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道中編

第52話 爆弾を開幕に使うな

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 あれは子供の頃。
 言語を必死に覚えた成果が発揮しだし、聞き取りだけは何とかなる。そんな言語苦労に塗れた1歳。

 私の世界は輝いた。

「あびゃあぶ!!!!!」
「なんて?」

 双子の兄の方が奇声を発した私に顔を向けて首を傾げる。

 その日、魔法を知ったのだ。


 それからというもの、言語学習に使っていた時間の半分以上を魔法に費やした。時に、離れを爆破させ。時に、庭師を泣かし。時に、熱を出し。時に、本邸の壁に穴をあけた。
 ろくでもない奴だなって今でこそ思うけど、反省はしないし当時はそれがベストだったので。

 さもファンタジーです! 的な要素である魔法に惹かれた私。

 のめり込む私に父は言った。

「リアスティーン」
「……?」
「キミは魔法が好きかい?」
「こうてー!」

 中身が成熟しているので、いかにも子供らしい反応を見せながら答えた。
 当然好きに決まっている。自分の体を動かすことなく物事を動かせ、そして可能な事が目に見えて増えていく。

 その時、風が吹いたような気がした。

「私は、魔法が好きではない」
「きりゃい?」
「いいや。嫌いかと問われると答えは否だ」

 1歳の子供に中々難しいことを言っていたパパ上。
 そういえば、私は父が魔法を使っている姿を見たことがないな、と。そう思ったのだった。

「いつか」

 私と同じ色の髪が何かを語る瞳を隠す。

「魔法なんて、と。思う日が来るかもしれない」
「ぴぅ?」
「いつか魔法を疎むかもしれない」
「ぱぁぱ?」

 ヘーゼルの瞳が私を捉えた。

「難しいことを言うけど、キミはしっかりしてるから。きっと理解出来ると思う」

 その時、前世を見透かされた気がした。
 誰よりも子供のフリをしている自分の存在を。

「魔法は万能ではない。だけど、悲しいほどなんでも出来てしまう。忘れないで、キミの手にある魔法は。真実は。キミ次第で善にも悪にもなれるということを」

 パパ上は、悲しそうに目を伏せ。言う。

「キミは……もしかしたら────」


──ガタンッ!


 ==========



「お、起きたか」

 …………逆さまだ。

「はは、頭に血が上んぞー」
「休憩の時間よ」

 覗き込む顔ぶれに私は様子を見回す。
 ズキズキ痛む後頭部。幌馬車の中にはライアーと、ペイン達のパーティーが揃って私に目を向けていた。

「き」
「き?」

 ライアーが首を傾げる。

「……気持ち……悪き」
「おい待てここで吐こうとするな外で──!」


 阿鼻叫喚。


 ダクアから王都に向かう私とライアーのFランクコンビ。
 と、合同でペイン達Cランクパーティー。

 元々私たちだけで向かう予定だったんだけど、ペイン達も王都に戻るからって馬車に乗せて貰っているわけだ。
 徒歩もだるいし、サイコキネシスで魔力使いっぱなしというのもしんどいし。お金は使わないに越したことはないから、渡りに船というわけだ。船じゃなくて幌馬車だけど。

「はぁ、スッキリすた!」

 ペインのウォーターボールで顔を洗った私は、乗り物酔いもかなり薄れ気持ち悪さは遠のいていた。

「しっかりしろよ魔法職。困った時に頼られるのはお前だぜー?」
「ペインも魔法職ぞ」
「俺、前衛職だって」

 腰に差した剣をポンと叩いてペインが言う。


 ダクアでの騒動の後、意気投合……とまではいかないけどそれなりに話す機会が増えた2グループがこうして一緒の場所を目指して行動しているなんて、正直信じられない。
 これが月組なら全力でお断りしていた。だって、善人、とても嫌。自分が惨めになるから。

