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〈呪い〉を受け継ぐからこそ公明正大を志し続ける侯爵家

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「……」

 ゾフィアは、今まで聞かされていた、シルヴィアの母の出自や経緯も、本当の父の事も初耳なため非常に混乱していた。そっと、彼女の肩を抱きしめシモンが声をかける。

「ゾフィア……、君も休むといい」
「シモン様……、わたくし、わたくしは……。お姉様は……。一体どうすれば……」
「君が混乱している事は分かっている。たとえ事実が聞かされた内容と違っても、私には君しかいないという心は変わらない」
「シモン様……」
「君は一人じゃない。私もいるし、素晴らしい家族がいるじゃないか。少しずつ受け入れて歩んで行こう」
「……シモンさま……。はい……」

 嘘偽りの中過ごしてきたゾフィアは、突然頼りなく暗闇に放り出されたような気がした。ただ、シモンの温もりと言葉だけが彼女の心を照らしている。

 お互いに慈しみ合う二人を、目を細めてシルヴィアは見たあと、カミンスキ侯爵にこう言った。

「カミンスキ侯爵様……、そもそもシモン様とわたくしの婚約は、父と名乗る偽りの人物によってなされていました。この契約は最初から破綻していますよね?」

「……、シルヴィア嬢、君はそれでいいのか? あの男に苦しめられ、シモンにも呪いをかけられ、下手をすれば死ぬ所だったんだが」

 カミンスキ侯爵は、ひどい目に合わされ続けたシルヴィアの、妹とシモンを守ろうとする優しい彼女の気持ちが分かり眉を下げながら訊ねた。

「はい。〈呪い〉の内容はすでにお聞きになられましたよね? わたくしは、あの時の『事故』のせいで小さくなりました。無防備な体で危険にさらされていた事を考えると今でも身震いがします。ですが、そのおかげで愛するザムエル様と出会う事ができたのです。あの瞬間がなければ、今も尚、あの男に苦しめられていたでしょう……。それに、シモン様には大切なゾフィアを幸せにしていただきたいのです。ただ、平民だと思っていたとはいえ、母を侮辱した事は生涯許せません……。事実は貴族だったとわかりましたが、わたくしにとっては、貴族だろうが、平民だろうがたった一人の母なのです……。事実があの男によってねじ曲げられたとはいえ、騙され続けたゾフィアもですが、少し調べればわかる事もあったのですから」

 シモンは、改めてシルヴィアに頭を下げて謝罪する。この、シルヴィアの言葉で、彼女が何に対して一番憤りを感じて悲しんでいたのかを知り胸が痛んだ。

「シルヴィア嬢……、すまない……。自分の聞いた言葉だけを鵜呑みにして、貴女を産んだ素晴らしい女性を侮辱した……。私はあの時の自分を殴りたい……。貴方の母は出自がどうであれ人を誑かすような人物ではなかったというのに……。なんと酷い言葉を君に投げつけたのだろう……」

「シモン様、どうぞ今後は全体を見通して判断するようにしてください。そして、〈呪い〉のスキルをコントロールなさってくださいませ。恐らく、発動条件は怒りとか憎しみでしょう? その度にスキルを掛けられる人がいるなんて恐ろしいです。スキルをコントロールできないような、そんな頼りない人には妹は渡せません! しっかりなさって、ゾフィアを生涯幸せにすると誓う事がわたくしの望みですわ。侯爵様、もしも、わたくしに対して償いをと仰るなら、シモン様を監督して、ゾフィアと結婚させてくださいませ」


「シルヴィア嬢、君が公に訴えれば、シモンは捕らえられ一生監禁される所だった。君のため、その願いを叶えよう」
「ありがとうございます」

「シモン、だがお前を後継者にするわけにはいかない。我らカミンスキ家は、〈呪い〉というスキルの継承により偏見を持たれ続けていた。だから、どこの家よりも清廉潔白であり続けなければならないのだ。たしかに、お前は騙されていたのだろう。だが、婚約者がいるのに妹に心を移し、事もあろうにかよわき女性を糾弾し苦しめるなど……。男として、いや、人間として恥を知りなさい」

 カミンスキ侯爵は、背筋をピンと伸ばし、20になった息子をしっかりと見て後継者から外す旨を伝えた。予期せぬスキルの発動や、私怨と欲望まみれの男に振り回されたとはいえ、シモンの行った事実は消えない。また、女性に対する侮辱的な言葉も何もかもすべて、シルヴィアが消えた日に聞いている。
 たとえ息子だからとて、いや、息子だからこそ許すべきではないと決意した。

「父上……」

「お前とゾフィア嬢の結婚はシルヴィア嬢のために許そう。だが、お前を野放しにするわけにもいかぬ」

「お待ちください、カミンスキ侯爵」

 カミンスキ侯爵が更にシモンに罰を与えようと口を開いた時、ドミニクが待ったをかけた。

「数百年もの間、秘匿され続けた得体のしれなかった〈呪い〉のスキルとはいえ、こうして発現した今コントロール可能な事がわかりました。内容も、人を小さくするだけです。今回の事があるまで秘匿されていたこのスキルも、きちんと管理すれば国にとって有益なものになるでしょう。珍しく血統で受け継ぐスキルとされるのです。それに……、国王から血統を守るためにも、国外に出さないためにもシモン殿が次期侯爵になるよう申し伝えられております……」

 ドミニクがそういうとカミンスキ侯爵とシモンは驚愕し目を見張る。

「わたくしも、シモン様のスキルは見方を変えればとても素敵なものだと思います。小さくなれるなんてすばらしいスキルではありませんか。これを期にスキルを研究しコントロールされれば、きっと侯爵家にとって素晴らしいスキルの継承として語り継がれるのではないでしょうか?」

 そして、今回〈呪い〉のスキルにかけられた被害者であるシルヴィアがそう言うと、カミンスキ侯爵はどうしたものかと考えあぐねて黙り込んだ。

  だが、国王の命もあるためシモンを後継者にせざるを得ないだろうと内心ため息をついたのであった。


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