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王都編下

第76話 仮面を被る者

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 時は少し遡り。
 クアドラードアドベンチャートーナメント3日目の夜。夜中であれど慌ただしさが消えない王城。

 約1日の間に姿を消した第2王子──エンバーゲール王子の行方を探す王の寝室に1人の歳若い王子が現れた。

「失礼します、陛下」
「……あぁ、ヴォルペールか」

 白髪混じりの金の髪。目元は湖の水を思わせるような碧眼。
 現クアドラード国王、ロブレイクは顔を歪めて王子を見る。

 同じ瞳を持った王子は微笑んだ。

「お疲れのようですね」
「ヴォルペール、分かって言っておるな」
「グロリアスから聞きました」

 疲れた目元を労わるように目尻を押すと王は王子に向き直る。

「まぁ良い、座れ」
「いいえ、私はここで結構です」

 執務室を兼ねた寝室。
 来客用のソファももちろんあるが、王子はさほど長居する気がないのかそれを断った。

 紛い物と呼ばれる第4王子。
 それがヴォルペール、今王の前にいる王子だった。

 平民の血が混ざる黒の髪。
 大人とも子供とも言えぬ年頃の王子は、歳に見合わぬ穏やかな嘘くせぇ笑みを顔に浮かべる。

「エンバーゲール様が失踪したようで。あのお方も子供らしいところがあったのですね」
「エンバーゲールはお前とは違って脱走などはせん」

 分かって言っている。確信した。
 王は悩みの種でもあるヴォルペールを目の前にしてため息を吐いた。とてもとても深いため息だ。きっと海底に眠る宝船をサルベージ出来るほど深く吐けただろう。

「それで、随分と帰還の挨拶が遅かったな」
「おや、私は別に帰還したわけではありませんよ。エンバーゲール様のことが気がかりで一瞬だけ戻りました」

 佇まいは息子と言うよりは従者。
 向ける言葉は親というよりは王。

 明らかに一線引いたその態度に、やはり王は再びため息を吐いた。

「エンバーの奴が昨日姿を消した。ちょうど2戦目が終わったタイミングだという。警備の騎士も気付かぬ間にするりと、な。魔法の痕跡を探ったがそれも出てきやしない」
「魔法の痕跡無しで、ですか」
「そもそもエンバーはAランクに上り詰めるほど強い男だ。抵抗もなく魔法も無く、一体誰が奴を攫う事が出来るというのだ」

 明らかに我々の常識を凌駕している、とは王の言葉。

「恐らく、というか。タイミング的にトリアングロだと考えるのが妥当だろうな。ちょうどあちらに送り込んだ者とも連絡が取れなくなった所だ……」

 王子はふむ、と顎に手を当てて考えた。
 視界にサラりと黒い髪が落ちる。平民の母親と同じ黒い髪が。

「……あ、」

 いい手を思いついた。
 取り繕うことも忘れて思わず口から出た言葉。

 王は期待の眼差しを向けた。

「常識外には常識外を。平民に調べさせれば良い」
「平民にか……しかし下手に情報は出せん。エンバーの事は病に倒れたと誤魔化した手前、王子を探せなど口が裂けても言えぬよ」

 無駄に民の不安を煽ってしまう。

 ただでさえ国内は連続的な災害に襲われている。グリーン領のスタンピード。シュテーグリッツ領の街道崩壊。塩害もあり、水害もあり。
 これはますますきな臭くなってきた。
 トリアングロの陰謀なのではないかと、国家はそう疑っている。(正解)

「いや、普通の平民じゃなくて……んんっ、一般的な平民ではなく、事件解決能力のある平民を無理矢理巻き込むのです」

 崩れかけた口調を戻したヴォルペール王子は呆れたような目で見てくる王の視線を笑顔で受け流した。

「お前がそういうからにはその候補がいるんだろうな」
「もちろんです陛下」

 王の視界に、王子の瞳が目に入る。

 雨のような、湖のような。自分と同じ碧眼を。

「──女狐を使いましょう」
「女狐だと?」

 スタンピードを止めた、という女狐の噂は王都にまで届いている。グリーン子爵は農耕の領。商人経由の噂は信ぴょう性が高く、また噂が流れてくるのも速い。

 トリアングロの幹部の中に『狐』と呼ばれる人物がいるのも確か。警戒は緩めないで居たが、グリーン子爵自身は手紙を読む限りそう警戒していない様子。


──コンコン


「誰だ」
「グロリアス・エルドラードでございます」
「あぁ、ちょうど良い。入れ」

 グロリアスが入室すると、第4王子がいることに気付き頭を下げる。

「わざわざ私に挨拶せずとも」
「殿下」
「……ハイハイ。わーってるよ」

 年相応の表情で諌められた王子が拗ねる。

「要件は」
「エンバーゲール様の件で。護衛の騎士全ての魔症状を確認し終えましたが、全く、一際の魔法の関与はありませんでした」

 魔症状とは、補助魔法など肉体と精神に何かしら作用が出る魔法及び魔導具を掛けられた際に出てくる反応のことである。
 それがなかったということはつまり、事件は迷宮入りだ。

