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番外

リアの花を踏んで 前編

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 蛇の魔王ことディランと和解? したのかな……したようなしていないような……とオリビアは早朝、窓際の椅子に座って外を見ながら考えていた。
 涼しい初夏の風がレースのカーテンを優しくたなびかせ、オリビアの青い髪を吹き流す。
 窓から見下ろす庭は、古薔薇で満開である。
 ディランのあさってな執着を考えるに、庭の薔薇をベストポジションで見られる特等席ならぬ特別な部屋にオリビアは割り当てられているようだ。
 オリビアが千人後宮に入った当初からこの部屋なので、言外アピールが激しい……ツンツンしたことを言っていたのに、アクションが全部裏切っていて、一貫していないが過ぎる、おもしれー男、ディラン。オリビアも俺様なところがあるので、割れ鍋に綴じ蓋なのかもしれない。知らんけど、とオリビアは物憂げである。
 しまいには、泣き落としで、なんやかんやこう……共寝してしまった。オリビアはいいのだが、ディランの性癖ねじ曲がり具合が、どうにもオリビアの目を遠くさせる。
 趣味悪いよね……と彼女は外を見ながらしみじみ思う。オリビアならオリビアを選ばないけれど、ディランはオリビアお嬢様に幼少時からの並々ならぬ執心を抱いている。いまだに初恋継続らしい。
 執念深いというか、かわいそうというか。蛇の性なのかもしれない。一度執着すると、蛇の化生は執拗と聞く。
 まあそれはともかく、初回から蛇プレイとか素人にはハードだったな……玄人でもしないか……と彼女は物憂げに溜息を吐くと、長いまつげを伏せた。
 あの後、また反乱が起きて、ディランは普段慇懃無礼なくせに、「——クソ!」と口汚く罵り、その後ちょっと涙目になって、めちゃくちゃしんどそうに出征していった。
 オリビアは下半身蛇にとぐろを巻かれて挿入される精神的ハードプレイがたたって、その後ダウンしたのでよくわからない。優しくされたとは思うが、ディランがいっぱいいっぱいで、興奮し過ぎてなんかもうわやわやだった。初交尾の犬でもああはならんやろ、というくらい興奮してぐちゃぐちゃになっていた。ディランが。蛇下半身を巻きつけ、蛇の胴体をくねらせ、身悶え、ゆすり立てながら誤射しまくっていたし、顔は真っ赤だし、白濁をオリビアの太腿に吐き出してはまた興奮して擦ってくるし、泣き出すし、立場逆じゃね? と思うオリビアだ。どんだけオリビアお嬢様が好きなんだよ、なんで好かれてるんだ、わけわからん、となってしまう。
 で、半月ほどまたディランは不在である。
 オリビアを殺そうとしたくせに、やたら居室に入り浸りしてくる女魔族ふたりが、最速で討伐なさって、そろそろ帰っておいでなので、しっかり準備するように! とめっちゃ五月蠅い。
 はあ、とオリビアがやる気のない返事をして、ぶち切れられるまでがもう様式美になっている。
 ふたりが五月蠅いからというわけではないが、オリビアもディランのことが好きなので、帰ってきたらなんかこう喜ばせるようなことしたいなあ、とは思っていた。
 後ろ髪を引かれるように半泣きで、半裸に衣をまとって慌ただしく出て行ったし、本心から行きたくなかったのだろう。
 色々労わって、よしよししてもいいなら、そうした方がよいのだろうか。
 などと考えていたら、ディランが帰って来たらしい。
 先触れが来ると同時くらいに、飛ぶような勢いでディランがバーン! と扉を開けて、オリビアの顔を見ると、急に俺はなんとも思ってませんけど? みたいな態度でつんとしながら、「ただいま帰りました」と言った。
 先触れに仕事させてやれよ、とオリビアは思ったが言わなかった。

