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第6章 海の巡礼路(東洋編) フランシスコ・ザビエル
緑の島で待つこと 1545年 セイロン島(スリランカ)
しおりを挟む〈フランシスコ・ザビエル、アルフォンソ・デル・ソーザ総督、フランシスコ・マンシラス、セサル・アスピルクエタ、ジャフナ王、コタ王〉
私たちはセイロン島コロンボに上陸することになった。1545年2月のことだ。
コロンボに上陸したのはポルトガルが商館を建てていることによる。商館は主にシナモン(肉桂)と宝石の取引を扱っていた。シナモンは血の巡りをよくするということで、ヨーロッパで古くから珍重されていたのだ。シナモン(セイロンニッケイ)は大きな木ではないので目立つわけではないが、歩くうちにすぐそれとわかるようになった。この木の樹皮を剥いだものがシナモンと呼ばれている。宝石の方は、この辺りで産出されるルビーが珍重されていたが、扱い量はそれほど多くなかったのではないかと思う。あと、対岸のインドと同様に、真珠が採取されていた。
「緑が濃い土地」だというのが、私がまっさきに抱いた印象だった。インドも緑は濃いのだが、ここはさらに樹木が生い茂っているように思う。何よりも、高い山々が島の中央にいくつもそびえる姿が壮観だ。この山の恵みが島を潤しているように思えた。
私はこれまで、マンナル島やコタの悲しむべきできごとについて語ってきたが、もう少しセイロンのことについて話そう。
セイロン島は昔から旅行家が訪れており、ヨーロッパにも広く伝えられている。12世紀にはかのマルコ・ポーロも来島し『東方見聞録』に記録している。また、14世紀にはイブン・バットゥータが訪れており、『三大陸周遊記』に書いている。
また、アントニオ、あなたの国の大航海家、鄭和(ていわ)も前世紀(1410年)にやって来たのだったな。それで、明国と朝貢関係(ちょうこうかんけい)を持つこととなった。
そのように、海の道、陸の道を問わず多くの人がこの島を訪れてきた。私たちもその列に連なったというわけだ。
この島には3つの大きな勢力がある。
山間(やまあい)を含む中央部にキャンディ王国がありその名の通り、キャンディを王都としている。低地にはコタ王国、北部にはジャフナ王国がある。ポルトガルはコタにあるコロンボに商館を置いていたが、ゴアやコーチンの要塞都市のように磐石なものではなかった。なので総督が艦隊を派遣し、コタもジャフナも攻略するつもりでいるのだ。
ここにはヒンドゥー教やイスラム教と異なる宗教がある。仏教だ。アントニオ、あなたならばよく知っているだろう。この島ではキャンディ王国を中心にして仏教が篤く保護されている。歴史のある仏教寺院がいくつもあるという。コロンボから30レグア(約150Km)東に行くと、洞窟を利用した黄金の寺院もあるという(ダンブッラ寺院)。
そのような話を聞きながら、私は仏教という初めての宗教について思いを馳せていた。セサルも同様で、私より熱心に、「どのような宗教なのか」と商館に出入りする人に尋ねていた。仏教では王も平民も分け隔てをしないという。そして、幼少から信仰の道に入ることを推奨している。原始的なヒンドゥー教の影響から生まれたということだが、元とはまったく違うものだそうだ。以降、独自の発展を遂げて、東アジア、東南アジア一帯に広まっているのである。そう、世界に名だたる大国、中国も元は仏教国だ。
セサルの興味は尽きなかった。答える方が窮しているので、少しかわいそうに思えたほどだ。
彼は幼少の頃からキリスト教の教え、聖書も歴史も教理もすらすらと覚えてきたはずだ。ずば抜けて優秀な子どもだっただろう。それでなければ、いくら教皇の息子だからといっても10代で枢機卿(すうきけい、すうききょう)になるのは難しいだろう。私から見ても、彼の思考判断能力は年老いてもなお高い。そして子どものように好奇心が旺盛だ。
「興味津々なのですね」と私はセサルに言う。
セサルは私の言葉にふっと顔を向ける。
「ああ、自分はすべて分かっているような気になっていたのだが、いや、とんでもないな。こればかりはローマ辺りでじっとしていたら、気づく機会のないことだ」
「あなたは初めから宣教師になったらよかったのでは?」と私は微笑んだ。
「ああ、聖職は大昔に返上してしまったからあり得ない。それぐらいはわきまえている」
私たちはソーザ総督が艦隊を派遣するのを待っていた。キリスト教に改宗した王子を処刑したコタのブバネカ・バフ王に対してポルトガルがなにがしかの行動を実行するのをーーである。ただ、私たちは艦隊が姿を現すまでにできるだけセイロン島を回って地形だけでも知っておきたかった。それなので、コロンボには長居せず、セイロン島を北上することにした。コタ王国、キャンディ王国を越えて、北部はジャフナ王国の領地となる。この辺りはポルトガルがまだ拠点を築いておらず、情勢がよくわからなかった。
総督の艦隊が早くやってくれば、堂々とこの島を横切れる。
私は知らせを待ちながら考えていた。
総督が艦隊を率いて来なければ、陸を縦横無尽に動き回ることができないのだ。ところどころ上陸してほんの少しだけとどまるだけだ。今は宣教のための下調べのようなものだ。
