僕らのプライオリティ

須藤慎弥

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1.「死ね」と言われて

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 二人で示し合わせたかのように、ほぼ同時にペットボトルの蓋を開けて温かいお茶を飲んだ。

 ほぅ、と息を吐くタイミングも一緒で、明々としたコンビニを前に頭から駐車してるもんだから、バッチリお互いの顔を見合わせて笑った。

 僕たちはとても現金だ。

 ほんの些細な出来事で最悪の事態を免れたあげく、原因を軽んじて笑うことまで出来る。

 たった数時間、同じ目的を持った同士がそばに居ただけで。


「俺は成宮 李一と言います」
「あはは……っ、なに急に。李一さんかぁ。じゃあ……りっくんだね。りっくんって呼んでいい?」
「りっ……!? りっ……くん……」


 構いませんけど、と呟くお兄さんを、僕は今からサヨナラの間まで〝りっくん〟と呼ぶことにした。

 何せ自己紹介がいきなりだったんだもん。笑っちゃうよ。

 あだ名を付けられたのが初めてだったのか、りっくんは少し照れていた。形のいい唇をモゴモゴ動かして「りっくん」を復唱している。

 それが面白くて黙っていると、「君の名前は?」と仰々しい声で、真剣な瞳を向けてきた。

 十も離れた年上のりっくんに、こんなこと思っちゃダメなのかもしれないけど……純真無垢なのはりっくんの方なんじゃないの。


「……僕? 偽名でもいい?」
「えぇっ……?」


 想像通りの反応に、笑いをこらえきれなかった。

 僕の揶揄いを真に受けたりっくんは、また唇をモゴモゴさせて「偽名かぁ」と呟いた。しかもすごく残念そうに。

 発言すべてをマジに受け取るりっくんの中には、疑うという言葉が無いように見えた。上辺だけのセリフや嘘、罵倒にまみれてきた僕にとって、りっくんの素の反応はすごく新鮮に感じる。


「あはは、冗談だってば。冬季って言います。上山 冬季」
「いい名前だね。ところで……冬季、くん? ちゃん?」
「え、どっちか分かんなかったの?」
「すみません……。ほら、今は女の子でも一人称が僕って子がいると……聞きますし……」
「あはは……っ、りっくん面白いなぁ」
「お、面白いですか?」


 うん、めちゃくちゃ面白いよ。根性焼きは知らなくて、なんで〝僕っ子〟のことは知ってるの。

 今の今まで「どっちなんだろう?」の疑問を抱いたまま、僕と接してたって事でしょ?

 背格好も顔も、どっちつかずの僕がいけないんけどさ、それにしても面白すぎるじゃん。


「どっちだと思う?」


 年齢のわりに僕より純粋なりっくんに、つい揶揄いの視線を向けてしまうのは少し意地悪だったかもしれない。

 腕を組んだりっくんを、たかが僕の性別ごときで真剣に悩ませてしまっている。


「うーん……。冬季くん、かな……?」
「正解ー」
「良かった……。間違えたらとんでもないことになってましたよね」
「あはは……っ」


 性別間違えられたくらいで、とんでもないことになんてならないよ……っ。

 笑い過ぎて息が苦しくなる。目の前が涙で滲んだ。呼吸が出来なくて咳き込むと、りっくんは大慌てでものすごく心配してくれた。

 脇腹が攣りそうなくらい笑ったのなんか、生まれて初めてだ。

 さっきと立場が逆転しちゃったよ。

 あの時のりっくんもこんなに楽しい気持ちだったのかと思うと、無下にストップかけたことを悔やんでしまう。


「はぁ、……お腹痛い」
「楽しそうで何よりです」


 右の脇腹を擦って目尻の涙を拭うと、りっくんは笑顔を浮かべて僕のセリフを真似た。

 爆笑されて赤っ恥をかいたからって、あんな言い方しちゃった僕よりはるかに寛大な心を持ってるよ、りっくん。

 誰に対しても優しい人なんだろう。だから、傷ついちゃったんだ。詳しいことは分からないけど、死にたくなるほどの〝理由〟がりっくんの心を追い込んだ。

 こんなに素直な人の純粋な気持ちを、悪意ある〝何か〟が。


「それで……どこにお送りしたらいいでしょうか。お礼は改めてするとして、今日は帰らないとマズいでしょう? あぁ、ほら。もうすぐ四時だ」
「…………」


 りっくんがシートベルトを装着した。

 カチャン、と音が鳴って、その瞬間に魔法が解けたかのように脳が陰に切り替わる。

 そうだった……僕はこれからどうしたらいいんだ。

 帰る家は無い。亮のところへ戻る勇気も無い。

 捨て身であそこに行ったから、僕には何にも残ってない。


「冬季くん?」
「…………」


 どうしよう。マジでどうしよう。

 何も考えてなかった。



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