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第12話 時空の裂け目

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 二階へのぼると、最奥の部屋の扉の隙間から、場違いなほど眩い光が漏れているのが見えた。
 扉から漏れる光は、紫、赤、緑、黄、赤……と瞬く間に色を変えて、俺の思考を乱しかき回す。
 
 周囲の闇とあいなり、その光は、あまりに神秘的な魅力を放っていた。
 
 一階にいたママは、皆既日食を見るために、家の近くの見晴らしのいい公園へ出かけてしまっている。
 正真正銘、家にいるのは、俺一人のはずなのだ。
 
 どうしてあの部屋に、光が灯っているのだ。
 
 まさか、兄貴の幽霊が、自分の部屋で一人、エレクトリカルパレードをしているってのか?
 
 皆既日食どころではない。自分の目で確かめずにはいられなかった。
 
 俺は、ゆっくりと兄の部屋へ近づくと、ドアノブに手を触れた。
 
 ビリッと電撃に打たれるような感覚が、這い上がるようにして、腕から全身にかけて走る。
 
 俺は突然のことに驚き、とっさに飛び退いた。
 
 なんだ、今のは。
 静電気とは違う、なにか得体の知れない巨大なエネルギーが、俺の体内を蹂躙するかのような。
 
 俺は、瞬時に色を変える不思議な光にふちどられた扉を、じっと眺めた。
 
 この扉の向こう側で、なにかとんでもない事が起こっている。
 それは、直感というよりむしろ、確信に近い想像であった。
 
 こんどこそ、と心に決め、陽介は扉を開いた。

 開けた瞬間、台風のような突風が吹き込んできた。
 そのあまりの勢いに、陽介の体は容易に押し返されてしまう。
 
 それでもめげずに、ドアノブにしがみついてなんとか耐えて見せると、ようやく風がおさまった。
 
 兄の部屋を覗く。
 外は真っ暗だというのに、兄の部屋は、過剰なまでの光で溢れていた。
 
 どこを見ても、光、光、光。まるで、部屋の中に太陽を置いたみたいだ。
 
 異常なまでの明るさに、徐々に目が慣れてくる。
 
 洗濯機でかき回したみたいに、大量の物が散乱している。
 突風で滅茶苦茶にされてしまったらしい。
 
 次第に、部屋に満ちた光の濃度の差がわかるようになってきた。
 つまり、常識はずれの光を発しているなにかが、この部屋の中にあるということ。
 
 俺は、目を潰されないよう慎重に、手探りで光源を探った。
 
 部屋の中央、ちょうど中空付近に腕を伸ばしたところで、俺は、奇妙な手応えを感じた。
 眩い光で、その姿を完全に捉えることはできない。
 だが、冬の穏やかな湖面をさっと撫でたような、冷たいハリのある感触が、確かに指先には残っていた。
 
 俺は、部屋の宙に浮かぶ、まばゆい光を放つゴムボールのようなものを想像した。
 
 そんなもの、この部屋にあったろうか。いや、なかった。
 つい最近、この部屋を見たばかりだが、そんな照明器具は、どこにも存在していなかった。
 
 正体を知るべく、俺は、感触があった位置へ、思い切り手を突っ込んでみた。
 ズボッ! 手が、架空の水面を突き破って、別のなにかの中へ到達した。
 ひんやりとした霧のような空気が、腕にまとわりついてくる。
 
 途端、強烈な光の勢いが、みるみるうちに弱まっていった。
 
 今ならば薄目を開けて、目視することができるはず。
 俺は、あえて手の位置をズラさずに、冷たい感触を残したまま、そうっと瞼を持ち上げてみた。
 
 そこにあったのは……時空の裂け目、とでもいおうか。
 爪で空気を切り裂いた跡が、消えることなくそのまま保存されているかのような、『裂け目』が、たしかにハッキリと見て取れた。
 
 両腕を広げたくらいの高さ。幅は、俺の肩身よりもすこし狭いくらい。
 裂け目の周囲は、繭のような白く淡い光に包まれ、裂け目の中は、紫色の粒子が奥へ奥へと進んでいくサイケデリックなワームホールのような見た目をしていた。

 一体これは、なんなのだ……。
 
 俺は夢を見ているのではないだろうか。『裂け目』を眺めながら、パチンと頬を平手で叩いてみる。
 ……痛い。『裂け目』は消える様子がない。
 
 俺は、『裂け目』のワームホールへ、そっと手を伸ばし、もう一度触れてみる。
 
 薄い膜を突き破ったような感触があると、手は、『裂け目』の中へヌルッとすべりこんでいった。
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