友達の恋人

文月 青

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クリスマスが鬼門(?)だからだろうか。千賀さんの顔色はすこぶる冴えない。案内されたリビングで並んで紅茶を頂いている間も、こんなに素早く動く人だとは思わなかったと、ひたすらこめかみを押さえている。目の前のご夫婦はそんな私達に小さな笑みを洩らした。

「奥さんには頭が上がらないんだな、千賀」

千賀さんの会社の先輩であり、設楽さんのご主人である大和田おおわださんが、珍しい光景だと肩を揺らす。

「それどころか、辛うじて首の皮一枚で繋がってる状態です」

あらあらと今度は設楽さんがおかしそうに口元を両手で覆う。

クリスマスの昼下がり、私と千賀さんは設楽さんご夫妻が住まうマンションを訪れていた。本来ならば彩華を連れてくるべきところなのかもしれないが、私自身が初対面である上に、年末年始を控えた公私共に忙しい時期。突然お宅を訪問するのは躊躇われ、年明けの落ち着いた頃を見計らって、時間を作って頂けないか千賀さんに連絡を入れてもらったのだ。

「明日のお昼頃、奥さんと一緒にどうぞって」

これまでとは違った意味でぎくしゃくしながら、質素なイブの晩餐とお風呂を終え、何故か私と一緒にパジャマ姿でリビングの床に座っていた千賀さんが、スマホをコトリとテーブルに置いた。

「あっさりしていて、逆に肩透かしを食った気分だ」

千賀さんと同じ部署に勤務する五期上の大和田さんは、皮肉なことに彩華の教育担当に千賀さんを指名した人なのだそうだ。当然ながら千賀さんと設楽さんの関係や、彩華が犯した出来事を知っている、数少ない一人でもある。

千賀さんと彩華を引き合わせたことに多少責任を感じていた大和田さんは、千賀さんから相談を受けて、設楽さんを支える役目を担っているうちに、彼女の人柄に惹かれていったらしい。もっとも心に傷を負った設楽さんは、誰かと想いを通わせることを頑なに拒み、異性で一番親しい友達として認められたのが二年前。

「また……」

独り言ちた私に千賀さんが微かに眉を顰めた。彩華と上原さんがつきあい始め、私と千賀さんが再会したのもその頃。

「事の起こりは二年前、ということなんでしょうか」

偶然にせよ三組の男女が動いた時期。

「どうだろう。たまたまかもしれないし」

「ですよね。ところで千賀さん、寝室で休まないと風邪をひきますよ」

お風呂上がりに運んできた自分の布団を、千賀さんを追い払うように広げると、彼はしょんぼりと肩を落とした。

「灯里ちゃん、本気で別居する気なのか?」

やっと通じ合えたのに、とため息混じりに零される。

「何を今更仰いますか。ずっと家庭内別居を敢行してきた人が」

「だからそれは……分かった。じゃあせめて灯里ちゃんが寝室に」

「寝込みを襲われたら逃げ場がありませんので」

そんな真似ができるくらいなら、今頃中学生呼ばわりされていない……とか何とかぶつくさ言いながら、千賀さんは諦めて寝室に引っ込んだ。

「本当に良かったわ、千賀くん」

紅茶のカップをソーサーに戻して、設楽さんがしみじみと呟いた。小柄で細身な彼女と長身でがっしりした体格の大和田さんは、落ち着いた雰囲気の素敵なご夫婦だ。

大き目の窓から柔らかに届く十二月の光が、室内に温かな空気を醸し出して、座り心地の良いソファと美味しい紅茶に、初めての場所にも関わらず自然に寛いでしまう。

「このままずっと独身を貫くんじゃないかと、申し訳なく思っていたの」

何の落ち度もないのに、否応なく巻き込まれた筈の設楽さんは、自分のことよりも千賀さんの身を案じていた。ただ気のせいだろうか。怯えのような人を警戒する気配は見られない。

「あの、彩華が本当に……」

私は千賀さんと共に深々と頭を下げた。私の謝罪では意味がないかもしれないが、少なくとも彩華が二度と設楽さんの生活を脅かすことがないよう、彼女の望む処分を受けるつもりだった。

「つくづく大人しいだけじゃないんだね」

直後リビングに加わった声に、嫌な予感を覚えて面を上げる。

「上……原?」

名字を口にするなり千賀さんが絶句する。設楽さんと大和田さんが座るソファの背後に、にっこり微笑む上原さんが立っていた。

「盗み聞き似非脚本家がこんな所にまで」

うっかり洩れた本音に、上原さんは眉間に皺を寄せる。

「まさか「昼下がりの事件簿オフィス編その二」とか企んでます?」

懲りずに何か仕掛けに来たのかと、つい辛辣に切り返すと、静寂に包まれたリビングが次の瞬間笑いの渦に呑み込まれた。

「灯里ちゃん、やっぱり愉快だよね」

息も絶え絶えの千賀さんのみならず、向かい側のお三方もお腹を抱えている。

「上原さんが出てくると、ろくなことがありませんから。つい」

緊迫した展開だったのに、何故こんな状況が生まれているのだろう。しかも上原さんはいつから設楽さんの家に忍んでいたのだ。

「驚かせて悪かったね」

いち早く態勢を立て直した大和田さんが、眦を下げたまま私の方を向く。

「慶彦は俺の従兄弟なんだよ」

どうやら千賀さんも知らなかったらしい。私達は間抜けにもぽかんと口を開けていた。





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