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気弱なハムチュターンの覚悟①
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ようやく、彼女が俺の番だと認識してくれたのは嬉しかった。これで二人は急速に距離を縮めて、考えていたアレコレ以上の幸せが訪れると信じていたのである。
なのに、番は嫌そうだった。
とっても不本意そうに、『えー……』って何度もつぶやいていた。俺はその言葉を耳で拾った瞬間、天国から地獄よりも奥深くに落とされた気がした。
──そんな……! 嘘だろう? ずっとラブラブで可愛い可愛いって頬を染めて愛を伝えて来てくれたじゃないか! ほら、君から給餌された、愛の証のヒマワリの種だって頬袋にあと一つあるんだよ?
俺は、おっさんと話をする彼女の言葉を聞くにつれて、もう上を向けなくなった。
涙がこぼれ落ちそうだ。でも、そんな姿を見せたら番だって悲しむだろう。
ぐっとこらえようとしても、やっぱり胸が苦しくて、息もできなくなる。
すると、おっさんが激励のクルミをくれた。絶望に満ちた心に、一滴の温もりが落ちて来る。でも、肝心の彼女の気持ちが得られない以上、俺の心は晴れないまま。
──もしかして、さっきの迷子センターは、家を探して俺を追い出すために行ったのか……? 君は、俺とお別れしたかった? 全部、俺の勘違いだったのか?
番だと分かってから、それはもう有頂天だった。番も俺を愛しているのが当然で、二人が結ばれるのは確約された未来のはずと信じて疑わない愚かなハムチュターンの俺を、世界中が指さして笑っている気がする。
おっさんの言葉を受けてから、俺をじっと見た後手の平に乗せたまま家に連れて帰ってくれた。俺は、手のひらから、まるで砂の中を移動するかのように重い足取りで彼女から降りた。
「ダンって呼べばいい?」
愛しい人は、エミリアという名前を教えてくれた。彼女は、俺よりも二つ年上だった。このくらいの年の差なんて関係ない。年下だけど、彼女を守るために頑張ろうと思うけれど、やっぱり彼女からは好意以外を感じ取る事が出来なかった。
頭が冷えた今、俺に出来る事は彼女に少しでも好かれるようにする事、たったそれだけだった。
俺は巣に戻された。
高かった壁を低くしてくれてとても嬉しかった。でも、夢見ていたショコラートよりも甘い、一緒にベッドになんて事は今のままでは訪れないだろう。
すっかりエミリアの香りの消えた巣穴に潜り込んで、心配かけたくないから彼女に気付かれないように静かに涙をぽろぽろ流した。
外で、エミリアが何かを言っている。俺が浮気しないか? 故郷に恋人がいないのか? とかなんとか言っていた。浮気なんてするはずがない。他の女の子なんて今までもこれからもいらない。
──死ぬまで、ううん、死んでからだって俺にはエミリアだけなのに……
人化して話し合いをすれば、俺たちに待っているのは別れなのかもしれない。そう思うと、心臓が凍り付き、呼吸を体がやめてしまい、心が悲鳴すらあげられないほど握りつぶされるような気がした。
小さな手を口に含んでペロペロして、心の底から沸き起こる悲しみと鳴き声を堪えた。
寂しくて悲しそうに独り言を話す彼女の声が聞こえた。今すぐ慰めてあげたい。でも、こんな小さな手や体では抱きしめてあげる事なんて出来やしない。
──人化できて抱きしめても、今は迷惑がられて嫌わられておしまいかも……
情けない事に、今は彼女の完全な庇護下にある。
年下男子は女の子の母性本能をくすぐるって、あざとらしく可愛い系に擬態している弟はたくさんの年上の女の子たちにモテまくっていた。
──そうだ、少しイライラするけれど、アイツの言動をマネして可愛らしさとかを全面に出せば、ひょっとしたらエミリアも俺を見てくれるかもしれない……!
それからは、悲しい気持を抱えながらも、ダンって呼ばれる度にかわいさを全面に出して甘えた。
でも、前のように一心不乱にすれば、まだ俺に気持ちのない彼女に迷惑かもしれない。愛するエミリアのちょっとした変化も見逃さないように、注意して彼女との距離を計っていた。
エミリアが、初日のラブラブ風呂タイムでの俺の行動を思い出して滅茶苦茶怒りまくった時は、おしっこをちびるかと思った。
ひゅんっ!
