セイギの魔法使い

喜多朱里

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幕間:ロマンを求めて

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 窓の向こう、まだ薄暗い朝空に白煙が昇っていく。
 馴染みの鍛冶屋『火精霊の竈』の方角だ。どうやら既に営業しているようだ。無愛想なドワーフが無心にハンマーを振るう姿が目に浮かぶ。

「二度寝するつもりだったけど、もう出発するか」

 アルベルトはベッドから立ち上がり、いつものローブを身に纏う。
 生まれ変わっても服に興味を持てないのは変わらなかった。
 貴族時代は使用人任せにしていたのでファッションセンスは磨かれず、冒険者になった後は、どこに行くにしても身の安全を重視する必要があったので必然的に冒険者としての仕事着ローブばかり着ることになった。

 ギルドマスターの護衛依頼の出発までは余裕があるので、荷物はそのまま残して部屋を出る。
 冒険者通りを抜けて路地裏を奥へと進んでいく。入り組んだ細道を抜けた先に開けた広場があり、幾つか古くからある店舗が並んでいる。『火精霊の竈』もその内の一つだ。

 アルベルトの鍛え抜いた魔素感知では、この広場の周囲では不可思議なほど魔素に満ちているのが分かる。魔力の干渉を受けていない状態の魔素は指向性を持たず、その場に留まったり集まることはない筈だ。
 最初に『火精霊の竈』を見付ける切っ掛けになったのは、この不自然な魔素の流れのお陰だった。

 工房の扉を開くと熱気が顔を吹き付けた。
 肌寒い外に比べて、鍛冶屋の中は竈の熱で籠もっていた。

「お前か……」

 亭主のナールはアルベルトに気付くと、一瞥くれるだけで作業に戻った。無愛想なのはドワーフという種族の特徴なのか、それともナールの個性なのか他にドワーフの知り合いが居ないので分からないままだ。

「作業が一区切りつくまで待ちますよ」
「ああ」

 常連客に向ける態度とは思えないが、これがこの店の普通だ。接客態度で店を変えられても彼は気にしない。寧ろ気が乗らなければ仕事を断るぐらいだ。

(金のために働いてるんじゃねぇとか俺も言ってみたいな)

 アルベルトは流石に熱いのでローブを脱いで、ナールの作業を静かに眺めていた。
 ナールがハンマーを手に取り鉄を打つ。魔素感知を強めれば、竈の火から小さな人型の何かが現れるのが見えた。店名に偽りなく本物の火精霊だ。魔法学的には『意思を持った魔素の塊』と認識されている。

「……あの女は一緒じゃないのか」
「えっ?」

 珍しく作業中に声を掛けてきたので驚いて聞き逃してしまう。

「あの女だ。短剣と弓の整備を依頼してきた奴だ」
「シトロンのことですね。伝言なら預かりましょうか?」
「いや、いい」

 ハンマー振り下ろす手がまた動き出す。
 もう声を掛けても無駄だろう。一体どんな用事があったのだろうか。考えてみても思い浮かばなかった。この店はシトロンにも紹介しているので、他に何かナールに依頼したものがあるのかもしれない。
 性棒エロスカリバーの元になった無骨な木の棒も、ナールに依頼して作ってもらったものだ。形や魔法加工を考えると他の職人に任せられなかった。ナールならば金属だけでなく、自然素材も魔法加工もなんでも熟せるので頼みやすい。

「頼まれたものを持ってくる」

 ナールは汗を拭って立ち上がった。店の奥にある作業台からアルベルトの防具一式を抱えて戻ってきた。

「相変わらず綺麗に使われてる。他の馬鹿どもにも見習わせてやれ」
「俺は後衛職なので無傷なのが当たり前ですから」
「的外れな擁護だと分かって言っているな。使い方の問題だ」
「あはは……厳しく言っておきます」

 面倒を見た後輩冒険者で、気に入った相手にはこの店を教えている。ナールもアルベルトの紹介なら信用して最初は相手をしてくれる。もし二回目以降は断られても自己責任だと割り切って説得の手助けはしていない。

「いつもどおり素晴らしい出来栄えですね」
「当たり前だ」

 アルベルトはその場で受け取った防具を身に着けていく。膝当てや胸当て、手甲など動きを阻害せず急所を守れる装備ばかりだ。ソロパーティなので敵に囲まれたらまず死を覚悟するしかない。大怪我を負っても同様だ。
 そのため回避重視で立ち回っている。いざとなれば性技魔法を使うが、結局は性欲が高められる状況で解消する相手が居なければ自滅になるので、基本的には逃げの一手を打つ。