「ヴォルペールの奴がエンバーの捜査に女狐を使おうと言うのだ」
「女狐を、でございますか?」

 グロリアスは数秒考えたあと口を開く。

「実現可能かはさておき、捜索の手数を増やす上では良き考えだと」
「ほう、グロリアスがそういうか。狐の名を冠している以上拒否するかと思ったが……」
「陛下、女狐は間違いなくトリアングロとは無関係でしょう」

 はっきりとした言葉に国王は目を見開く。
 ヴォルペールもまた、同じ表情で驚いたあと、優しげに笑みを浮かべた。

「女狐は恐らくトリアングロの情勢に詳しくない平民でしょう。間違いなくトリアングロと無関係だと言える理由はただ1つです」

 グロリアスは真顔で言った。

「──トリアングロの奴らが魔法を使うわけが無い」

 目からウロコが出るとはまさにそれだろう。
 なぜそんな根本的な事に気付かなかったのであろうか。

「くっ、ははは、なるほど。それはそうだ」
「魔法を嫌うが故に魔法を滅ぼす奴らの思想。魔法を使えば本末転倒。そうでしょう?」

 王は『それで……』と王子に向き直った。

「お前がそういうのであれば、当然女狐を動かす術を持っているんだろうな」
「確定はしてませんが女狐の正体は確信を得ています。恐らく、動いてくれるかと」

 ヴォルペールは悪魔のような笑みを浮かべた。完全に素だ。

「──冤罪で女狐を捕まえ、泳がすという名目で捜索するように仕向けてしまえばいい」

「ほう」
「ほお」

 国の重鎮が2人揃って声を上げた。

あいつ・・をなら、自主的には間違いなくトリアングロに関わらない。でもプライドは絶対高いからなぁ……煩わしいことも嫌いだし絶対動く」

 ギラりと悪巧みする王子の瞳が輝いた。

「事件の解決能力は当然だが、『見下される事』と『悪い方向に勘違いされる事』と『憐れみ』なら大っ嫌いな筈だ。だって俺がそうだから」

 王子の仮面は脱ぎ捨て、ブツブツと呟き始める。

「タイミングを狙うならある程度消耗した決勝後。絶対キレ散らかすだろうけど権力には弱いと見た。頭が働くから、推理させる時間を与えずに勢いで取り返しが出来ない所まで無理矢理持っていく方が巻き込める……」

 黒い髪をぐしゃぐしゃと掻き回し考えを深めていく。彼女を理解しているのは自分で、王や大臣よりも具体的で現実的な嵌める罠を仕掛けれる、はずだ。

「たかが冤罪では揺るがない。国が馬鹿のフリをして決め付ければ、あいつは馬鹿の思い通りになることを嫌うだろう。さりげなく情報を与えればきっと否応が無しに巻き込める。いや、それでも拒否するのなら無理矢理巻き込めばいい」

 顎に手を当てる。

「さりげなく情報……。平民にトップシークレットを漏らすのはまずいな。こちら側が推理して追い詰めると見せかけて、平民では知り得ない情報を与える必要がある。グロリアスなら恐らく行けるだろう……。ただあいつの不思議語に惑わされる可能性が高いからコンビは一緒の牢屋に入れとかなきゃツッコミが間に合わねぇな……」
「なんか作戦とは思えない単語が飛んできた気がするんですけど殿下?」
「あぁそうだ、監視の情報も漏らせばいい。偶然怪しいヤツに接触したとして、監視が疑いの目を強くさせる事が出来る、あいつはそれも煩わしく更に事件解決に励むだろう。馬鹿正直に自分が潔白であるというための証拠と共に」
「殿下? それ監視が気付かれる事前提なんですが?」
「絶対と言っていい、気付かれる」

 考えがまとまったのかヴォルペールは顔を上げた。

「細かな流れは後で説明するとして、冤罪で捕らえて解放した後に付ける監視──失敗前提の監視役なんて都合のいい存在はいないでしょうか」

 もちろんリアリティを出すために監視役本人にはバレないようにと告げるつもりだが。
 王は自己完結型のヴォルペールの独り言の内容を全て理解しきる事ができなかったが、問われた質問に頭を巡らせる。

「……あぁ、いるな。この前失敗した奴がいる。このまま失敗させ処分するも良し。名誉挽回と意気込んでいる分、リアリティが出るだろう」
「へえ、まさか居るとは」
「何、所詮お前と同じような歳の小娘に見抜かれた間抜けだ。いてもいなくても変わりはしない」

 王は自分の子供を見た。いや、子供と認めてはならぬ子だ。
 だから王は彼を放置している。

 いくら街に出ようと、裏で色々掻き集めていようと。
 ヴォルペールの根源にあるのは己の身の安全であり、国のためだと分かっているから。

「はぁ、お前には悩まされる」
「これは失礼」
「モラールのやつも可哀想に。お前の正体を知ってしまったがために今ではお前の行動報告係だ」

 ……まぁ、モラールだけでは無いのだが。
 王は静かに目を伏せた。

「それで、件の女狐は使えるのであろうな」
「『白蛇』を無事撃破し、私の魔法を利用して見せた。引き抜いて私の手駒……仲間にしたいほどには、使えますよ」



 庶民の黒い髪と王の青い瞳を受け継いだ可哀想な第4王子まがいもの。王子の名はヴォルペール。

 しかし彼にはもう1つ顔があった。


 ──彼はただのCランク冒険者、ペインとも言う。

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