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王都編下

第77話 金の血だけど血液は普通に赤い

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「──ヴォルペール殿下はどこだ! 王よ! きんだったのだが!?」

 尋問官として女狐に情報を漏らして来たグロリアスが礼儀を殴り捨てて王の部屋へと飛び込んだ。

 王は一瞬理解が出来なくて宇宙を背負った。

「お、落ち着けグロリアス。ひとまず落ち着こう」
「これが! 落ち着いて! いられるものですか!」

 グロリアスはバァンと王の机をぶっ叩いた。
 家臣が国王にする態度じゃないことは確かであるし、普段グロリアスはそんなことをしないということも確かだ。

 第4王子、ヴォルペールの策で庶民を調査に使うという1つの案。特に費用もかからないため1つの案として採用し、早速実行に至った、のだが。

 その尋問という名の事情説明に白羽の矢が立ったグロリアス・エルドラードはグイッと王に詰め寄った。

「もう一度、言います。──件の女狐と思わしきリィンという少女。髪色が、金でした」


 ごフッ。

 王は迫り来る胃痛に身を任せ、机に伏した。


 ==========



 グロリアスは協力者(騙)に情報提供をすべく地下牢に向かっていた。
 普段の罪人候補であれば王の住まう王城ではなく、騎士団の牢屋に連れていかれる。そしてその後、諸々の沙汰が決まれば奴隷商行きだ。もちろんそのまま死刑というのもあるが。

 グロリアスは庶民を巻き込んだことに対して申し訳ないと思っていた。

 ヴォルペール王子のとんでも案は確かに有効だ、が。情報漏洩の可能性と普通に巻き込む良心で胸と胃が痛い。どちらかと言うと胃の方が痛い。
 なんせ女狐であること自体も確定では無いのだ。……まぁ王子の魔法を持ってすれば、疑う余地は無いのだが。


 あの王子は生まれながら人の吐くウソが分かった。
 それを知っているのは国王と、大臣と副大臣。各騎士団の団長と副団長、そして王子が王都を出たり入ったりする際に報告係として巻き込まれてしまった黄の騎士団のモラール。

 だからこそ彼が確信する情報は信ぴょう性がある。ウソを見抜く云々さておき、どういう話をして発覚したのか分からない以上信じきれはしないが。


 だから多分を絶対に変えて。
 そうだと信じて交渉(交渉とは言わない)をするしか無いのだ。


 地下牢の前に着く。
 申し訳ないとは思っている。その身を賭してダクアを救ったクアドラードの英雄だ。

 もうトリアングロには関わるまいと思っているらしい。厄介事に首を突っ込みたくないのだろう。Fランクのままでいるという情報から、命令も嫌いなのだろう。
 だからこんな不名誉で理不尽な策に嵌めさせて貰うのだ。

 恨むなら私を恨め。
 金の髪をもつ偉大な王と、王子。彼らの為ならば。国のための盾となり、民のための剣となれ。


 そしてグロリアスは扉を開けた。

「尋問官は私が努めさせて──」

 もらいます。
 そう言ったはずだが上手く言えていただろうか。

 牢屋の中に居た女狐である少女の髪色は、我らの王と王子と同じ色彩を持っていた。

──バタン。

 爆速で閉めたよね。

 扉の内側から自分を呼ぶ騎士の声が聞こえる。あの中にいる騎士は確か貴族とは言えど当主ではなかったか。

「すぅ……」

 深く息を吸う。

「ヴォルペールを出せ。あのくそガキをだせ」

 たまたま通りかかった青の騎士団の副団長がグロリアスの形相にギョッとした。見ないふりをした。賢い選択だ。


 グロリアスは震えた。わなわなと震えた。

 ふざけるなよ、金色だと聞いていない!

 しかも彼女はクアドラードアドベンチャートーナメントに出場したと言ってなかったか!? つまりもう、複数の貴族の目に触れた後だと!? 寄りにもよって! 一目で分かる金髪! ヴォルペールは知らないのか! あぁ知らないな!? 知っているのは国王と貴族当主と第1、第2王子のみだ! ついでにエルフ!

 ──金髪と言えば! 王家の血を引く色だろーーーーーが!!!



「ぜぇ……はぁ……」

 叫んでないのに息が切れる。動悸が激しい。

 とりあえず『冤罪』を確定させてしまった後なので、とりあえず後で考えることにした。髪色は気にせずに当初の予定通り行こう。精神統一で時間をかけすぎると不審に思われる。既に不審な行動を起こしたことを気付いていない。

 グロリアスはなんてことない顔をして地下牢に戻った。
 心配そうに見つめてくる騎士の目は死ぬ程痛いし、少女の向けてくる視線を直視出来ない。これで碧眼だったら詰んでた。黒目で良かった。

「さて、檻越しで失礼する。私は、この国の大臣を務めている。グロリアス・エルドラードだ」

 ここで少し歴史の話をしよう。

 クアドラード王国の初代国王は、エルフに愛されていたと言う。
 エルフ達は初代国王に敬意を表し、そして友好の証として加護を与えた。──それが金の髪と青の瞳である。

 そもそも碧眼はともかく、金髪はエルフにしかない髪色だ。
 一般的には知られてないし、もしかすると若いエルフも知らないかもしれない。クアドラード王国の王家が金髪だから混同視されている為だろう。

 だからクアドラードにはエルフが多く、そして王族はエルフと同じ色彩を持つ。
 これが魔法国家と言われるクアドラード王国の根本にある秘密だ。

 異種族であるため決してエルフの血を引いているという訳ではないのだが、金髪は徹底的に管理されてきた。

「クアドラードに似て……」

 そんな身元不明の金髪娘がグロリアスの家名に首を傾げた。

 エルドラード家は大体クアドラード家を支え続けている。エルドラードという言葉の意味は古代語で『黄金の人』という。また、『金箔』という言葉も意味合いとして強い。
 つまり、金の色彩を持つ王家と長らく共にしてきた従者の家系。時に、影武者として金箔を被り。

