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閑話

第49話 昆虫食いの神使が2匹

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 欠けた月は満ち、そしてまた欠けて逝く。
 また。
 またしても。

 奇縁の先に、彼は居た。

 否、もう居なければならない。

 狐と名乗った少女。あまりにも便利で、あまりにも不便。

 一つ、二つ、三つ。
 陥れた罠の数。

 ひとつ、ふたつ、みっつ。
 ……邪魔をされた数。


 ここで一つ。

 男は、盗賊を利用した。
 白蛇という爺が放っていた盗賊を、証拠の回収に。──そして影武者に使おうと。自分のシンボルでもある狐の仮面を一つ。

 ここで二つ。

 男は、スタンピードを起こした。
 使った物は『魔力増強の魔導具』と『魔除の結界魔導具』
 祖国にあるは魔導具の天才。緑狂う間にて、着々と狂わせる物を。しかけた魔力増強の魔導具により、西と東で魔物が狂い始める。人間に影響が無いのは予兆に勘づかれぬ様に。
 そして、魔除を反転させる様に、本来の使い方とは逆方向に結界魔導具をと置けば。最も防御が手薄なタイミングで、ダクアはスタンピードの餌となった。

 ここで三つ。

 男は、口封じをした。
 恐らく白蛇も口を割られると困るだろう。どちらが手を下すのが最適か分からないが、時間に猶予は無い。
 奴隷商に潜入し、左手に刃を構え、ぶちゅり。


「……。チッ」

 フードを深く被った男が腕を組んだまま、イラつきを押さえるように小指でトントンと腕を叩く。


 あそこでひとつ。

 盗賊が使えなくなった。
 あれはリーベというイレギュラーを抱え込んだ為だろうが、後始末に使うはずだった手駒は消えてしまった。貴族の屋敷になら魔除があってもおかしく無く、折角安全な場所を作っていたというのに。


 あそこでふたつ。

 スタンピードを止められた。
 収穫する作物や土地を荒らし、国の食料庫を枯渇させる。持久戦に持ち込めば戦争は間違いない。なのに、あの少女は止めてしまった。
 しかも狐の仮面をクアドラードにとっての『正義』に使ってしまった。


 あそこでみっつ。

 白蛇がやられた。
 ちまちまと積み上げていた地位をあの少女と少年が一気に崩してしまったのだ。再戦前に幹部、しかも古参がやられるのは痛い。白蛇であれば口は割らないだろうが、もう口封じも無理・・・・・・・・だろう。
 それだけでは無い。子爵という地位の傍でくい込んでいた情報源を無くしてしまったのだ。

 下手に動けず、事の顛末を見守っていた以上、多少なりとも、本当に少しだけクアドラード王国に信用がある自分が『子爵』という情報源以上の価値を見つけなければならない。
 あの状態で庇うのは、不可能だ。


 やはりリィンは殺すべきか。それとも利用すべきか。
 あぁだが、そうだ、下手に動けないのは隣に『ライアー』がいるからなのだ。ライアーも殺すべきだ。だがライアーを殺すには『リィン』が邪魔だ。2人を同時に殺せる程、都合のいいタイミングはやってこない。2人には、特にリィンには人が周りに溢れている。


「はぁ……。シュランゲめ」

 あいつ、絶対リィンのことを気に入っているな。

 祖国を裏切ることは無かったにしろ、リィン達の敵になることはなかった。

「次は、王都だな」

 男は闇夜に紛れた。その姿を、月だけがゾッと見下ろしていた。


 戦争の匂いは、すぐそこに。リィンに訪れる災厄は、まだ序章なのである。



 ==========



「起きたか」

 奴隷商の牢屋の外でオーナーが男を見下ろした。

「ヴァイス・ハイト」
「おや、オーナーさん、お元気でいらっしゃいますかな」
「そこで機嫌を問わない辺り性格が悪いなクソッタレ」

 顧客ではなくなったこの爺さんを奴隷として契約しなければならないのは、この男だけだ。

 犯罪者は奴隷に落とされる。
 グリーン子爵執事ヴァイス・ハイト改め、白蛇のウィズダム・シュランゲも例に漏れずその1人だった。

 奴隷商のオーナーはイラつく気持ちで煙草の煙を吸い込んだ。

「ふぅーー。てめぇよぉ、良くもまぁ俺の奴隷を殺してくれやがったな」
「おや、なんのことでしょう」
「チッ、すっとぼけやがって」

 接客の際には見たことないガラの悪い態度にシュランゲはこちらが素であるのか、とどこか納得した。
 聖人君子で奴隷商のオーナーなんぞやってられない。

 シュランゲはほけほけ笑っているが、本当に知らないのだ。
 手を下したのが狐だという事も分かるし、それを分かって罪を被ったのだから。死ぬならば、二人より一人だ。

 現状を考えて、考えて。長年築き上げてきた『ヴァルム・グリーン子爵』という情報源を切り捨てても良いと思えるほど。
 狐と白蛇ならば、国の為には狐を取るべきだ。

「おやぁ、どうやら私、奴隷魔法使われた様ですね」
「当たり前だろ。感謝しろ、魔力大量に使って契約をしてやったんだ」
「ありがとうございます(ニッコリ)」
「…………腹立つなお前」

