セイギの魔法使い

喜多朱里

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エクレールの休暇(後編)

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「きゃっ……!」

 エクレールは秘部に触れた瞬間、思わず腰を引いていた。謎の手に触れられた時と同じ刺激を自分の手が起こしたことに驚いてしまった。

「私の身体がやっぱり、変になってしまったのかしら」

 ズボンとショーツを膝まで下ろして、まじまじと自分の女性器を見詰めた。これまで真剣に観察したことはないが、今までどこかが大きく変わったようには見えない。
 ぷっくりと膨らんだ大陰唇に陰毛はない。ほとんど刺激を与えないで丁寧にケアしてきたため、黒ずんでおらず綺麗な赤みがかった肌色をしていた。

 下腹部を這わせて恐る恐る右手を再び秘部に伸ばしていく。恥丘に生えた薄い陰毛が手首をくすぐる。
 エクレールは自らの細い指で秘部の周りを捏ねくり回した。

「ん、んん、んっ……」

 謎の手が通った軌跡を辿るように、陰裂の近くは避けて大陰唇と足の付根をゆっくりと手の平で押すように刺激していく。
 じんわりと内側に快感が広がった。これなら怖くないし痛くもない。
 レクレールはほとんど自慰の経験がなかった。元々性欲が薄いのも大きいが、何よりも性的欲求を満たす行為自体に虚しさを覚えるからだ。快楽よりも悲しみが強く湧き上がるせいでもあった。

「……あの時は、どうして虚しくなかったんだろう?」

 自分の心変わりの理由を知りたくて、エクレールは昨日の謎の手に触れられた順番や愛撫の仕方をなぞっていた。
 エクレールは中指を立てた右手を陰裂にあてがった。

「んくぅ……」

 大陰唇に隠れていた小陰唇を分け入り膣口を探り当てた。
 大きく深呼吸。それから謎の手は一気に奥まで指を突き入れた。それをこれから再現する。
 モノを求めて小陰唇が花開くように左右に広がった。

「――ッッ!!!!」

 意を決して中指を挿入した。
 姿勢と指の長さの問題で、あの指と同じように奥まで届かなかったが、快感が背筋を駆け上っていき頭が真っ白になる。
 腟内は狭くエクレールの指でも余り余裕はなかった。指の太さを再現しようと人差し指も入れようとしたが、恐怖が勝ってしまい入れることはできなかった。

「入ってるっ、私の腟内ナカにっ……」

 妹と暮らす部屋で何をやっているのだろうか。冷静な思考が半裸になって自慰に耽る自分を客観視してしまった。
 エクレールは19歳。シフォンも16歳になる。二人共に立派な大人だ。どちらかが結婚すれば別々に暮らすことになるだろう。ただ人当たりの良い妹は分からないが、エクレール自身はそんな日は訪れないと思っている。
 彼女の淡い初恋は気付いた時には叶わないものになっていた。
 自覚した時には、相手は死んでいたからだ。

「ん、ん、んっ……ああ、あっ」

 エクレールは悲しみを振り切るために快楽に身を委ねる。中指をうねるように動かした。
 最近またあの人――この都市を守るために命を懸けた幼馴染のことをよく思い出すようになった原因は分かっていた。
 アルベルトだ。不真面目で軽薄な男。あの人とはまるで似ていない、エクレールが最も嫌うタイプの異性だ。
 しかし、あの日、上級パーティが捕獲した魔物が暴れ出した時、エクレールを庇ったアルベルトの背中は、かつて見た初恋の人と同じ背中だった。誰かのために命を懸ける“正義”だけがあった。
 ふと下腹部が熱を帯びていた。中指による快楽とは別のもっと心の温まる不思議な熱だ。

「ああっ……」

 エクレールは頬を真っ赤に染める。
 気付いてしまった。ぼやけつつあるあの人ではなく、アルベルトの顔を思い浮かべて指を入れていた。

「どうして? どうしてアルベルトさんを?」

 確かに命を救われた。誰にもあの人と同じ末路を辿ってもらいたくなくって、何かと気に掛けていた。でもそれは恋愛感情ではなくて、自分の後悔を押し付ける行為でしかなかった筈だ。

『エクレールさん、依頼達成の報告に来ました』

 アルベルトの笑顔が浮かび上がる。報告内容を事細かく注意されるのを予想して引きつっていた。
 ふと、他の受付窓口を確認すれば空いているところがあった。
 どうして彼はエクレールのところに来たのだろう?
 どうして彼は嫌がりながらも、面倒臭がりながらも、ずっとエクレールを受付嬢に選んでくれたのだろう?

 腟内が精液を受け入れるために膨らんでいく。
 女の部分がアルベルトを求めていた。
 だめだ。そんなこと考えちゃだめだ。だめなのに、指を動かてしまう。

「あ、あんっ、だめっ、私……おかしくなっちゃうっ……こんな、こと、だめなのにぃっ」

 中指を前後に動かして出し入れする。
 ジュポジュポと淫らな水音が響く。

「ああ、ああぅ……」

 自分で触れるのではなくて、他の誰かにされているような感覚が欲しくて、ダイニングのテーブルの角に立った。
 最後の理性が下ろしていた下着とズボンを着直した。妹や来客も使う家具を自分の愛液で汚すなんて気持ち悪いだろう。
 爪先立ちになって下腹部をテーブルの角に押し付ける。

「ごめんエクレお姉ちゃん、忘れ物しちゃった!」

 勢い良く玄関の扉が開かれた。
 シフォンが額の汗を拭いながら部屋に入ってくる。

「なにしてるのお姉ちゃん……?」

 エクレールはテーブルに掛けていた手を下ろして額の汗を拭った。

「……部屋の模様替えでもしようかなって」
「もう大人しく寝るの!」

 シフォンに引っ張られて、エクレールはベッドに押し込まれる。歩く時に少し内股になっていたが、どうやらそちらの異変には気付かれなかったようだ。

「はい、お昼になったら料理作りに来るなら、それまで大人しく寝ていること」
「うん、分かった。大人しくしてる」
「よろしい!」

 エクレールはシフォンが出ていって、ようやく安堵の息をついた。
 暴走していた心も落ち着いた。
 謎の現象に襲われたせいで少し変になっただけだ。
 そう、自分に言い聞かせて、エクレールは妹の忠告に従い瞼を閉じた。
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