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おとぎ話の表と裏

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ローランとシルヴィアから全て聞き終えたリサは一旦控えの間に寄り、シルヴィアの扮装を解いてからジルベールと2人でバラ園へ来た。

まだ足元がふわふわしている。この世界にやってきた初日以上に現実感のない話に、頭が追いついていない。

篝火が照らすいつものベンチに2人で座ると、ジルベールがメイド姿のリサの肩に脱いだ軍服を掛けてくれる。

「ありがとうございます」
「……黙っていて悪かった」

ジルベールは小さく頭を下げた。それに対しリサは首を横に振る。まだ混乱していて話がうまく飲み込めていない。

「ローラン様は、最初からシルヴィア様を知っていたんですね」
「あぁ。平和会議でこの国が議長国になった8年前、兄は父と一緒に会議に出るため初めてこの国を訪れたらしい」
「ジルは一緒ではなかったんですか?」
「俺はその頃、騎士の養成士官学校に通っていた。兄が国を継ぐと疑いもしなかったから、あまりそういった会議には出てこなかった」
「じゃあ公爵様はローラン様のお顔を知っていたはずでは?」
「兄が会議に出たのは15の時に1度きり。さすがの公爵も侍従姿をしていればわからないだろうと思ったんだ」

ジルベールは「これからは外交や執務ももっと学ばなくては」と独り言のように呟く。国へ帰ってからのことを考え奮い立った。リサを手に入れるためなら一旦剣を置き、苦手な執務にも真摯に取り組もうと心に誓う。

「驚き過ぎてしまって、まず何からびっくりしたらいいのか……」

リサは自分の胸に手を当ててゆっくりと深呼吸をする。手に伝わる鼓動はエプロンワンピース越しにも大きく感じられ、全力疾走した後のように早い。


ジルベールの従者だと思っていたローランは、彼の3つ年上の兄。つまりラヴァンディエ王国の第一王子だった。

ローランは自身が15歳の頃に訪れたこのレスピナード城で、バラ園で無邪気に土仕事を手伝うドレス姿のシルヴィアを見て一目惚れしたという。

『大広間のテラスから見たまだ9歳のシルヴィアは、まさに天使そのものだったよ』

先程ローランが語ってくれたのは、シルヴィアがリサと共にバラ園で庭師の仕事を手伝っていた姿を、会議の休憩中に盗み見ていたという昔話。

ある日レスピナード公爵の1人娘、シルヴィアの花婿候補に弟が選出されたと聞き、記憶の彼方に押しやっていた過去の初恋が鮮明に蘇ってきた。

もう1度シルヴィアに会いたい。話をしてみたい。その一心だった。

ローランは弟のジルベールがこの縁談を断るつもりでいたのは知っていた。もしもシルヴィアが見た目に違わず素晴らしい女性だったなら、なんとか自分が彼女の夫になれないだろうか。

レスピナード公爵が探しているのは、公国を娘と共に継ぐ婿入り出来る男。第一王子であるローランに彼女との縁談は来ない。

しかし、弟のジルベールは優秀な男だ。自分がレスピナード公国に婿入りし、弟がラヴァンディエの王位を継ぐ。ジルベールはシルヴィアに興味がないようだし、このシナリオならば万事解決。

レスピナード公爵としては王子のどちらだって構わないはずだし、父王は最初は憤慨するだろうがジルベールの優秀さは分かっているはずだ。きっとうまくいくに違いない。

そう考えたローランは居ても立ってもいられず弟を説得し、従者のフリをしてここまでやってきた。国王である父には何も告げず、手紙のみを残してきた。

次々に明らかになる事実に、リサは相槌も打てずにただ聞き入るしか出来なかった。頭の片隅で、馬車の中で芝居を打ちに来たと言っていたのはこの事だったのかと小さく納得した。

「まさかシルヴィア様が知っていたなんて……」
「俺たちが街に出ている間に、兄はシルヴィア姫に全て打ち明けたそうだ」

ふわっと生温かい夜風が吹き、バラの甘い香りが漂う。ジルベールが軍服を掛けてくれたおかげで寒さは感じない。

リサはシルヴィアとの会話を思い出し、ため息を吐いた。

『ねぇリサ。ジルベール様をどう思う?』

ジルベールと内緒で街に出た翌日、シルヴィアに彼の印象を聞かれ大いに戸惑った。

結婚に否定的だったシルヴィアがジルベールを観察して主張を変えたのだと、彼女もジルベールの魅力に気が付いたのだと、胸が潰れる程痛んだのは記憶に新しい。

『どんな相手にも分け隔てなく接する大きなお心もお持ちのようだし。ちょっと女性が苦手なようだけど、彼ならきっと幸せにしてくださるわ』

あの言葉はリサを思ってのことだったのだと、ようやく理解した。きっとローランからリサとジルベールが惹かれ合っているのを聞いたのだろう。

入れ替わりをしていたリサやシルヴィアを闇雲に責めなかったし、爵位を持たぬ平民のリサにも態度を変えることはなかった。きっと彼女はそのことを言っていたのだ。

ローランは謁見の間でメイド服姿のシルヴィアに気が付き、リサと入れ替わっていることを早々に見抜いた。

何の目的があって侍女と入れ替わっているのか探ろうとシルヴィアに近付いたローランは、彼女の可憐な容姿と天真爛漫な人柄に心を奪われる。彼は自分の身分を明かさずに、シルヴィアに求愛した。

一方のシルヴィアも、ジルベールの人となりを聞くべくローランに近付き話すうちに、彼の穏やかな人柄と優しさに惹かれていく。公爵家の姫と王子の従者という身分差があると理解しつつ、その愛を受け入れたシルヴィア。

ローランは心も美しい女神のようなシルヴィアと結婚したいと、彼女に自分の身分を明かしたのだった。

それが、リサがジルベールに指輪を贈られた夜のこと。

リサとジルベールがバラ園で逢瀬を重ねている裏で、シルヴィアとローランもまた急速に惹かれ合い恋に落ちていたのだ。

その話を聞いて呆然とするリサに、シルヴィアは言った。

『たとえ従者だったとしても、ローランは私にとってたったひとりの王子様だから』と。

その言葉を聞いて、リサはハッとした。

(あれ? その台詞、もしかして……)

そうだ。ずっと絵本のストーリーから外れてしまったと自責の念に駆られていたリサだが、シルヴィアの視点で見てみれば、何も変わっていないことに気付く。

シルヴィアは侍女のリサと入れ替わってメイド姿で従者姿のローランと出会い、ローランは従者の恰好のままシルヴィアに求愛。

身分差があると知りつつも彼の愛を受け入れると、実は彼は王子様だった。

まさにリサのお気に入りの絵本『私だけの王子様』のストーリーそのままではないか。


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