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高嶺の薔薇を、綺麗に咲かせたい② 

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迷子ではないけれど、ある意味タイトル状態なウスベニ様とローズ様です。さて、彼らがとった行動は?


※※※※


カシャッパシャッカシャカシャッ!

  隣から、鋭い聞きなれない音がした。連続で何度も。

  僕はその音で我に返り、ローズに汚らわしいものを見せてはいけないと焦り、方向を変えようとした。ところが、目の前で彼女がキャメラマンのようにポーズを決めながら次々指で小さなボタンを押すのを見て、動きが止まった。

「ローズ?  いったい何を……」

  僕は想定外すぎる彼女の盗撮という行動を見て、唖然と顎が外れんばかりに驚き、彼女を呼び捨てにしてしまう。

「ウスベニ様、シー、静かに!  これはナイスショットという素晴らしい一枚をたくさん手に入れるチャンス!」

  ローズは、興奮した様子というかウキウキした感じで、兄も持っているキャメラという新製品を構えてシャッターを切っていた。

「うーん、商人から高値で買わされたけど、こんなところで大活躍するとは思わなかったわ!  ウスベニ様、もうちょっと近づきましょ!」

  なんだか、子供の頃のような口調だから、ローズに促されるまま、彼らの近くにある茂みに移動した。ローズは相変わらず、キャメラを立てたりしてシャッターを切り続けている。

 すると、チェリー嬢が殿下の不埒な動きをしている手を握りしめて止めさせた。

「デンファレ殿下? 今日はマロウさまとの事の相談で来ただけですのに……やめてください……」

「ああ、彼との婚約破棄というよりは解消の事か。それなら、マロウも動き始めているようだし、もうすぐ伯爵もあいつと君の婚約を白紙に戻すさ。だが、それだけでは困る」

「解消は嬉しいです……伯爵に無理に言われて、母も後妻だから逆らえなくて…。仕方なしに好きでもない人に嫁がされるところだったから。彼はとてもチョロ……いい人だとは思うけど……真面目すぎるというか、私はああいうタイプの人はちょっと……。それに、私は殿下が……でも、今のままだと計画が……殿下ったら、もうダメですよ!」

「はは、ローズの家ではあんなにも喜んでいたのになあ」

「あ、あれは、お互いにお酒が入ってたし……普段はあのような事なんて……殿下だってそうじゃないですか」

「まあそうだな。……ちょっと、招かれざる観客もいるようだし、やめておこう。そこにいるのは誰だ? 出て来い」

 殿下の手が、チェリー嬢の服の中から取り出された。ふたりが、計画とやらと呟いた時に、どうやら殿下がキャメラのシャッター音に気付いたようだ。
 こちらをじっと凝視しつつ、チェリー嬢を庇うように背の後ろに隠して誰何した。

「あらやだ。あのまま夢中になっていてくれたらよかったのに……」

 ローズが小声で、そんな風に言いながら、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな舌打ちをした。キャメラをポケットに入れて、僕が引き留めようとするのを手で制して繁みの中から姿を現す。

 僕も、彼女だけ矢面に立たせるわけにはいかないから、彼女のやや後ろに立って殿下たちに見えるようにした。

「おやおや。麗しの淑女たる我が婚約者どのが覗きを? いい趣味とは言えないな」

「殿下こそ、衆目に晒されるかもしれない状態でのお楽しみだなんて、素敵な趣味ですこと。チェリーさんの立場もお考えくださいませ。かわいそうに、真っ赤になって震えているではありませんか」

「そ、それは……お前たちが見ないふりをすれば良かっただけだろう?」

「ふふふ、……そんな、絶好の不貞の証拠を得る機会ですのに、立ち去るだけだなど、愚かな真似なんて出来ませんわ?」

「ふん……まあいい。茶番は終わろうか」

「ですわね。言いたい事や聞きたい事は少々わたくしにもございますから」

「殿下……。あの……私……」

「チェリー、ローズの余裕な表情を見ろ。どうせ、すでに俺たちの事は掌握されているのだろう」

「え……では……。あの、あの……。ローズ様、ごめんなさい。申し訳ありません。殿下はわたくしのために……だから、殿下を責めないでください。私なら、どのような罰でもお受けしますから……」

「チェリーさん、どうぞ落ち着いて。ふふふ、わたくしの調査と推測が間違っていなければ、おふたりは来月にも国外に行く予定なのでは?」

「はぁ、そこまでわかっているのなら、どうせマロウも抱き込んでいるのだろう? お前、国王たち相手に上手く事を運ぶ自信があるのか? 俺がどれほど願っても、キンギョソウ侯爵を王家に引き入れるために、俺とお前の婚約解消に首を縦にふらなかったんだぞ?」

