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16.「面白そうな話だ。聞かせろ。」
しおりを挟む王宮ではいろいろな人間が働いている。下働きの使用人や侍従や侍女はもちろん、騎士や魔道具士、出入りする商会の人間や各省に出仕してくる貴族もいる。
そんな中でも居住を構えるのは王族だけで、彼らは王宮にある各宮で生活している。
三代前の国王の弟が興したバルシュミーデ公爵家の嫡男ルトガー・バルシュミーデは、自分でも気づいていなかった秘められた恋心の加熱によって少しおかしくなっていた。
ある日の朝早く、誰もがまだ出仕していないような時間に、現アスマン王家の一同が集う食堂に現れて彼はこう言った。
「アイブリンガー侯爵との結婚を認めていただきたい。」
王家とバルシュミーデ家は懇意にしていたし、覚えもめでたいので、彼の訪問は許され御前に通されたが、それでも皆、予期せぬ人の突然の登場に驚いた。
「ルトガー。婚姻云々の話は謁見室に持ってこい。今は勤務時間外だ。」
と、朝から血の滴るような肉を口に運びながら面倒くさそうに国王は言った。
「てかお前が婚約してるのアイブリンガーじゃないよな。」
と、気安い態度で王太子が続けた。すると、その言葉に興味を持った王は、少し乗り出しルトガーに言う。
「何? 面白そうな話だ。聞かせろ。」
こう見えて意外と恋バナが好きな国王は、ルトガーに座るよう促し、控えている侍女に茶を入れるよう目線を送った。
現国王は、とても豪胆な男だった。
戦があれば先陣を切り剣を振るい、向かってくる敵をなぎ倒す。魔道具の研究が好きで、開発局にも貢献するという聡明な面も持っていた。国民が貧窮していれば数年間税を免除し地域の農業商業に人手を裂く。私腹を肥やすだけの貴族からは根こそぎ爵位を取り上げ、国に民に貢献するものには報奨をはずんだ。
現在立太子しているのはそんな国王の次男であるラウレンツ。この男は父親の豪胆さを色濃く受け継いでいて、とにかく国民に目が向いている男だ。
それにひきかえもともといた嫡男は、たまたま生まれただけなのに自身が王族だということに胡座をかき、努力しない男だった。すでに廃嫡され平民となっている。生死は不明だ。
王家の中心がそのような人間なので、裏表がなく、民の生活を考え事業を運営し、自領での評判もすこぶる良く、物事に真摯に取り組むアイブリンガー侯爵は気に入られていた。
「俺は今、アイブリンガーが婚約者で、結婚を早めたいという意味で言ったのかと思ったぞ。」
「違いますよ父上。次期公爵が婚約しているのはフェーベ家の娘です。」
「フェーベだったか? あの歴史と財産しかない家か。」
「まあそうですが、公爵家の妃としては充分でしょう。」
「そうか。で、何故アイブリンガーが出てくる? あそこの女侯爵はいいな。気に入っている。」
国王は以前謁見した時のシュテファニを思い出してそう言った。彼女は、立ち姿が美しく、言うことにも芯が通っていて、それでいてさらに力強い目が印象的だった、と。
「そのシュテファニ・アイブリンガー侯爵ですが、昨日フーゴ・バーデン侯爵令息との婚約が破談になりました。」
「ほう?」
「侯爵の立場から入り婿が必要なので、私が立候補しようと思います。」
「次期公爵が入り婿とは面白いことを言う。」
「それは我が家の次男に引き継ぎます。ついでに、フェーベ家との婚約も引き継ぎます。」
「なるほどな。」
「それで問題はないので、許可を。」
「お前は王をも使うか。」
「必要であれば。」
バルシュミーデ公爵家は、国の暗部も引き受けている家だ。そこの次期公爵として育っただけあって、ルトガーは肝の据わった男だった。
相手が国王であろうが必要とあらば利用する。
今回の、シュテファニとの結婚は千載一遇の好機なのだ。逃すわけにはいかないと、いろいろ拗らせた頭で必死になっている。
「先に父に許可を得て動きやすくしようという魂胆か。」
「そうですね。あまりのんびりしていられないので。」
「正直だな。」
王太子に問われたが、それをそのまま肯定する。論争している暇はないのだ。
「それと、バーデン家に報復するので見逃していただきたい。」
ついでとばかりに、シュテファニに怖い思いをさせたフーゴに対して何をしてやろうか考え中のルトガーは、バーデン侯爵家が一応国の上位貴族であることからひと言断りをいれた。
「お前な……。いくら私的な場だとはいえ、いち侯爵家をどうにかするというのを黙認しろと俺に言うのか?」
「話を聞けば、あなたが何かしてしまうかもしれないので釘をさしただけです。まあ、何かをすると言っても、あの家の次期侯爵はまともなので、主に三男と両親に、ですけれど。」
「……と、言うと?」
ルトガーはことの次第を王に話した。朝食の場でするには些か不釣り合いな話題だったからか、王妃と王女は箸を置いて口元を拭った。
「な、なん、だと? 浮気をしていた挙句、ピーをピーしながら……? しかも親の指示だと聴取で言ったのか……!
あの華奢な女侯爵がそんな目に……それは、許せんな。」
結婚する前から王妃一筋の一途な王は、浮気は男の甲斐性だという古い風潮を嫌悪していたので、婚約者の浮気と聞いて目をつりあげた。
しかも婚約前から関係していた女と続いていた……ことに及ぼうとしていたのが露見した……屋敷の者の目をかいくぐり執務室の窓を破壊して侵入……ピーをピーしながら詰め寄られ……。
どれだけの屈辱を味わったか、怖い思いをしたか、情に脆い王はナプキンで涙を拭い、シュテファニに思いを馳せた。
「護衛が間に合って、ほんとうに、よかった……!」
「ええほんとうに……。」
「ザビ君、だったか? おい、宝物庫から何か護衛っぽいすごいものを選んで、至急贈ってくれ。」
王が指示すると侍従はすぐに動いた。
「そういうことならば、バーデン家は好きにしろ。」
「ありがとうございます。」
「あと、アイブリンガー侯爵だが……」
王は思案した。もともと彼女のことは気に入っていたが、そんな目に遭って傷心となれば、本人の気持ちが最優先だ。
ルトガーには、シュテファニに無理強いせず同意を得られれば婚約は認めてやる、とそう陳ずるのだった。
「では、それらを記した書面がこちらです。サインしてください。」
「……用意がいいな。」
王は、執務時間外だとぶつぶつ文句を言っていたが、ルトガーが、「シュテファニの幸せのためです」とか言うから即座にサインを記入した。
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後日、ザビの元には国王から、一本で宮殿が建つくらいの量の宝石がギラギラついた短刀が送られてきた。
「は? え、何で?」
差出人の欄にある『王より』という文字を見て「本物?」と、ただただ不思議がるザビだった。
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