このとき、セサルに私が告げた言葉を反芻(はんすう)していた。
私は、おしなべて聖職者はみな神のしもべである。しかし、現実的には王なり政治情勢に従わざるを得ない。戦争ともなれば……自国の戦争ならば動きかたは定まるだろうが、異国ではどこにつくのかを決めるのもたいへん難しい。どこで判断し、調整していくべきだろう。
私が考え込んでいるのを見て、セサルが聞く。
「悩んでいるのか」
「いや、悩んでいるのとは少し違うのですが……考えています」と私は素直に答える。
「E 'bene per te pensare. Spesso ho aspettato molto. Durante quel periodo stavo pensando.」(考えるのはよいことだ。私もずいぶん待つことが多かった。その間はずっと考えることにしていた。)
「Quindi comprendi un sacco di cose. 」
(だからあなたはいろいろなことがよくわかるのですね)
「いや、わからないことだらけだ、フランシスコ。だから面白い。アレクサンドロス大王も東征のときには同じように分かっていなかったはずだ。そう思うと、人間というのは変わったようでもあるし、変わっていないようでもある」
「あなたにしては、断定的ではないですね」と私は微笑む。今度は、セサルが思案顔になる。
「フランシスコ、艦隊はそうそうお出ましにはならないだろう」
不意にセサルが言ったことばに、私は衝撃を受けた。セサルはまっすぐに私を見て言う。
「コロンボ商館の官吏はあいまいにしていたが、近辺の警護の様子を見ても、すぐに軍事行動が行われる気配はない。艦隊で寄せて来るのであれば、それ相応の準備が必要だ。斥候は当然多く出しているはずだ……。思うに、ソーザ総督はコタ王ともジャフナ王とも交渉しているのだと思う。総督には切り札がある。ポルトガルの国教であるキリスト教徒の殺害という切り札だ。それを持って貿易の取扱品や権利を拡大、増大させるか、商館ではなく要塞を築こうというのか……そんなところだろう。交渉が首尾よく進んでるならば、艦隊を動かすまでもないだろう」
私は身体の力が抜けるのを感じた。
ただ、それはひどく正しい見方だった。
「最悪の場合はそのように考えるべきだということだ。もちろん、そうならない場合もある。待たなければならない時間というのは誰にでもあると思うが、その時間は神が私に与えてくれた贈り物だと思う。その間、あれやこれやとやきもきするのは無駄だ。その代わり、起こりうる最悪の場合まで十分検討して、いかようにでも対処できるよう考えていればいい。あとは……そうだな……政治とか軍事の世界にあっては、朝令暮改(ちょうれいぼかい)はありふれたことだ」
セサルはそう付け足した。
◆
私たちは、船に従ってセイロン島を北上し続けた。一ヶ所に留まってキリストの教えについて話をする時間はなかったが、漁師にとっても春先まで話を聞く暇などないということだった。運よく双方の都合がだめだったというわけだ。
そして、セイロン島の信徒が殺されたマンナル島に赴いたが、島人の口はたいそう固く、話を聞くことはできなかった。仕方がないことだ。私たちはあまり長く逗留せずに対岸のインドに戻った。
マンナル島と接しているインド東岸の土地、ネガパタンに着くと、私たちはポルトガル要塞の中にある聖堂を訪れた。すると、私たちにとってたいへん嬉しい知らせを告げられた。ソーザ総督みずからも船に乗り、コロンボを目指しているという。もうすぐ、ネガパタンに姿を現すだろうというのだ。
私は飛び上がりそうなほど喜んだ。
やはり、総督は実行したのだ。
ただ、どうしてもことが順調に運ばないらしい。とんでもない事態が起こったのだ。ソーザ総督の艦船がセイロン島のジャフナに向かう途上で座礁し、これから外交する相手であるジャフナ王の手下に積み荷を奪われたという。
これは大事件だった。総督が無事だったからいいようなものの、もし何かあったら……背筋が寒くなったよ。この事件はすぐにネガパタンの長官にも直ちに知らされ善後策が検討された。セイロンに艦隊が赴くのはいったん中止された。
この件に私はまったく関わっていないのだが、この件で私はひとつ決心を固めた。
インドで宣教活動を拡大するのはしばらく様子を見るべきではないか。
ポルトガルがどのように動くか、その行く末を知らせてもらったら、本格的に次の地に渡るように準備を始めよう。
私たちはネガパタンで、1545年の四旬節を過ごすことにした。そして、フランシスコ・マンシラスにも、現在私が考えていることを知らせようとペンを取った。本当はマンシラスと直接話がしたかった。手紙では間が長く空いてしまうし、「やりとり」ができなくなってしまう。でも話をする機会はなかなか訪れなかった。彼はイエズス会員の中で、唯一私と同様の活動をしているのだ。話したいと思うのは自然なことだろう。
それは宣教師にとって通過するべきある種の試練ーー淋しさという感情の為せるわざなのだが。
◆
「フランシスコ、もしさしつかえがなければ、ここネガパタンから北に出て、サン・トメまで足を伸ばさないか」
四旬節も過ぎる頃、セサルが私にそう聞いてきた。
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