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待ち続けた孤独の魔法人形
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事の発端は今から約二百年前に遡る。
『賢者』と呼ばれた天才魔術師、グスタフ・スノーデンは魔術馬鹿で、屋敷に籠りひたすら研究に打ち込んでは新しい魔術を作る日々を送っていた。
ある日、とある研究に必要な素材を集めに他国へ赴いた先で、アウレーリオと出会い一目惚れし、口説き落としてこの屋敷へと連れてきた。
それからは幸せな日々だった。グスタフは研究者によくありがちな寝食を疎かにする生活だったが、アウレーリオが来たことで共に食事をとったり語り合ったり共に眠ることで心身共に健やかになっていった。そのおかげで研究も以前に比べて捗るようになり、益々成果を上げていくようになる。
アウレーリオは魔術のことに関してはさっぱりだが、愛し愛されることを知り、二人で過ごすこの生活がとてつもなく幸せだった。しかも屋敷の大体のことはグスタフの浄化魔法でなんとかなってしまう為、アウレーリオは主に料理をするだけでよかった。
この屋敷の一角が畑になっていた。グスタフは天才魔術師ではあるが、家事能力は皆無だった。料理も出来ない為、近くの街へと向かい食事を買う。だが研究に打ち込むと食事をとることはない。空腹に耐えられない時にすぐ食べられるよう、畑を作っていたのだ。
魔道具で完全に管理された畑には、様々な野菜が実っている。アウレーリオがその野菜を使って料理を作った時、グスタフはいたく感動した。
それからはアウレーリオの要望を聞き、畑で栽培する野菜の種類を増やした。その畑は二百年経った今でも、アウレーリオの管理のおかげで正常に稼働している。そして肉や魚なども大量に買い込み、それを時間停止の魔法をかけた食材庫に保管しておいた。それにより、アウレーリオの食事は更に素晴らしいものになった。
二人が幸せな日々を過ごしていたある日、この屋敷の近隣で特殊な病が発生する。ただの病なら問題ないのだが、今までにない新しい病が突然発生し原因も掴めず特効薬もない。しかも人や動物、魔物問わず感染するため、人の集落から離れたこの屋敷にも魔の手は伸びてきた。
そして最初にアウレーリオが感染した。
屋敷全体には浄化魔法がかけられている。アウレーリオが感染した病の元は、浄化魔法では効かないことがわかった。
グスタフはアウレーリオの体液や血液を調べたが、すぐに原因が掴めなかった。だがグスタフは諦めず研究を続けたおかげで、病は魔力量の多いものがかかる特殊なものだとわかった。
アウレーリオは知らなかったが、かなりの魔力量を持っていたのだ。それでこの病に感染してしまった。
だがこの病の原因を突き止めるのにそれなりの時間がかかってしまい、既にアウレーリオの病が進行し危ない状態だった。
初めは咳が出る程度だったのだが、今では激しく咳き込み血を吐くまでになっている。そして体全体が痛みを上げるようになっていた。
原因がわかったことで特効薬の処方箋も出来た。すぐに取り掛かり調合したが、薬を完成させる事は出来なかった。
使う薬草は希少で扱いも難しい。初めての調合は、いくら賢者と呼ばれたグスタフであっても難しかったのだ。そして屋敷の中にはその薬草はもう既にない。入手もこの国では出来ず、寒冷地である隣国まで行かなければならなかった。それでは到底間に合わない。
もうアウレーリオを救う事が難しくなってしまったのだ。
だがグスタフはアウレーリオのいない人生など考えられなかった。彼を救えないなんて認めたくなかった。だからグスタフの取った行動は、アウレーリオを仮死状態にし魔道具で眠らせることだった。
そして特効薬が完成次第、仮死状態から蘇らせアウレーリオを救う。
そのためには大がかりな魔道具を作らなければならないが、賢者と呼ばれる天才魔術師ならば可能な事だった。アウレーリオに状況を説明し、不眠不休で魔道具の大型装置を作り上げた。
「アウレーリオ、君の魂をこの魔法人形に移そうと思う」