 まぁなんだ。つまることろエルドラード家は金髪に弱いということだ。性癖としても。

 それ以上気付くんじゃないという気持ちを込めてグロリアスが微笑めば黄金は黙った。

「まずは身分を確認しよう」

 第4王子のオリジナル魔法には敵わないが、グロリアスだって魔法を使える。まぁ具体的に言えば魔法と言うよりは魔力なのだが。

 人は魔力があればあるほど感情の起伏で魔力が揺れる。
 だからグロリアスは魔力──感情の揺れを察知するために魔力を広げた。

 防がれた。

「……。」

 しかもこれ、あの、すいませんが黄金の君よ。魔力を、察知しませんでした?
 はい、正解です。あなたが昔から困り事があれば相談していたエルフの一応弟子なので。

 そんな真実は知らないが魔力操作が優れていることに泣いた。


「解かせてもらう」

 と、格好つけても実際解けないしもう泣いたよね。魔法を使えなくさせれば同じ土俵だ。

「──では、問おう。キミ達は何者だ?」

 具体的に言えばお前だ金髪!
 出身地を答えよ! 割り出すから! どこの血筋から来たのか!

「Fランク冒険者、リィン。出身はファルシュ領」

 犯人はお前かローク・ファルシュ、もとい元王弟ッッッ!



 ==========



「──以上、言語能力が低いことからローク・ファルシュの隠し子。というかその身に流れる金の血を考えずやり捨て気付かぬうちに出来た子かと」

 ニアミスの推理。必然的にその可能性しか無いが故に常識的な予想を答えとして出したグロリアスの言葉に、国王は項垂れた。

 残念、正解はまともに貴族教育を受けているのにも関わらず言語不自由な摩訶不思議存在辺境伯令嬢なのであった。

「ローク……」

 兄は頭が痛いよ。
 王の立場は今だけ捨てた。

「リィン……嬢? 様、は違うな。……彼女はきちんと気付きました。地頭はいいようで」
「ますます愚弟の血を感じる……」

 エルドラードという名のクアドラード王家ガチ勢は頭を抱えた。

「入った瞬間味方になれば良かった……! そしたらエルドラード家で囲えたというのに! だが絶対味方側に着くと彼女を動かすことは出来なくなるだろうし……! 貴重な女狐の戦力を失う訳には……!」

 ああ、葛藤したんだろうな。
 王の目は死んだ。そこで発狂を悟られずに平静保って成し遂げた事は褒めてやろう。

「ロークの奴め。というか身元の分からぬ子供をこさえる王家の血を引く軽率なやつなどローク以外おらんだろう」
「ええ!」

 歩く金の血統書が頷いた。

「金の血は今のところ四家に留めてあります。一つ、もちろんクアドラード王家。一つ、ファルシュ家。一つ、ドラートドーノ家。一つ、ゴールド家」
「ロークのせいでファルシュも増えたのだったな」
「ゴールド家の次女が男爵家に無理矢理嫁ぎ、今年8になる息子がいますが問題ありません。その息子に功績を与え、早い内に四家のどこか。もしくはエルドラード家に吸収させますので」

 あな恐ろしや。
 グロリアス、と言うよりエルドラード家は代々金の血……王家の血を引く人物を全て管理している。血を引く三家(ファルシュ領の領主は20年以上前別の血統の者が管理していた為除外)の婚約を仲介し、血が漏れぬ様に。
 だから金の髪は徹底的に管理された王族の血を引く証なのだ。

 駆け落ちされても構わない。
 その者の血を引く子供を、エルドラード家が囲う。例えば功績を与え三家に嫁がせる。例えばエルドラード家の子に惚れさせ、更にその子供を三家の養子に出す。などなど。

「さて、あの娘が子を産まぬ内に三家……いや四家にどう吸収させるべきか……」
「惚れさせれば良いのではないか?」
「あの娘は惚れはしませんよ。エルドラード家にはヴォルペール殿下に合わせ14の息子がおりますが──」
「王族に歳を合わせるな」
「従者にしやすいでしょう? 事実私と貴方様は同じ歳だ」
「それはそうだが、エルドラード家は昔からクアドラードの為にやりすぎだ」

 エルドラード家が回す金の血。
 だが決してエルドラード家には流れていないのだから徹底的過ぎる。エルドラードの子と金の血族が結婚し子を成したとして、その時にはエルドラード家ではなく、どこか養子に出ていることだろう。

 この金きん狂いの家系の話はまだあるのだが、王はとりあえず忘れることにした。お空綺麗だなぁ。
 空はようよう白くなりゆく感じだった。

「あの王弟、いっぺんしめときたいですね」
「返り討ちに宝物庫」
「秒で返り血を浴びせるにエルドラード家の秘宝を」
「浴びるのでは無く浴びせるのか、お前の血を」

 王族の血を引くならまだしも王弟というバリバリ王族であったロークが公爵家ではなく、辺境伯家である事を鑑みると、どれだけ厄介な存在なのか分かるだろう。
 まぁそれ以上に厄介なのがリィンという存在だと言うのを、クアドラードはまだ知らない。

 後に東のクライシスに続き西のリィンと呼ばれる災厄ツートップの伝説の始まりである。嘘だが。

「あーーー。頭痛い……」

 胃痛去ってまた胃痛だ。別に第2王子の件は片付いてない。泣いた。
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