「今日はもう進まぬです?」
「川越えがあるから治安のいいところで休んどきたいし。それにお前の乗り物酔いが酷いから」
「面目なき……」

 パーティーリーダーのペイン。
 私と同じ歳の14だが、片手剣士として前衛職。そして嘘が分かる魔法(仮)と感覚リンク魔法(仮)という、少し変わった魔法の使い手。先程ウォーターボールを出したように、魔法という手はまだ隠してそうだ。

 パーティーメンバーのリーヴルさん。
 私のコンビであるライアーと同世代で、凛とした気配を纏う女の人。手の内を見たことがないが後衛の魔法職だと予想している。ペインの保護者も兼ねているっぽい。

 同じくパーティーメンバーのラウトさん。
 老けて見られがちだが実はライアーよりも若いという31歳の大盾を装備した完全に前衛職。何かあった時咄嗟に他の仲間を庇う姿から、盾役なのは容易に想像がつく。

 同じくパーティーメンバーのサーチさん。
 前世で言うところの関西弁を話す19歳の女の人。斥候、と言っていたが本人曰く地形を見ながら安全な道を探るのが仕事で、戦闘は専門外。陽気なムードメーカーだ。


 そして。もう1人……。

「幌馬車程度で普通そんなゲロッキーになるか?」
「私はなるですー」
「おっさんリィンいじめんなよ。幌馬車って大分揺れやばいぜ?」
「誰がおっさんだ馬鹿ガキ。リィンを甘やかすな」

 私のコンビおっさんの揶揄う言葉を庇うのはペインだ。おかしいな、どっちが大人だ?

「これからどう進む予定です?」

 私深窓の令嬢だから王都に行ったことないんだよね。行く必要なかったし。

 私が聞けばペインは地図を取り出した。

「俺たち、元々王都から北回りでグリーン領に来たんだよ」

 国全体の地図。
 クアドラードとトリアングロは島なので、国境さえどうにかしてしまえば国の形は簡単だ。
 レーン島はひょうたんみたいに2つの島がくっ付いている地形。ひょうたんの1番細い場所が国境で、その国境にファルシュ領がある。
 ファルシュ、グリーン。そして森を挟んで王都が、綺麗に東から西一直線に並んでいる。

 ならそのまま真っ直ぐ進めばいいのではないか。
 そう思ってもそうは問屋が卸さない。前世の慣用句は私の心の中でしか使えない。解せない。

「だから今回は南から王都に向かって進もうと思う」

 真ん中の森は、ダクアで言う西の森。浅い所ならまだしも、奥に行けば行くほどスタンピードの時のような化け物がうじゃうじゃいる。というか、グリーン領の魔物の数が異常なだけでそこそこいるのが普通だそうだ。又聞きでしかないけど。

 楕円のクアドラード王国の中心に位置する、魔の森。
 そこは避けなければならないので、どうしても遠回りになってしまう。

 ……まぁ、恐らくわざとだろう。
 国境から王都に攻め入るまで時間をかけなければならない。戦争対策も兼ねている、と私は考えた。

「ひとまず商売の街コマース領の首都に行って。んで必需品買ってショートカットしようと思う。つまり、森の際を走らせる」

 地図上、首都を通ると少し時間がかかる。
 そんなに急ぐ旅でもないため、焦らずとも良いのだが。幌馬車の持ち主がペイン達なので私とライアーはなるべく口を出さないようにする。

「ま、夕飯の準備しながら雑談しようぜー。オレ腹減ったー!」
「ちょいまちペイン。ウチ御者やってん、先仮眠取ってええ?」
「いいけど、夜寝れなくなるぜ?」
「かまへんかまへん。前半の夜番ウチはが起きとくだけや。夜番の役割決めといてなー!」

