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撮影
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撮影はシーズン中の自分に配慮してなのか、自宅近くの写真スタジオを借り上げて行われた。
用意された衣装は2着のバスローブとリラックスウェアが1着。どれもパイル生地で出来ている。ブランドの担当者の説明では全て特殊加工されたオーガニックコットンで、肌触りと吸収性がダントツに良い品なのだそうだ。
初めに指定されたのは膝下までの長さのバスローブで、確かに着心地は悪くない。フワッとした触り心地よりもその軽さに驚いた。
「少しはだけさせますね。」
と男のスタイリストは容赦なく腰紐をギリギリまで下げて結び、合わせの部分を大きく開いた。
喉元から臍上まで肌蹴られたため、胸筋の下部分と腹筋の縦のラインが惜しげもなく晒される。
「…こんなに?」
上半身を脱ぐという事は事前に聞いてはいたし、キッチリと重ね合わせて着る嗜好もないけれど、大胆な着こなし方に流石の自分もたじろいだ。
プロ野球選手として恥ずかしくはない程度には鍛え上げたと自負している筋肉ではあるけれど、それをこのような形で、しかも写真を撮り雑誌に掲載される事に躊躇いや恥じらいがないわけではない。
「NGですか?」
スタイリストの男性が上目遣いで確認してくる。
ダメだといえば直してくれるのだろうか…。
でもそれは「プロ野球選手野上稜」に忖度しただけのことであって、そもそもの商品をよく見せるというそもそもの目的からは離れるのだろう。
いや、違うかも。野上陵を起用した価値はもしかしたらこの筋肉の鎧なのかもしれない。
「いいえ、少し驚いただけです。」
と無理矢理に微笑んで見せると、スタイリストはホッとしたように、
「すみません、助かります。」
と囁いた。
嫌だと言い切れない曖昧さに、流されやすい優柔不断さに嫌気が差す。
風呂上がりを演出するために、少し髪を濡らし、かんたんにメイクを施し、造られた風呂上がり風の姿になり、衝立の外へと導かれた。
既に相手役となる女性モデルの撮影が始まっていた。
中央で、自分と同じバスローブ姿で立っているセボンの専属モデルのユキだ。
スタジオに造られたリビングを模したセットの、カウチに横向きに座り足を座面に伸ばして乗せ、はだけた合わせから伸びる白い足に何やら擦り込んでいた。
普段はかなり作り込んだメイクをしているユキだけれど、風呂上がりをコンセプトにしたために、ユキのメイクは最小限の、すっぴん風になっていた。
…ああ、こんな顔してたなぁ。
稜の思考は忘れかけたあの夏の日に引き戻される、薄らぼんやりとしていた真夏のあの子の顔が瞼の裏に鮮やかに蘇った。
「じゃあ、野上さん。カウチの後ろに立っていただけますか?」
ディレクターに促されて、歩きだす。
ユキが立ち上がって挨拶をしてきた。
「はじめまして、ユキです。」
チクリと胸に刺さっていたトゲがグイグイと押し込まれたような気分に成る。
はじめまして…か。まあわかってはいたけれど。あの頃の俺はただの学生だった。
「野上稜です。今日はよろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします、野上さん。」
そういって微笑んだユキは、雑誌の中で見ていたユキよりも幼くてあどけなかった。
用意された衣装は2着のバスローブとリラックスウェアが1着。どれもパイル生地で出来ている。ブランドの担当者の説明では全て特殊加工されたオーガニックコットンで、肌触りと吸収性がダントツに良い品なのだそうだ。
初めに指定されたのは膝下までの長さのバスローブで、確かに着心地は悪くない。フワッとした触り心地よりもその軽さに驚いた。
「少しはだけさせますね。」
と男のスタイリストは容赦なく腰紐をギリギリまで下げて結び、合わせの部分を大きく開いた。
喉元から臍上まで肌蹴られたため、胸筋の下部分と腹筋の縦のラインが惜しげもなく晒される。
「…こんなに?」
上半身を脱ぐという事は事前に聞いてはいたし、キッチリと重ね合わせて着る嗜好もないけれど、大胆な着こなし方に流石の自分もたじろいだ。
プロ野球選手として恥ずかしくはない程度には鍛え上げたと自負している筋肉ではあるけれど、それをこのような形で、しかも写真を撮り雑誌に掲載される事に躊躇いや恥じらいがないわけではない。
「NGですか?」
スタイリストの男性が上目遣いで確認してくる。
ダメだといえば直してくれるのだろうか…。
でもそれは「プロ野球選手野上稜」に忖度しただけのことであって、そもそもの商品をよく見せるというそもそもの目的からは離れるのだろう。
いや、違うかも。野上陵を起用した価値はもしかしたらこの筋肉の鎧なのかもしれない。
「いいえ、少し驚いただけです。」
と無理矢理に微笑んで見せると、スタイリストはホッとしたように、
「すみません、助かります。」
と囁いた。
嫌だと言い切れない曖昧さに、流されやすい優柔不断さに嫌気が差す。
風呂上がりを演出するために、少し髪を濡らし、かんたんにメイクを施し、造られた風呂上がり風の姿になり、衝立の外へと導かれた。
既に相手役となる女性モデルの撮影が始まっていた。
中央で、自分と同じバスローブ姿で立っているセボンの専属モデルのユキだ。
スタジオに造られたリビングを模したセットの、カウチに横向きに座り足を座面に伸ばして乗せ、はだけた合わせから伸びる白い足に何やら擦り込んでいた。
普段はかなり作り込んだメイクをしているユキだけれど、風呂上がりをコンセプトにしたために、ユキのメイクは最小限の、すっぴん風になっていた。
…ああ、こんな顔してたなぁ。
稜の思考は忘れかけたあの夏の日に引き戻される、薄らぼんやりとしていた真夏のあの子の顔が瞼の裏に鮮やかに蘇った。
「じゃあ、野上さん。カウチの後ろに立っていただけますか?」
ディレクターに促されて、歩きだす。
ユキが立ち上がって挨拶をしてきた。
「はじめまして、ユキです。」
チクリと胸に刺さっていたトゲがグイグイと押し込まれたような気分に成る。
はじめまして…か。まあわかってはいたけれど。あの頃の俺はただの学生だった。
「野上稜です。今日はよろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします、野上さん。」
そういって微笑んだユキは、雑誌の中で見ていたユキよりも幼くてあどけなかった。
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