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179.3本目

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「馬鹿なのか?」
「何がじゃ?!
我はこれでも最高位に位置する神ぞ?!」

 蓮香の言葉に神が怒るが、それを見て蓮香は大きなため息を吐いて一吸いしてまた息を吐いた。

「転生した時点で娘はもう鬼逆蓮香の娘じゃないし、そこに私は何の魅力も感じないに決まってるだろう。
神みたいに魂の在り方を気に入ったりするんじゃないんだけど?」
「し、しかしそなたは詩に、レンはリスティッドに····」
「そうだけどさ、だからって朔月の息子として支えられたわけじゃないし、私やレンとその2人の関係は全く違うんだよ。
人間なんて俗物的、刹那的、自分本位の生き物だ。
だから神となんて相容れないし、だからおたくらは愚かな生き物を哀れんで、時には手を貸す。
朔月だって神じゃない。
神和だけど人間だし、あれはあれで好きに生きたから自我が消えてく事を普通に選んだんじゃないの?」
「それは····」
「そもそも、リスティッドは私の祖父として転生してても結局私の支えにはなっていない。
今世の娘可愛さに孫の私を犠牲にした張本人があの祖父だ」

 待ってくれ、今何て言った?!

 俺達の戸惑いをまるで無視して2本目を処理して3本目に火をつけた。

「大方この世界からあっちの世界に魂を戻した時の代償が朔月やレンとの記憶の削除だったんじゃない?
逆にあっちの世界からこっちの世界に魂だけで渡った代償が朔月火炙りにした時も含めた記憶を保っての転生、とか?
ゼノやおたくらが考えそうな贖業だよな。
もちろん前世の業があれば今世に引き継がれる因果もある。
だから詩の方は前世の記憶がなくても私に執着した。
でも祖父は違ったし、孫にやらかした事でまた違う業を魂は背負ったんだろうけど、朔月からは遠ざかった。
それがおたくらが定めた因果律だと思うけど?」
「そなたは····何をどこまで視て、推察しておるのか····」

 神はただただ啞然としている。

 俺達も神ほど内容を理解してはいないが、とんでもない事実だという事だけは察っしてしまう。

「仮にも神になろうかとしてるなら、神に勝るとも劣らない程度の力を持ってても不思議はないだろう。
ただし、身の程はわきまえてるつもりだ。
人の身で神になれるほどの力がないのももちろんだし、神って領域から力を貸してくれた相手に不義理は絶対しない」

 言い終わると訝しげな顔の神を見ながら一吸いする。

「どういう事じゃ?」
「ゼノだよ。
ゼノの行動原理はかつて朔月に救われたからだけど、私の望みをきいて自分の世界に招いたのはちょっとした気紛れと他ならない善意だ。
もちろん絶望した朔月の願いをきいて親之と鷹親を自分の世界に連れてったまでは、ゼノの恩返しだった。
ぶっちゃけそれで終わりで良かったんだ。
だから私の最後の望みをきいたのは恩返しとは違う。
だから私はこの世界から勝手に出るつもりもないし、そもそも心残りはそれなりにあってもおたくらの世界にも、娘にも執着まではもうない。
おたくも、1人立ちした別の世界の創造主への不義理の働きかけなんかしてんじゃない」
「それは····しかし····我はそなたを手放したくなかったのじゃ」

 しょんぼりと肩を落とす神に蓮香は冷めた目を向ける。

「それまで暇潰しのいい玩具扱いしといて、失ったら地団駄踏むのは子供がする事だ。
本当に失いたくないなら最初から大事にしてれば良かったんだよ。
それに言っただろう。
後悔は全くない。
生きてる人間が等しくできる事なんか、死んだ時にどこまで後悔せずにいられる行動を取るかなんだと私は思ってる。
心残りは若くして死ねばそれなりにあって然るもんだし、だからって後悔とは違う。
私は精一杯足掻いて生きて、何にもしてくれなかった鬼逆の祖父と神継の叔父使って父親夫婦とあの異母兄に一泡吹かして、娘もこれでもかってくらい溺愛しまくって、幸か不幸か娘の病気に効果ありそうな薬を作れて、最後に死の縁に立ってる娘を信頼できる天馬と詩に託して後悔なく死んだ。
それが私の全てだ」

 朔月と同じなんだな。
蓮香も晴れやかな顔をしている。

「ほんに、そなた達は····結局魂は同じという事じゃな。
そなたを、その魂を我の世界から失ってしもうたは我の因果。
創造主である我が我の世界の理を曲げるわけにもいかぬか」
「ま、そういう事だ」
「ふん、つれぬそなたなどもう良い。
ちょうど吸い終わったようじゃし、さらばじゃ」
「待て。
残りは元の所に返しとけ。
残りは詩香が結婚した時と子供産んだ時ってのが天馬との約束だ」
「神使いが荒いのじゃ」
「はいはい、ありがとう。
ゴミはこっちで捨てとくから、よろしくな」

 細い道具をカシャリと箱にしまって投げ渡す。
それを受け取るとくるりと踵を反して空間に溶け込むように消えた。

 すると壁が消え、一瞬で元の風景に戻った。
いつの間にか伴侶もベッドに戻っている。

 雪火だけは蓮香の横に突き刺さったままだったが。

「ヨハン!」

 蓮香の脇をすり抜けて前国王がベッドのヨハンに駆け寄る。

「ヨハンは助かったのですか?!」
「え、今のまんまで助かるわけないだろ。
あっちから引っさげてきた鬼を浄化しただけだし、このまま静かに衰弱して死ぬ」
「そん····いや····そう、ですか」

 一瞬非難しようとしたんだろうが、寸前で思いとどまった。

「私が何もしなければな」
「····どういう」
「なあ、ヨハンからあっちの両親については何か聞いてる?
あの2人が死んだからこっちの世界に来たとか?」
「いや、そんな事は····。
置き手紙をしてこちらに来たと····」

 不機嫌さを全く隠す事のない様子の蓮香に戸惑いながら前国王が答える。

「そう。
お前はそうするって知っててヨハンをこの世界に呼んだ?」
「····はい」

 その言葉に蓮香は大きくため息を吐いた。

「助けたいなら避けるな、邪魔するな」

 言うが早いか刺さった雪火を抜いて前国王の頭に振り下ろす。

 バキッという鈍い音が響いた。
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