 サーチさんがベチョッと幌馬車の中で眠りに入った。私が乗り物酔いで気絶している最中も御者をやっていたみたいだ。

「夜番?」
「見張りよ。ウチのパーティーは5人いるから、2人ずつで夜起きておくの」

 私の疑問に答えてくれたのはリーヴルさんだった。

「リィンちゃんお鍋出してちょうだい」
「はーい。〝アイテムボックシュ〟」

 あ、噛んだ。
 でも問題なく取り出せた。

 うぬぬ。これだから口に出すのは嫌なんだよな。

「お前……よくアイテムボックス覚えられたよな」
「え? 何故?」
「それ教わったの、エルフだろ」

 エルフだよ。

「エルフは精霊を介すから人間の魔法とはまた微妙に魔力の流れ方が違うだろ」
「言う、されれば……?」

 私の師匠エルフだったから比較出来ない。

「それに何日で覚えたんだよ」
「大体3日」
「ほーら。そこがおかしいんだって。つーかお前本当におかしすぎ。その口調もだし、魔法もだけど、俺の魔法知っておきながら怯まねぇとことか」

 変人か! ってツッコミ入れながらペインが食材を入れる木箱からいくつか野菜を取り出した。

 うーん。自分の実力を分かっていたらそんなに躊躇うこともないというか。特にペインの魔法なんて、嘘を堂々とついても問題ないだろうし。ペインがわざわざ嘘を追求してくるとも思えないし。

「あと、アイテムボックスは元々習得願望中で」
「習得したのに最中って言うな」
「最中ですたっ! 故に、可能な限りのやり方は勉強すたです」

 どうやったら亜空間というものを使うことが出来るのか、って感じで魔力の使い方をめちゃくちゃシュミレーションしていた。実家はあまり本を持ってないって言っていたけど空間魔法の本は比較的多かったのでめちゃくちゃ調べまくった。

 前提条件と情報の差だね。

「あの、ところでペイン」
「どうした?」

 私はずっと気になっていたことを聞いた。

「彼は、何者?」

 フードを深く被り、こちらとのコミュニケーションを一切遮断した男。こちらから話しかけることは無いので基本的に放置していたけど……。
 少なからず王都までは一緒に行動するのだから、素性を知っておきたい。

「あいつはー……まぁ……」
「ご主人ー。オレサマ、自己紹介しても、よろしくてぇ?」

 初めて聞いた声にギョッとする。
 なんだろう、神経逆撫でしてくるこの感じ。

 そしてもう第一声目からダメだって確信出来る。

 ギギギとペインを見ると眉間を抑えてため息を吐いていた。こんな爆弾抱えてるなんて聞いてない。

「言ってないからな」
「もしかしてペインのオリジナル魔法心読むが可能の感じのやつ?」
「純粋に顔に書いてある」
「私も読めたわ」
「すまない自分もだ」
「俺も」
「オレサマもぉー」

 ええい混ざるな! 今めちゃくちゃサーチさんのツッコミが欲しい!

「まぁ、一応信用はしてるんだ。……何回か俺を殺しに来たやつだけど」
「聞こえるすてますけど!?」

 ぼそっと言っても距離的に聞こえます!

 するとフードの男はフードを外した。
 細身の白髪。目は変哲もない黒だけど、明らかに正気じゃないだろうなって。

「オレサマはぁー。えーっとー。名前、なんだっけぇ」
「クライシス」
「そそっ、クライシス! クライちゃんかシスかイカレポンチって呼んでちょっ」

 キャラが、キャラが濃い。
 もうこの一瞬だけなのにめちゃくちゃ濃い。

 なんでこんなに濃いのに黙ってたの??? 影薄い選手権ナンバーワンだったじゃん。誰も気にしなかったよ?

「お鶴ちゃんって、呼んでくれても、いいぜよぉー」

 何故に、鶴?

 私が首を傾げる。ライアーも不思議そうに水袋を取り出して噎せ返るような濃さを誤魔化していた。

「はっひゃぁ、これ内緒ぉ?」
「内緒だろ」
「ボクちゃんいい子だから黙るねぇー」

 やれやれと言いたげにペインがため息を吐く。ため息を吐きたいのはこっちなんだけど。

「こいつはさっき言った通りクライシス。──トリアングロの元鶴だ」
「ぶっほァ!?」
「んっ!?」


 ペインのパーティーメンバーの残り1人は、とんでもない爆弾でした。
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