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私だけのかわいいハムチュターン ②

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「ダン!  ダーン!  私よ、エミリアよ!」

「黙れと言っているだろう!」

  激昂する兵士たちが、私の腕を後ろ手に拘束しつつ、芝生の上に体を押し倒した。
  柔らかな地面とはいえ、容赦ない押さえつけに体が痛んで顔を歪めた。魔法を使ってもいいかもしれない。けれど、それはそれで、この国の王宮で不審者で狼藉者である私がそんなマネをすれば、どんな罪に問われて、家にも迷惑がかかる。すでに、迷惑かけてると思うけれども……。

「……! エミリア!」

 一向に出て来てくれない彼の姿を思い浮かべて無理かとあきらめかけた時、低くて、いつの間にか頭の角にこびりついていた声が私の名前を叫んだ。

「ダン……! ダーン!」

 私は、その声の持ち主の正体を確信して、彼を大きな口を開けて必死に呼び続ける。

「エミリア! お前たち、今すぐその人を離せっ!」

 慌てて、私を拘束する兵士たちにビリビリと空気が震えるほど大きく怖い声が響いた。

「で、ですが、王子……」
「この女はいきなりここに現れたかと思うと、訳の分からない事を叫び……」

 この国の兵士たちはたとえ王族とはいえ、暗殺者かもしれない不審人物を離せという命令を素直に聞くような愚か者はいなかったようだ。

「聞こえなかったのか? 私の番を離せと言ったのだ! 知らぬとは言わせぬ。昨年、私の命を救い、そして保護してくれた恩人でもある。彼女に傷一つつけていれば、お前たち分かっているだろうな?」

「……!」

 職責を果たすために拘束して地に押さえつけていた兵士たちは、ダンの説明を聞くや否や即座に拘束を解いた。そして、私を立ち上がらせるために体に手をのばした瞬間、またもやダンの怒号が鳴り響く。

「彼女に、触れるな……!」

 兵士たちは、瞬き程の時間で数歩下がるとダンに対して膝を折り剣を片付けた。

 私へ酷い言動をした兵士たちに怒りが収まらないのだろう。とても怖い顔をして彼らを見下ろしているのは、見知らぬ青年だった。
 南国の衣装は、古代エジプトの王族が着るような服で、金糸がふんだんにあしらわれている。細マッチョのような、野生の豹のようにしなやかな筋肉がついていて、無駄な肉は一切ない。

「エミリア……何という事をお前たちは……」

 今にも彼らの首を落としかねないほど、怒りのまま我を失いかけている彼の名前を口にした。

「ダン……、私はここよ。そっちじゃないわ? 私を見て……。お願い、こっちに来て……?」

 このままでは、きちんと自らの職責を果たしただけの彼らの身が危ないと思った。とにかく、ダンの注意を私に向かわせようと必死にこちらに来てほしいと声をかける。

「……! エミリア!」

 私の事は、まだ番として大切な存在であると認識しているらしい彼は、私の言葉にすぐにこちらに来た。すでに兵士たちへの関心は、警戒しつつも小さくなったようだ。

 私をそっと立ち上がらせた彼は、日に焼けていてきりっとしたシャープな目をしていた。どこをどうみても、ハムチュターンの姿とは似ても似つかないのに、なぜか彼がダンだと分かる自分に驚いた。

「ダン、ダン……」

 私は、ダークグレイのストレートの硬そうな髪を、左の耳の下からゆるやかな三つ編みにして胸の下まで伸ばしている彼の胸に手を当てた。身長差はあまりない。ハイヒールを履けば私の方が高いだろう。

「エミリア、うちの者が怖い思いをさせたね……。すまない……」

 私を、心配げに、そして会えた嬉しさを隠しきれていないその瞳の色は、この国をぎらぎらと照らす太陽のような、明るく輝く琥珀色だった。

「ダン……」

 当てた手のひらを握りしめて、固い胸板をトン、トンと責めるように叩く。

「あんな風にされて、きっとあちこち痛いよね? ごめん……」

 私が震えて、目にいっぱい涙を浮かべているのを見た彼は、さっきの拘束のせいで私が泣いていると勘違いをしていた。

「ダンのバカァ……、どうして何も言わずに出て行っちゃったの?」

「え? エミリア?」

 私は、今日はとても泣き虫になってしまった。ボロボロと涙をこぼしながら彼の肩に泣いている顔を埋めて、叩く拳にどんどん力を入れて行く。彼は思いもよらなかったのか、今回の私への暴行ともいえる拘束に対してではなく、あの日、突然消えた事を私が口にしたので戸惑っているようだ。

「わ、私、もう嫌われちゃったのかと思ったんだからぁ!」

 手紙を読んだとき、私はその前日にライノといい雰囲気だった。それを彼は一番近くで見ていたに違いない。そんな風に、自分が好きな相手が別の異性と、不可抗力であってもあんな風にしていたらショックを受けただろう。

「そんな! 俺がエミリアを嫌うなんてない!」

 ダンが、私をぎゅっと抱きしめて必死に私を嫌いになったわけじゃないと弁明してくれて、さっきまでの悲しいブルーな気持ちが一変して喜色に変わる。

「や、約束も守らずに、人化できたらさっさといなくなったのに?」
「そ、それは……。ライノとエミリアがとても幸せそうだったから。俺がいたら邪魔になると思って……」
「……嘘!」

 私は、手紙に書かれてあったあの言葉に対して抱いていた違和感の正体にようやく気付いた。

「嘘なんかじゃ……」

 私に幸せになれと言うのであれば、突然消えた事で私が心配するなんて状況を作らないはずなのだ。人化して、ライノと私を祝福するのなら、きっと翌朝に話をしてから円満に別れたはず。

「嘘よ! だって、そんな理由なら私に話をしてから別れてたと思うもん! そのくらい、私にだってわかるもん!」

 私が泣きながら訴えた内容を聞くと、ダンは体をびくりと揺らしたまま動かなくなったのである。

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