 ディランは黒い毛皮の外套を翻し、つかつかと居室を歩いて、窓際のオリビアの数歩前くらいに立った。
「俺がいなくて、自由を満喫していたわけじゃないでしょうね」
 扉バーン! したくせに、嫌味を言ってくる。というか、ディランがいようがいまいが、自由は満喫してよかろう、とオリビアは思う。
 オリビアがどうしたものかと考えて返事をしないので、勝手にディランはそわそわしだした。犬だってもうちょっと待てができる。
「別に、あなたがどうしようがあなたの勝手ですが……」
「それはそうね」
 オリビアが本心から真顔で同意したので、ディランは黙ってしまった。自分でもしょっぱなから嫌味失言したと思っているらしい。舌打ちしそうな顔で、視線を逸らし、赤い目で足元を睨みつけている。
 オリビアはとりあえず立ち上がり、薄絹のショールを両腕に流しながら、「おかえりなさい」と返した。
 ディランが足元を見つめたまま、凍りついたように固まる。
 オリビアはとりあえず考えていた計画を話そうと口を開いた。
「大変だったのでしょう。帰ってきたら、私、言いたいことがあって」
「今更嫌だと言ってもなかったことにしませんし、帰しませんから」
 いきなり早口で遮って来るおもしれー男、ディラン。違う違う違う、そうじゃないんだけど。オリビアがぽかんとする間に、ディランはじわっと涙で水膜を張りながら、つけつけ嫌味混じりの怨嗟を弾丸のように言い始めた。
「お、俺のこと、す、好きって言いましたよね? 絶対言った。今更言ってないとか気が変わったとか、う、うけ、受けつけませんから。おれ、俺が反乱鎮圧している間に、こころ、こころ変わりするなんて、ひど……酷いんじゃないですか……またあなたは俺を弄んだつもりなんでしょうけど……べ、別に構いませんよ。あとから何を言ったって、俺の知ったことじゃない、あなたは一度俺を、す、好きって、言ったんですから、責任、責任取ってくださいよ」
「わかった、わかったから、違う。心変わりとかそういうのじゃない。落ち着きなさい」
 ディラン、と静かに呼ぶと、いじめられた仔犬だって、そう恨みがましい目はすまいという感じに、ディランが睨んでくる。
 先走り過ぎだろう。
 大体責任取って下さいよ、って妊娠リスクのある私の台詞では? とオリビアは内心思ったが言わなかった。
「そうではなくて、大変だったでしょうし、何か私にあなたをいたわって喜ばせることができないかと思って。お金はないから、身一つだけれど、何か私に望むことがあれば言ってくれれば聞くわよ、と言おうとしただけよ」
「え。あ……ああ、そうですか……」
 自分の先走りに気づいたのと、何か名状しがたい気持ちになったのか、ディランは顎先を拳でぬぐうような仕草をした。玲瓏な美貌なのに、汗びっしょり感が凄い。
 じゃ、じゃあ、とかなり長い間ディランは口をもごもごさせていたが、「あの、あなたが」と口を開いた。
「あなたが、以前、リアの花を摘んで、自分に求婚してみせろと俺に言ったでしょう」
 あ~、そんで、求婚のままごとをさせておきながら、叩き落して、従兄弟の言うこと聞くガイたちに踏ませたやつね~とオリビアは内心顔色を青くした。なんでそれ持ち出すし。そもそもリアの花は神木の花で、勝手に摘んだら折檻されるのを織り込み済みで、そういう無理難題を出したオリビアである。我ながら酷い。ディランを支配することで、彼の気持ちを弄び、彼のすべてを手に入れたような万能感と得も言われぬ高揚感に酔いしれたのだ。いやもう本当に酷いね、言い訳無用過ぎる。
 ディランはオリビアと目を合わさずに、また足元をじっと見つめながら、「あれ、やり直させて、下さい……」と苦痛を思い出すように、搾り出すような囁き声で告げた。
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