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戦争編〜第三章〜

第160話 単純で複雑なストーリー

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 夜も深くなり始める頃。
 今夜からの組み合わせは私とグレンさん、カナエさんとエリアさん、エリィとリックさんという事になった。日中は完全2人きりにならない。その代わり夜間はそうでは無い為、得体の知れないエリアさんとカナエさんを完全に2人きりにさせない様にする。よってまぁ、私が夜番固定って訳。


 つまり星が降りそうな夜。私とグレンさんで荷物の夜番をしている。

「俺は先生が教えてくれた魔法をベースに、後教科書を使ってたから独学寄りかも」
「ふぁいあぼうりゅが火球、おーたーが水球、ですたよね。上級魔法だと他に類似点ぞあるでしょうか」
「さぁー、どうかな。……というか、リィンって名詞を口に出すの苦手なのか?」
「正直5文字以上ともなるすれば噛むです」
「エクストラヒール」
「エクジュララヒール」
「インジュリ草」
「インデュリ草」
「ストゥール川」
「ステルン川」
「リリーフィア」
「りっりりり」
「それはおかしい」

 結構、雑談をしながら。

「今までどうやって生きてきたんだ……?」
「必死?」
「飼われてた、って言われた方が納得出来る」
「うぅん……」

 否定、できない。
 貴族に飼われてたって意味で言うならまぁそうなんだけど、その割には屋敷を抜け出してたし、その割には服毒訓練やら戦闘訓練……子供にする仕打ちじゃないよねパパ上。

「はぁ……」

 ふとグレンさんが息を吐いた。
 その息は白い。

「なぁリィン」
「はい?」
「リックの事なんだけど」

 想像はしていた話題に私は黙って続きを聞く。
 日中、あれだけの衝突事故を起こしたんだ。そりゃまぁ気にするよねって感じだった。

「……俺、リックにはかなり助けて貰ってここまで来たけどさ。あぁいう、無鉄砲で、希望ばっか見れる楽観的な所。虫唾が走る」

 20年以上もの付き合いがある2人だけど、やっぱりコンビだろうと相棒だろうとクランだろうと嫌いな所はあるんだなぁ。

「馬鹿で愚直で、なんでもかんでも救いあげようとしてさ。それに振り回される身とか、まっったく考えてない。周りにいる人間が絶対助けてくれるって信じて疑わないとこ、本当に大っ嫌い」
「どうどう」
「知ってるかリィン」
「知らぬですけど」
「あいつがクラン作った時、俺らだって田舎からダクアに出てきたばっかりだったのに冤罪で困っていたリアンの為に武器を担保に入れるしさ! ニコラスの時だって妹が不治の病だからってドラゴン討伐とか行こうとするし!」
「……まさかドラゴン、倒すすたのです?」
「いや流石にこんな島国にドラゴンは居ない。でも何件か依頼を熟すことでドラゴンの肝の購入件が回ってきたから……。いや結局な!? 妹は不治の病じゃなくて診断した医者がヤブで薄い毒を摂取させて治療費を貪ろうとしてただけだったんだけどな!?」
「濃い」

 いや濃い。エピソードが濃い。
 月組、恐ろしい。

「私、月組ってリックさんが無理矢理冒険者ぞ引き込むすたのだと思うすてますた」
「あぁ、うん、それも当たりっちゃ当たり。後半加入組は大体引きずり込まれたから。リックが個性に惚れたって言うか」

 ブツブツと文句が溢れ出るのかグレンさんは喋るのを止めない。
 恐らく30分くらいだろう。言葉が止まった。

 グレンさんは適当に相槌を打っていた私の頭をぐしゃぐしゃとか混ぜ始めた。
 髪の毛がぐっちゃぐちゃじゃん。やめて!?

 あわあわと撫で回す手に身を任せた私を見て、グレンさんは再び言葉を紡ぎ始めた。

「……あいつは名前を覚えないじゃん」
「え、はい」

 私は覚えられているみたいだけど。

「昔は覚えてたんだよ。俺の名前も、自分の名前も」
「うん」
「あいつが覚えなくなったのはクランを作る寸前。あいつは防衛し始めた」

「……防衛?」

 私はその言葉に違和感を抱き、首を傾げた。

「あいつってさ、感受性が豊かって言うか。傷つきやすいんだよ、内面に踏み込んでしまって」
「それはなんとなく分かるです」
「優しくて、強くて、人の傍にいることで生きてるようなやつだ」

 グレンさんは手を固く結ぶ。

「昔、俺の先生が帰ってこないと気付いてからなんだけど。俺、泣いちゃったんだよな」

 困った様に、恥ずかしがる様に。眉を下げて私を見ながらグレンさんはそう言った。

「国に帰れない、友達に会えない、遠く、山も谷も海も超えた異国の地で頼る保護者もいない中。……ただでさえ魔力の少ない俺が魔法に優れたクアドラードにたったひとりぼっち。まぁ子供だったな」

