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第11話 皆既日食

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 我が家から、死の匂いは、綺麗さっぱり取り除かれていた。
 
 母が区役所に連絡して、大量の猫の死骸とカラスの死骸を引き取ってもらったのだ。
 消毒も施してもらったので、これで安心、安心。
 
 パートが休みの母に今日の出来事を語って、物騒だねー、狂ってるねー、なんて気の緩んだ感想もらい、自分の部屋にこもってゲームをしていると、学校から連絡があった。
 
 ━━『3-B』の者は、来週まで授業は休み。その他は明日以降、通常通り授業を行う。なお、欠席者は欠席扱いにはならない。
 
 自宅で療養するか、何事もなかったかのように登校するか、どちらか各自で選んでよい、ということらしい。
 
 ━━心理カウンセラーをお招きして『心の講義』を開講するので、受講するように。
 
 なんだそれ。そんなことで、十代の繊細な心に刻まれた傷が癒えるとでも、本気で思っているのか。
 その場しのぎにすらならない。
 
 教師たちは、これで仕事をした気になっているのだから、大人の社会って案外、テキトーに回っているものなのかもしれない。
 
 すると、部屋の窓から差し込む陽光が、急に落ちこんできた。外からこぼれた薄闇が、サーと部屋の床を撫でてゆく。
 
 俺の心模様が天気に反映されたのだろうか。
 
 俺は窓から顔を出して、外の様子をうかがう。
 
 まるで大きな青の紙に空けられた穴に蓋をするみたいに、空から太陽がすっかり消えてしまている。
 あるのは、弧の形をした、小さなきらめきだけ。
 それは、消されてたまるか、と太陽が最後に見せる意地のような、美しくて儚い輝きに見えた。
 
 街は、黒いマントをかぶされたみたいに、暗闇に包まれていた。
 
 ……始まったのだ。皆既日食が。
 
 陽介の体は、自分でも気づかないくらい小さく、震えていた。
 普段、当然のようにあるものが、突然消えてなくなってしまうことへの恐怖。
 生活の基盤となっていた地面が一挙に崩れ落ちる、絶望感。
 あるいは、闇への本能的な畏れか。
 
 ついに世界から明かりが消えた。
 いまや昼間の空には、我々を照らしてくれるものはいなくなった。
 夜でもない。かといって、昼でもない。ここは、矛盾が作り出した、不思議の世界。
 
 部屋の天井にぶら下がった、埃だらけの照明器具が、陽介の視界を担保する、唯一の光だった。
 
 すると、次の瞬間。
 
 ドカンガッシャウンン!!
 
 地割れのような、物凄い轟音が、家の二階から聞こえてきた。
 
 ドカドカドカドカアァァ!!!
 
 大小さまざまな物が激しく落下する音が、天井を突き破ってこちらにまで届く。
 その様子は、屋根に打ち付ける豪雨そのもの。
 
 なにごとだ? 陽介は、おぼつかない足取りで、暗くて視界の悪い階段を駆け上った。
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