グスタフは大型装置の魔道具だけではなく、アウレーリオに瓜二つの魔法人形も作っていた。その人形が動くために必要な原動力はアウレーリオの魂。魔力は誰しもが持っているが、その魔力が主に宿っている場所が魂なのだ。魔石での稼働は魔石内の魔力が枯渇すれば止まってしまう。そのため、アウレーリオの魂を移すことが必要だった。
それをアウレーリオに説明すると「わかりました」と微笑んだ。
「それから君を無事に蘇生するまで、君の記憶を封じておく。私はしばらく隣国へ向かい薬草を採取しなければならない。その間君は一人きりだ。寂しい思いをさせたくはない。全てが終わる時、君の記憶の封印を解く」
薬草の入手場所はわかっている。だがその場所はかなり遠く危険な場所で、自生している箇所もそう多くはない。正直いつ頃戻って来れるか見通しがつかなかった。
「大丈夫です。わたくしはグスタフ様を信じていますから」
それからグスタフはアウレーリオを仮死状態にし、大型魔道具の箱へと寝かせ装置を起動させた。それと同時にアウレーリオの魂を魔法人形に移し記憶を封印する。
無事に魔法人形の正常な稼働を確認したグスタフは、薬草の採取に一人隣国へと旅立った。
そして無事に十分な量の薬草を採取出来たが、それにかかった期間は二年。その二年の間にグスタフも例の病に感染しており、薬草の採取に無理をしたためかなり病状が進行してしまっていた。
なんとか屋敷に戻って来たものの、これから特効薬の研究、調合をするには時間が残されていない。だが病や薬に関することは国にも報告は済ませてあり、そちらでも同じく研究は進められている。グスタフほど優秀な人間はいないが、薬が完成するのは時間の問題だろう。
グスタフが自分の手でそれが出来なかったことが心残りだが、致し方ない。
「アウレーリオ、すまない。君をかなり待たせてしまう事になるだろう。どうか、どうか待っていて欲しい。必ず僕は戻ってくる」
「はい。わたくしなら大丈夫です」
魔法人形のアウレーリオは、人形らしく無表情。返答は返してくれるが、心を伴わないただの返答。グスタフはそれを理解していたが、魂の奥深くでアウレーリオが笑って見守ってくれているような気がした。
『賢者』と呼ばれた天才魔術師、グスタフ・スノーデンは魔術馬鹿で、屋敷に籠りひたすら研究に打ち込んでは新しい魔術を作る日々を送っていた。
ある日、とある研究に必要な素材を集めに他国へ赴いた先で、アウレーリオと出会い一目惚れし、口説き落としてこの屋敷へと連れてきた。
それからは幸せな日々だった。グスタフは研究者によくありがちな寝食を疎かにする生活だったが、アウレーリオが来たことで共に食事をとったり語り合ったり共に眠ることで心身共に健やかになっていった。そのおかげで研究も以前に比べて捗るようになり、益々成果を上げていくようになる。
アウレーリオは魔術のことに関してはさっぱりだが、愛し愛されることを知り、二人で過ごすこの生活がとてつもなく幸せだった。しかも屋敷の大体のことはグスタフの浄化魔法でなんとかなってしまう為、アウレーリオは主に料理をするだけでよかった。
この屋敷の一角が畑になっていた。グスタフは天才魔術師ではあるが、家事能力は皆無だった。料理も出来ない為、近くの街へと向かい食事を買う。だが研究に打ち込むと食事をとることはない。空腹に耐えられない時にすぐ食べられるよう、畑を作っていたのだ。
魔道具で完全に管理された畑には、様々な野菜が実っている。アウレーリオがその野菜を使って料理を作った時、グスタフはいたく感動した。
それからはアウレーリオの要望を聞き、畑で栽培する野菜の種類を増やした。その畑は二百年経った今でも、アウレーリオの管理のおかげで正常に稼働している。そして肉や魚なども大量に買い込み、それを時間停止の魔法をかけた食材庫に保管しておいた。それにより、アウレーリオの食事は更に素晴らしいものになった。
二人が幸せな日々を過ごしていたある日、この屋敷の近隣で特殊な病が発生する。ただの病なら問題ないのだが、今までにない新しい病が突然発生し原因も掴めず特効薬もない。しかも人や動物、魔物問わず感染するため、人の集落から離れたこの屋敷にも魔の手は伸びてきた。