 グレンさんの先生が帰って来ないと気付いたのは確か5年後と聞いた。それでもグレンさんは当時10歳。道標を見失った子供はどうしようもなく辛いだろう。

「リックはさ、俺と一緒に、いや俺以上に泣いたんだ。天よ裂け、地よ割れろと言わんばかりに。……。俺は嬉しかった。この感情が独りじゃないって、共有出来たから」

 当時を思い出しているのかグレンさんの瞳は優しいものだった。燃える炎が顔を照らしている。

「それくらい、リックって根本的に人と近いんだ。傷つきやすくて、共感性が豊かで」

 キツかったんだろうな、とグレンさんは小さく漏らした。

「リックが人を覚えないのはさ、物語とか背景を見ているように思うためなんだと思ってる。それが例え自分であろうとも。だから、防衛」

 グレンさんから見たリックさんは、まさに主人公になれなかった光。
 リックさんが主人公だったのなら、きっと寄り添い共感することを拒まなかっただろう。でもリックさんは疲れてしまった。諦めてしまった。
 ……しまった、って言い方は良くないな。寄り添うことは義務ではないから。

「鈍感になった。馬鹿になった。それでも人を助けることはやめない。でもそれは物語を作るような感覚。──それがリックに出来る、傷つかない方法だったんだ」

 そしてグレンさんは、私を見た。

 視た。


「今日もどこかで、名前の無い命は一行で神様に殺される」


 戦争の爪痕が戦場を抉った。

「リィンの魂は、どうしようもない業を繰り返す様な、終わりのない物語の様なもんだって俺は視てる」

 とある街で子供は馬車に轢かれた。

「だからリックは決めてるんだ」

 嫉妬に狂った女は男を殺して自殺した。

「主人公がいる限り続く物語を、その主人公をリィンだと確信したんだ」


 東の山の麓から太陽が登り始め、海底の砂のような空が背景に映った。
 グレンさんは海の中を泳ぐように背を伸ばし、地面に背中を押し付ける。

「リックの事、嫌いにならないでやってくれ。例え嫌いになっても、突き放さないで欲しい。……リックは絶対に主人公リィンを終わらせないから」

 空を見上げたグレンさんに習って、私も空を見上げる。



 ──その時、遥か上空から隕石が振り落ちた。

「「はい?」」

──ドォン、ドォン、ドォン、ドォン!

 地響きを、砂埃を。
 その異様な光景に思わず呼吸も忘れた。

 隕石は現在地よりも南寄り。落下地点は木々や山々に遮られて見えないが、そこそこの威力である。

「何事ですか!?」
「ッ!」

 テントの中から飛び出してきたエリアさんとリックさん、そして遅れてエリィとカナエさんが恐る恐るといった様子で顔を覗かせた。

「隕石、だな。南方面に落ちた」
「あの方角は……トリアングロ王国の王都、ですかね」
「魔力ですぞり」

 あの隕石に纏う異様な魔力。
 あれは自然な隕石では無く、魔力によって引き起こされた事象だ。

「一体、誰がなんの為に……?」

 方向を考え、まぁこちらに害はない攻撃だと判断したエリアさんが寝起きとは思えない速度で頭を回しながら考えている。

「…………メテオ」

 その魔法と魔力に心当たりがある私の頬は思わず引きつった。

「(──パパ上ぇ!)」

 娘を殺す気か。

「魔法の気配、です。故に気にする必要ぞなきかと」
「しかしっ」
「トリアングロ王国では魔法ぞ使えませぬ。ですがあれには遠くとも魔力ぞ感じるすたです故に……。あまり考えられぬことですけど、王都に降るすた事を思考すると、人為的なクアドラード側の攻撃かと」

 改めまして私のパパ上ですが、地属性の魔法がめちゃくちゃ得意なんです。もちろん他の魔法も当然な顔して使うし苦手だって言ってた風属性魔法は私よりも上。
 泣いてない。


「……うぅん」

 降り注いだ数は4つ。
 もしかして……──。


 ==========




「──ローク・ファルシュ様が目を覚ました!」

 事態は現在へと。
 ヴォルペールの耳に飛び込んで来た伝令に、緊張の糸が途切れる様にほっと息を吐いた。



 ローク・ファルシュ。

 元、クアドラード第2王子。現国王の弟である。座っていれば悪巧みを、立って見れば威圧感を、そして歩けば周囲の胃は死ぬ。そんな男のその偉業は最早生きる伝説と言っても違いない。悪い意味でも。

 クアドラード王国の最強は誰なのか、と問われれば、大半の国民がグリード・ストレングスを選ぶだろう。
 しかし最凶は、と問われれば全ての国民がローク・ファルシュを指す。