玉が心なしか半分以下になった気がして、俺の大事な息子はひっこんでしまう。
必死に、俺は近眼だから裸も見ていないし、ア、アア、アソコに侵入しようとした時なんかはその場所を認知していなかったと伝えた。
文字で伝えるなんて、激怒りのエミリアの前で思いつくわけがない。エミリアの背後が、まるでエイヤフィラ国の城を取り巻く嵐のようになっていた。
ひたすら謝り、この事だけは、人化した時にきちんと説明して誤解を解かなくてはならないという俺の最大のライフワークとなった。
年末年始になる頃には、ぎくしゃくしていた二人の仲が自然になっていた。恋人同士というよりも、飼い主とペットといった感じだったけれど、俺はそれでも幸せだった。
──来年も、このまま愛しいエミリアと暮らせますように……。少しずつでいいから好きになってくれますように……
年が変わるカウントダウン中に、夜空に浮かぶ満月に一生懸命祈ったのである。
※※※※
「チー……」
そして今、俺はエミリアの妹のような存在であるライラの新居に、お出かけ用のケージに入れられて訪れていた。
暫く、新婚夫婦のイチャイチャを羨ましくも、俺たちもいずれあんな風になりたいなって微笑ましいと感じて見ていると、若い男の声がした。
エミリアは、ライラの夫であるオスクという青年と一緒にリビングで談笑していた。俺は、彼女の番だと紹介されるタイミングを見計らいつつ、ドキドキ心構えをしていたのに、なかなか紹介されない。
「エミリア……会いたかった!」
「え……? ライノ? ライノなの……?」
リビングに、少し焦げたピパルカックを入れたお皿とお茶を持ってライラと青年が入った瞬間、俺のエミリアが青年の名を呼んだのだ。
──エミリア、俺以外の男の名を呼ばないで……!
どうみても単なる顔見知り以上の関係だ。しかもライラというエミリアお気に入りの女の子に似た、くすんだ金の髪は柔らかそうで、淡い水色の瞳は優しそう。温和そうな彼は女性に結婚相手として人気だろう。
──嫌だ、エミリア……。そいつを見ないで。そいつの声を聞かないで……だって、だって、そいつは……!
エミリアを見た瞬間、蕩けるような笑顔を作った男は赤らんだ目元をしていた。そして、彼女の名を口にする音はとても甘やかで。
明らかにエミリアを愛している男のものだった……
なのに、番は嫌そうだった。
とっても不本意そうに、『えー……』って何度もつぶやいていた。俺はその言葉を耳で拾った瞬間、天国から地獄よりも奥深くに落とされた気がした。
──そんな……! 嘘だろう? ずっとラブラブで可愛い可愛いって頬を染めて愛を伝えて来てくれたじゃないか! ほら、君から給餌された、愛の証のヒマワリの種だって頬袋にあと一つあるんだよ?
俺は、おっさんと話をする彼女の言葉を聞くにつれて、もう上を向けなくなった。
涙がこぼれ落ちそうだ。でも、そんな姿を見せたら番だって悲しむだろう。
ぐっとこらえようとしても、やっぱり胸が苦しくて、息もできなくなる。
すると、おっさんが激励のクルミをくれた。絶望に満ちた心に、一滴の温もりが落ちて来る。でも、肝心の彼女の気持ちが得られない以上、俺の心は晴れないまま。
──もしかして、さっきの迷子センターは、家を探して俺を追い出すために行ったのか……? 君は、俺とお別れしたかった? 全部、俺の勘違いだったのか?