そして最初にアウレーリオが感染した。
屋敷全体には浄化魔法がかけられている。アウレーリオが感染した病の元は、浄化魔法では効かないことがわかった。
グスタフはアウレーリオの体液や血液を調べたが、すぐに原因が掴めなかった。だがグスタフは諦めず研究を続けたおかげで、病は魔力量の多いものがかかる特殊なものだとわかった。
アウレーリオは知らなかったが、かなりの魔力量を持っていたのだ。それでこの病に感染してしまった。
だがこの病の原因を突き止めるのにそれなりの時間がかかってしまい、既にアウレーリオの病が進行し危ない状態だった。
初めは咳が出る程度だったのだが、今では激しく咳き込み血を吐くまでになっている。そして体全体が痛みを上げるようになっていた。
原因がわかったことで特効薬の処方箋も出来た。すぐに取り掛かり調合したが、薬を完成させる事は出来なかった。
使う薬草は希少で扱いも難しい。初めての調合は、いくら賢者と呼ばれたグスタフであっても難しかったのだ。そして屋敷の中にはその薬草はもう既にない。入手もこの国では出来ず、寒冷地である隣国まで行かなければならなかった。それでは到底間に合わない。
もうアウレーリオを救う事が難しくなってしまったのだ。
だがグスタフはアウレーリオのいない人生など考えられなかった。彼を救えないなんて認めたくなかった。だからグスタフの取った行動は、アウレーリオを仮死状態にし魔道具で眠らせることだった。
そして特効薬が完成次第、仮死状態から蘇らせアウレーリオを救う。
そのためには大がかりな魔道具を作らなければならないが、賢者と呼ばれる天才魔術師ならば可能な事だった。アウレーリオに状況を説明し、不眠不休で魔道具の大型装置を作り上げた。
「アウレーリオ、君の魂をこの魔法人形に移そうと思う」
グスタフは大型装置の魔道具だけではなく、アウレーリオに瓜二つの魔法人形も作っていた。その人形が動くために必要な原動力はアウレーリオの魂。魔力は誰しもが持っているが、その魔力が主に宿っている場所が魂なのだ。魔石での稼働は魔石内の魔力が枯渇すれば止まってしまう。そのため、アウレーリオの魂を移すことが必要だった。
それをアウレーリオに説明すると「わかりました」と微笑んだ。
「それから君を無事に蘇生するまで、君の記憶を封じておく。私はしばらく隣国へ向かい薬草を採取しなければならない。その間君は一人きりだ。寂しい思いをさせたくはない。全てが終わる時、君の記憶の封印を解く」
薬草の入手場所はわかっている。だがその場所はかなり遠く危険な場所で、自生している箇所もそう多くはない。正直いつ頃戻って来れるか見通しがつかなかった。
「大丈夫です。わたくしはグスタフ様を信じていますから」
それからグスタフはアウレーリオを仮死状態にし、大型魔道具の箱へと寝かせ装置を起動させた。それと同時にアウレーリオの魂を魔法人形に移し記憶を封印する。
無事に魔法人形の正常な稼働を確認したグスタフは、薬草の採取に一人隣国へと旅立った。
そして無事に十分な量の薬草を採取出来たが、それにかかった期間は二年。その二年の間にグスタフも例の病に感染しており、薬草の採取に無理をしたためかなり病状が進行してしまっていた。
なんとか屋敷に戻って来たものの、これから特効薬の研究、調合をするには時間が残されていない。だが病や薬に関することは国にも報告は済ませてあり、そちらでも同じく研究は進められている。グスタフほど優秀な人間はいないが、薬が完成するのは時間の問題だろう。
グスタフが自分の手でそれが出来なかったことが心残りだが、致し方ない。
「アウレーリオ、すまない。君をかなり待たせてしまう事になるだろう。どうか、どうか待っていて欲しい。必ず僕は戻ってくる」
「はい。わたくしなら大丈夫です」
魔法人形のアウレーリオは、人形らしく無表情。返答は返してくれるが、心を伴わないただの返答。グスタフはそれを理解していたが、魂の奥深くでアウレーリオが笑って見守ってくれているような気がした。
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