 凶暴性、残虐性、そして多才さ。学にも強く、武にも強く、魔にも強い。完璧でありながら不完全な、人間味の欠如したその姿はまるで戦神いくさがみ
 彼はクアドラードで最も恐れられている男だった。




「そ、うか。そうかぁ……」

 伝令役が退出し、戦場に組み立てた仮テントの中でヴォルペールは椅子に深く腰掛け上を仰ぐ。

「俺はお役御免、って所か……」

 第2王子のエンバーゲールの裏切り。第4位までいる王子の中で、国外の第1王子と正当な血筋であり、もしもの時の継承者である第3王子。

 戦争で使われるのは国王になれない王族だ。
 だからこそ継承権も無く、戦慣れをしている元王弟殿下が指揮を取るのだと思っていた。

「──ヴォルペール・クアドラード殿下」
「……! ローク・ファルシュ辺境伯」

 テントに現れたのは顔色も悪く、怪我だらけのロークであった。

「怪我の程は」
「……すまないね。随分寝てしまっていた」
「いえ、初撃で侵攻を許さなかった貴方の尽力は心強かった」
「どうだろうね、様子を見るにあちらの狙いは侵攻では無く私の無力化だったように思うから」

 その場合はいっぱい食わされた、という訳だ。

「殿下、幹部のクラップの居場所、それとグリーン子爵の執事を出してくれないかな?」

 ニッコリ笑顔。
 表情も相まってあと童顔ということを考慮してかなり、結構、だいぶ若く見えるのにその威圧感が完全に人じゃない。やめろ殺気を振りまくな。味方か敵か分からなくなる。

「クラップは、トリアングロ王国にいます。しばらく怪我の手当に国境基地に居ましたが第二都市や王都を行き来しているようで、正確な居場所は現在特定出来てません」
「へぇ」

 思っていたより詳しい。
 そう関心を抱きながらロークは顎に手を当てた。

「(こっ、こわ~~~??? は、ローク・ファルシュ想像以上に、つーか噂以上に怖いんだけど!? 何考えてるか読めねぇのに怒りだけはひしひしと伝わってく──エルドラード逃げるなおい従者!)」

 そんな心情も知らず。いや、気にせず。
 ロークは『で?』と言いたげに続きを促した。

「そしてグリーン子爵の執事。ご存知だと思いますがシュランゲ。彼は今クアドラードの王都のグリーン子爵邸にて捕虜扱いに──」
「居場所はいい。私が言いたいことはただ一つ、そいつを出せ。私の前に、出せ」

 ひくりと喉が引き攣った。

「わ、かりました」

 なるほど死んだかと思った。俺が。

「それと元宮廷相談役のルフェフィアというエルフを国王に表舞台に引きずり上げろ、と伝えてくれないか。あ、もちろん王都に向かわせる場合は北街道も南街道でもなく魔の森を突っ切らせてくれるよね?」

 クアドラード王国には東の端にある国境から西の端にある王都に向かうには二つのルートが存在する。
 南は平地の多い道。水の都が存在する上に広々とした土地から生産業が盛んに行われている。
 北は土地の起伏が激しいが、歓楽街などが存在する人の多い消費土地だ。

 しかし。その真ん中に、魔の森が存在する。魔物が多く、エルフが引きこもっている土地が。並大抵の冒険者は浅い場所でしか活動しない。緊急時にしか使われない短縮ルートである。

「あの、フェフィア様の事ですが」
「ん?」
「今、こちらにはおらず。彼には頼み事をしております。それで……」
「どこに?」
「……。──トリアングロに」

 その言葉を聞いてロークは顎に手を当てて考え始める。

「…………なるほどね」

 ロークはリアスティーン……リィンがやったるぞオラァと意気揚々と乗り込んだことを知らない。それを知っているのは目の前のヴォルペールなのだが、互いに情報を出す気がないので最短ルートで答え合わせは出来ないだろう。

「(トリアングロに何かをされ、クアドラード国内にいるのであれば魔法でどうにかするだろうけど、トリアングロにいるならそうでは無い。……だけど)」

 ロークはうっすら笑みを浮かべた。

「──万物の支え、命の足元、轟け、轟々たる命の潰える音を。空から、大地へ戻れ。還れ」

 莫大な魔力が足元から込み上げるように、ロークの手元に集った。

「〝メテオ〟」

 伝われ、我が脅威を知る者へ。

「なっ、一体何をして!?」
「トリアングロ王国では魔法が使えません。しかし、クアドラードで発動した魔法をトリアングロにぶつけるのであれば話が違う」

 ヴォルペールに心当たりがあった。視界を共有する魔法。未だに魔法は繋がっている。

「──殺る気で殺れ。私の子よ。私の友よ。そして死ね、我が敵よ」
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