「お邪魔しまーす! っとアルベルトさん? おはようございます!」

 元気な挨拶で店に入ってきたのはガレットだった。
 初心等級冒険者パーティ『サンライト』のリーダーで、引率依頼を引き受けたので知っている顔だ。

「シトロンにでも教えてもらったか?」
「ええ、お陰で新装備が形になりそうです!」
「それはよかった」

 ガレットとナールが話し合う後ろ姿を眺めながら、珍しいこともあるものだと思った。アルベルトの直接の紹介ならともかくシトロンを介したもので受け入れるなんて、よっぽど気に入られているらしい。
 最近の生意気な態度が控え目になったシトロンのことを考えると、確かにオッサン受けしそうな奴だなと思い返す。自分も前世の年齢を合わせるとすっかりオッサンだったなと気付いて凹んだ。

「もうできたんですか、流石っすね!」
「興味深かったからな。使い熟せないようであれば二度と仕事は引き受けんぞ」
「任せてください!」

 ナールがガレットに頼まれたらしい装備は、一見するとよくある盾だった。
 近くで見ると工夫された点が分かるだろうか、と側に寄るとすぐに違いが分かった。

「小さい?」
「そうだ。こいつに頼まれた特注のバックラーだ」
「それも二つ。いや、これって右と左で形状が違いますね」
「ああ、そこまで癖がつくような違いにはしてねぇが、折角なら腕に合わせたものにしたくてな」

 ガレットはバックラーを両腕にはめ込む、盾というより手甲に近い使い方を想定しているのかもしれない。

(盾二刀流だと……!?)

 ロマンに溢れた装備構成だ。それでナールも乗り乗りで作ったのかもしれない。
 バックラーをよく観察すると、側面は鋭く加工されており刃になっていた。

「なるほど、防御主体で攻撃もできるが致命傷というよりは傷を重ねて相手の動きを阻害するのが目的にしているんだな」
「アルベルトさんも流石ですね、見ただけですぐに気付くなんて」

 ガレットは右腕を前に盾を掲げる。左腕も低く上げており、正面からは二つの盾の圧迫感があった。
 以前に引率依頼で見た戦闘スタイルからすると、意外と合っているのかもしれないと考え直す。対人戦は未知数だが知能の低い魔物相手ならば有効な場面があると判断したのだろう。

「……アルベルト、お前の品もできているが持っていくか」
「本当ですか! ええ、見せてください」

 性棒エロスカリバーで概念付与の着想が有効だと分かって、すぐにナールに第二弾を依頼していた。
 ナールが持ってきたのはベルトと一つの箱だった。

「これで腰に装着できる」

 アルベルトは言われたとおりベルトを巻き付けて、腰の側面に来るようにベルトの接合部に箱をはめ込んだ。

「なんですかそれ?」
「ロープ射出装置だ。魔力を込めて側面のボタンを押せば中に仕込んだロープを高速で射出できる。箱に収まらない長さでも側面の穴から通せば良い」
「よくわからないっすけど、格好良いですね!」

 アルベルトは外に出て、試しに広場の噴水に向けてロープを放つ。先端に付けた鉤が石の隙間に引っ掛かった。ぐいぐいと力強く引っ張っても射出装置から外れることはなかった。

「この飛距離なら勢い付けて投げても……いや、ロマンっすね!」
「そういうことだ」

 話の分かる後輩冒険者で嬉しい限り。
 今度は切り離せるように短いロープを連続で放ってみると勢い良く外壁に当たった。調整次第で数十メートルは飛ばせる。

「想定した使い方はできたか」
「完璧です」
「ふんっ、お前の説明が間違ってなければ当たり前だ」

 冒険道具として役立つ可能性はもちろんあるが、本来の用途はアルベルトだけが知る装置の正式名称にあった。
 アルベルトはこのロープ射出装置を『テンタクル・ショット』と名付けた。つまりはロープに概念付与を行い触手を射出する恐るべき性技魔法用兵器だ。

 これまでも何度も窮地を救ってくれた触手召喚だが、やはり消費魔力も要求性欲も大きいので負担を減らすために既存の物体に概念付与する方法を考え出したのだ。
 まだ出発まで時間もあったので、その後はガレットの盾二刀流の模擬戦に付き合い、朝食を取りながら反省点などを話し合った。

「今日の依頼もよろしくお願いしますね」

 すっかりできた後輩になったガレットに頷き返す。
 ロマンが分かる者に悪い奴は居ない。それは異世界でもきっと通用する普遍的事実だ。
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