設のような建物を見つめた。


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