番だと分かってから、それはもう有頂天だった。番も俺を愛しているのが当然で、二人が結ばれるのは確約された未来のはずと信じて疑わない愚かなハムチュターンの俺を、世界中が指さして笑っている気がする。
おっさんの言葉を受けてから、俺をじっと見た後手の平に乗せたまま家に連れて帰ってくれた。俺は、手のひらから、まるで砂の中を移動するかのように重い足取りで彼女から降りた。
「ダンって呼べばいい?」
愛しい人は、エミリアという名前を教えてくれた。彼女は、俺よりも二つ年上だった。このくらいの年の差なんて関係ない。年下だけど、彼女を守るために頑張ろうと思うけれど、やっぱり彼女からは好意以外を感じ取る事が出来なかった。
頭が冷えた今、俺に出来る事は彼女に少しでも好かれるようにする事、たったそれだけだった。
俺は巣に戻された。
高かった壁を低くしてくれてとても嬉しかった。でも、夢見ていたショコラートよりも甘い、一緒にベッドになんて事は今のままでは訪れないだろう。
すっかりエミリアの香りの消えた巣穴に潜り込んで、心配かけたくないから彼女に気付かれないように静かに涙をぽろぽろ流した。
外で、エミリアが何かを言っている。俺が浮気しないか? 故郷に恋人がいないのか? とかなんとか言っていた。浮気なんてするはずがない。他の女の子なんて今までもこれからもいらない。
──死ぬまで、ううん、死んでからだって俺にはエミリアだけなのに……
人化して話し合いをすれば、俺たちに待っているのは別れなのかもしれない。そう思うと、心臓が凍り付き、呼吸を体がやめてしまい、心が悲鳴すらあげられないほど握りつぶされるような気がした。
小さな手を口に含んでペロペロして、心の底から沸き起こる悲しみと鳴き声を堪えた。
寂しくて悲しそうに独り言を話す彼女の声が聞こえた。今すぐ慰めてあげたい。でも、こんな小さな手や体では抱きしめてあげる事なんて出来やしない。
──人化できて抱きしめても、今は迷惑がられて嫌わられておしまいかも……
情けない事に、今は彼女の完全な庇護下にある。
年下男子は女の子の母性本能をくすぐるって、あざとらしく可愛い系に擬態している弟はたくさんの年上の女の子たちにモテまくっていた。
──そうだ、少しイライラするけれど、アイツの言動をマネして可愛らしさとかを全面に出せば、ひょっとしたらエミリアも俺を見てくれるかもしれない……!
それからは、悲しい気持を抱えながらも、ダンって呼ばれる度にかわいさを全面に出して甘えた。
でも、前のように一心不乱にすれば、まだ俺に気持ちのない彼女に迷惑かもしれない。愛するエミリアのちょっとした変化も見逃さないように、注意して彼女との距離を計っていた。
エミリアが、初日のラブラブ風呂タイムでの俺の行動を思い出して滅茶苦茶怒りまくった時は、おしっこをちびるかと思った。
ひゅんっ!
玉が心なしか半分以下になった気がして、俺の大事な息子はひっこんでしまう。
必死に、俺は近眼だから裸も見ていないし、ア、アア、アソコに侵入しようとした時なんかはその場所を認知していなかったと伝えた。
文字で伝えるなんて、激怒りのエミリアの前で思いつくわけがない。エミリアの背後が、まるでエイヤフィラ国の城を取り巻く嵐のようになっていた。
ひたすら謝り、この事だけは、人化した時にきちんと説明して誤解を解かなくてはならないという俺の最大のライフワークとなった。
年末年始になる頃には、ぎくしゃくしていた二人の仲が自然になっていた。恋人同士というよりも、飼い主とペットといった感じだったけれど、俺はそれでも幸せだった。
──来年も、このまま愛しいエミリアと暮らせますように……。少しずつでいいから好きになってくれますように……
年が変わるカウントダウン中に、夜空に浮かぶ満月に一生懸命祈ったのである。
※※※※
「チー……」
そして今、俺はエミリアの妹のような存在であるライラの新居に、お出かけ用のケージに入れられて訪れていた。
暫く、新婚夫婦のイチャイチャを羨ましくも、俺たちもいずれあんな風になりたいなって微笑ましいと感じて見ていると、若い男の声がした。
エミリアは、ライラの夫であるオスクという青年と一緒にリビングで談笑していた。俺は、彼女の番だと紹介されるタイミングを見計らいつつ、ドキドキ心構えをしていたのに、なかなか紹介されない。
「エミリア……会いたかった!」
「え……? ライノ? ライノなの……?」
リビングに、少し焦げたピパルカックを入れたお皿とお茶を持ってライラと青年が入った瞬間、俺のエミリアが青年の名を呼んだのだ。
──エミリア、俺以外の男の名を呼ばないで……!
どうみても単なる顔見知り以上の関係だ。しかもライラというエミリアお気に入りの女の子に似た、くすんだ金の髪は柔らかそうで、淡い水色の瞳は優しそう。温和そうな彼は女性に結婚相手として人気だろう。
──嫌だ、エミリア……。そいつを見ないで。そいつの声を聞かないで……だって、だって、そいつは……!
エミリアを見た瞬間、蕩けるような笑顔を作った男は赤らんだ目元をしていた。そして、彼女の名を口にする音はとても甘やかで。
明らかにエミリアを愛している男のものだった……
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