「だから、失脚しようと短絡的に思いついて、チェリーさんとの醜聞を世間にわざとらしく流布させようとしたのですか? ですが、それでは、殿下の携わった事業の関係者や、何よりも民が困ります。今後のこの国の事もですが、おふたりの未来にとっても悪手ですわよ」

「……だから、ここまで思い切った行動が出来ずに長引いたんだ。俺だけなら、どうとでもなるが、チェリーを不幸にするわけにはいかないからな。俺の事業の責任者を徐々に他人にしていって、もう少しだというところだった。……マロウとチェリーの婚約が解消になれば」

「人知れず、チェリーさんとふたりで消えようと? 皆を騙すような形で勝ち抜けしようとするなどずるいですわよ。残されたわたくしがどれほど大変な目に合うかわかっているでしょうに。酷い人ですね。チェリーさん、こんな冷たい男よりも、もっと素敵な殿方がいらっしゃいますわ。捨てて別の方と幸せになってはいかが?」

「ファーレは酷くないです。できるだけ、私の事も、国の事も、ローズ様たちの事も考えて、自分だけが泥をかぶるつもりで……。だから……」

「そう……チェリーさんは殿下を心から愛していらっしゃるのですね……素晴らしいですわ。殿下、いい女性と巡り合えましたわね?」

「ああ、俺には勿体ないほどの女性だよ」

 そう言った後、殿下はチェリー嬢と向き合うと手を握り合った。恋人同士の、お互いを想い合っているその姿は、こんな状況下なのに僕の胸を熱くさせた。

「わかりました。では、今日の所はお帰りになって? 勿論おふたりは別々に。改めて明日にでも集まりましょう」

「ああ。その、ローズ、すまなかった……」

 なんと、プライドだけはローズなんて足元にも及ばないほど高い殿下が、彼女に頭を下げる日がくるなんて思いもしなかった。

「本当ですわ? 最初から打ち明けてくだされば、マロウ様に恥をかかせる事もなかったでしょうに。案外、すでにおふたりは幸せ真っただ中だったかもしれませんわよ?」

 ローズのその言葉を最期に、殿下とチェリー嬢は去っていった。僕はローズとふたりきりになってから、黙って見守っていた彼らのやりとりについて確認のために訊ねた。

「ローズ……。殿下はチェリー嬢と出奔されるつもりだったのか? 王族という身分も何もかも捨てて? だが、身一つで隣国になど行っても……」

「苦労するでしょうね。ですが、あれでも優秀ですし、すでになんらかの地固めは出来ているはずですわ。例えば、最近流通し始めたキャメラを独占販売している隣国の商会。あれの会長は秘密の人物とされていますが。ふふ、恐らくは」

「殿下というわけか。なるほど、それならあとの生活は心配がないな。とんでもない醜聞を起こす事で自分の立場を失くしてしまえば、誰にも邪魔されず隣国にいけると……なんというか、残されるこちらの事など全く考えてないな……」

 なんとも愚かな、計画というよりも悪ふざけをする子供の遊びのような茶番劇を、殿下は本気でするつもりだったようだ。あれでも賢くて優秀な人だったのに、恋というのはそれほどまでに人を変えるというのか。

 殿下は、それでも望みのまま恋する女性と一緒になれる未来がある。正直、殿下が羨ましくて妬ましくて堪らない……。

 僕は、到底僕の手に届かない高嶺の花をじっと見つめて拳を作った。

「ええ、その通りですわ。殿下とチェリーさんの事は応援しますが、そのあたりはきっちり理解していただかないと。ところで、話しは変わりますが。ねぇ、ウスベニ様? わたくし、婚約者がいなくなりますの。良い婿の当てが、あいにく思いつかなくて。どなたかいい人、知りませんか?」

「え?」

「できれば、わたくしと同じ趣味を持っていて、一緒ににはしゃいで遊んでくれる、そんな人がいいですわね」

「ローズ……それって……」

「ウスベニ様、さあ、マロウ様たちの所に戻りましょうか!」

 ふふふと、悪戯っ子のように意味ありげに微笑んで近づいたローズに、僕の手はがっしりと取られた。僕の胸がどきんと大きく高鳴った。

 ひょっとして、ローズも僕の事を……? 完全に諦めていたを、僕の手で綺麗に咲かせて幸せにすることが出来る未来があるのか? そんな事、あっていいのか? 本当に?

 耳が赤くなったローズの後姿を見つめて歩きながら、期待でどうにかなりそうな心のまま、兄たちのいる部屋に手をつなぎながら急いだのであった。






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