 生前、というのも微妙に違うのだが。労働奴隷は死に等しい。決して死なせはしないのだが。

 オーナーは生前と比べて大分スッキリした顔だと観察していた。これからどんな目に遭うのか知っていながら。

「…………素直に吐けよ。それが1番楽な方法だ」
「お心遣い、痛み入ります」

 生前の付き合いもあってか、とても腹立つしムカつくし心底死ねと思っているがオーナーは眉に皺を寄せてそう呟いた。
 シュランゲの肯定しない返事にグッと口を結ぶ。吸殻を地面に投げ捨て、足で踏み潰した。

「お前、トリアングロの動物なんだってな」
「ええ」

 2本目の煙草を取り出せばロウソクの炎を移した。

「……なんで今だったんだ」
「それは、目的語がどれに当たるのでしょう」

 一呼吸。クソまずい煙草を肺に入れ吐き出すだけの作業。

「どれでもいい」

 沈黙が続く。
 オーナーが3本目を取り出した時、その音が漏れた。

「妻と娘がおりました」

 過去形だ。

 嫌な予感がして煙草を持ったまま椅子にもたれた。

「その当時は……まあ……我が国も魔物が蔓延っておりました」
「……戦時中か」
「妻は大変に美しかった。そして娘も可愛らしく。国境の街でしたが、兵が出入りする街中ではなく少し離れた場所にで穏やかに暮らしておりました」

 シュランゲは当時を思い出してか穏やかに笑みを浮かべる。

「娘は、そう、ちょうどリィン嬢程。ほほっ、彼女を気にかける理由が今分かりましたな。人間とは、自分自身ですら分からなくなる」

 ケロッとした顔をしてお茶目な執事が笑う。
 しかし、すぐに顔に闇が覆い隠した。

「私が父親の手伝いでシュランゲの仕事をし、そして仕事から帰ってくると」
「……そうか」

 オーナーは目を伏せた。

「妻と子は、食い殺されておりました……! 汚らわしい、あの魔物共に!」

 瞳に激しい悪意と殺意が灯る。

「服は食い破られ、体の中からドバドバと血が流れる! 死因がどれかすら分からない! 嗚呼! 何故私は愛する家族を守れない! 何故まもれなかった! これが自然の摂理だとでも言いたいのか!? ──冗談じゃないッ! ……ただ、ただ分かるのは」

 溢れ出した感情は火山の様に吹き飛び、そして水を掛けられたように萎んでいく。


「──あの魔物・・は今も悠々とクアドラードにいる」


 シュランゲの脳裏には魔法の痕跡とも言える荒れた家がこびりついていた。コップについた茶渋の様に。

「正直、クアドラードもトリアングロもどうでもよかった。どっちでも良かった。だが、あの魔物を! 魔法を扱える魔物を、許せなかった。だから……」

 そうして狂人は、嘲った。

「だから魔法を殺すことにしたのです」

 オーナーはギョッと目を開く。
 先程までの話でどうしてそうなったのだ、と。

「愛しい人を食い殺したのが魔物だから言ってその魔物全てを滅ぼすなど、普通ではない」

 一般人の考えとして普通ではないのか、普通なのか。それとも悪役として普通なのか。
 オーナーは長年付き合いがあった男だとは言え、心底分からなかった。

「ならば魔法を殺して見せようと。魔法を扱うこの国を、殺して差し上げましょうと」



 シュランゲはそのまま背中から床に倒れ込んだ。

「あぁー。失敗しましたなぁ! 魔法を使う物は未だに許せませぬが。この国を恨むには、ちょっとばかし憎しみが足りぬようです」

 目を閉じた。
 金が、浮かんだ。

「──その魔物ってのは」
「魔物の生息地も何も分かっておりませんが、種族は簡単に割り出せますよ」

 天井の染みを一つ、二つと数えながらシュランゲがそれに合わせるように言葉を吐き出す。

「冒険者ギルド、神使教、白華教、王族、貴族当主、騎士団、エルフ、……──奴隷商」

 他にもあるとは思いますが。
 そう付け足して、オーナーを見た。

 オーナーはどの種族か分かった。分かってしまった。

「あの魔物の魔石を見ると、吐き気がする」

 民に知られぬように世界が隠す、魔物の存在だと。
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