9 / 20
なんで? どうして?
しおりを挟む
令嬢たちにも婚約者がいる。だけど、この国ではそうなんだ。男女ともに不純ないちゃこらをするのが当たり前だったんだったと、フィーノがわたくしだけだっていう言葉などで安心しきって、記憶の彼方に置いていた常識を思い出した。
悲しくて悔しくて。涙が出そうになるのを必死に堪えた。彼や彼女たちを、前世のように責めてはいけない。どちらかというと、フィーノが彼女たちと交流を深めるのは、家同士の繁栄につながるであろう褒められた行為なのだから。わたくしも、本当なら彼女たちを見習って、複数の男の子とそういう事をしたほうがいいのかもしれない。
でも、無理だった。ただでさえ、わたくしにとって児童でしかない相手だし、しかも、複数とか。そんなの、考えたくなくて、フィーノが無理にこの世界で異端な価値観を持つわたくしに合わせてくれている事に胡坐をかいていただけだった事を、今ようやく、この時になって突き付けられたのである。
嘘だ、そんな事あるはずがないって叫びたかった。フィーノがとっくに初めてを済ませて、それが別の女の子だったなんて。所詮は、わたくし以外の女の子たちとそういう事をする、この世界の雄だなんて信じたくなかった。彼だけは違うって当たり前のように思っていたのに。
彼女たちが、部活の大会の勝利の喜びを分かち合うかのように、ごく当たり前のように、わたくしに話しかけてくる。
「ディリィさん、ああ、わたくしたち本当に嬉しくて。あ、フィーノ様にはわたくしたちがこうして来た事が知れると、彼から二度と相手にしないって言われてますの。ですから、わたくしたちとの秘密という事でお願いしますわね」
何をどう応えたのか記憶があやふやで。辛うじて、失礼な反応や言動はなかったと思う。彼女たちは嬉しそうに、漸くフィーノをわたくしと共有できた事、そして、これからも続ける事ができる未来を喜んで去って行ったのだから。
ふらりと、ぐらぐら船に揺られているかのように体がふわふわする。足が地面にぴったりくっついて、この嫌な場所からさっさと遠のきたいのにできない。力が入らなくなって、ずるずる壁に背を持たれかけさせて膝を抱えるようにしゃがみこんだ。
「…………フィーノ……」
彼女たちに言われなくても、彼にそんな事を聞けるはずがない。
ずっと、彼を待たせてきたのはわたくしだ。わたくしの考えや常識がおかしいのだから。これが当たり前で、これで……これで、やっとわたくしも本当の意味でこの世界に産まれ、今後も生きていける……だから。だから。泣いちゃだめなんだ。これっぽっちも傷なんてついたらいけない。とても、素晴らしくて幸せになれる第一歩なのだから……。
「これで、良かったんだよ……うん……これで、いいんだ……」
そう呟いたところで、本当は深く傷ついた心と、衝撃を受けた胸、混乱する頭の中がすぐに治まるはずもなく。せめて初めてはわたくしがよかったなんて自虐めいた笑みが、堪えきれなくなった涙と一緒に溢れ落ちる。
「う……うう……。フィーノ、フィーノ……あんなの、嘘だよね?」
何が悪かったんだろう。わたくしがさっさと彼に捧げなかったから? もっと、彼を夢中にさせなかったから?
でも、彼女たちの言動から察するに、そういう事を致しているのはかなり前からのようだった。
なら、彼は、涼しい顔をして、ずーっとわたくしだけだって照れながら、嘘を言い続けて騙して来たのか。フィーノだって、わたくしに僕だけがいいって繰り返してきたはずなのに。
自分はやってて、わたくしだけはダメとかなんなの?
しろって言われてもしないけど。わたくしの夫になるのはフィーノだけで。だからフィーノに素直に向き合って、好きという気持ちを大切に育てて来たのに……。
「一体、いつからなのよぉ……うそだぁ……あんなの、うそに、きまってる……ひぃっく、うう……」
聞いても決してわからない、誰にも聞けない問いは、口に出したことで、わたくしの心をギリギリ締め付けて、ガラスのように嫌な音を立てながら軋みひびが入っていく。最初から、フィーノがわたくしだけと嘘をつかずに色んな子と仲良くしていたほうが、まだマシだったのかもなんて、そうなったらなったで絶対に嫌なくせに、馬鹿な考えまで浮かんでくる。
「うー……うう……ひどい……こんな世界に産まれてきたくて、産まれたわけじゃないのにぃ……うー……ひっく、ひっく……」
転生して産まれたことは嬉しかった。前世の記憶があるからこそ、たくさんも喜びも味わえた。両親やわたくしを見守ってくれた使用人たちにも愛されて、幸せなのだ。だから、ごく当たり前に、フィーノが浮気をしても、幸せはゆるがない。なのに、どうしてこんなにも苦しいの?
「フィーノ、ふぃぃのぉ……なんで? どうして? わたくしだけっ、って。あんなに言ってくれてたじゃない……うう……」
一晩どころか、一週間ほど、わたくしは部屋に閉じこもった。フィーノが毎日のように心配して来てくれるのが、嬉しくて、悲しくて、切なくて、憎くて、でも、幸せで……
やっと部屋から出る事ができるようになってから、表面上はいつも通りに振舞える自分に呆れてしまう。心の中がどこかいつも空っぽで、風が、凪いでいる時もあれば、嵐でぐちゃぐちゃになる時もあるけれど。
相変わらず、フィーノはわたくしだけと言い、毎日のように好きだと伝えて来てくれるのが、滑稽で。でも、そんな嘘を、嘘だと分かっていても喜んでしまう自分がいて悲しい。
ひと月経ち、半年が過ぎて、14歳になる頃には、あれほどフィーノを好きだという海のように大きかった気持ちが、小さく萎むくらいには、わたくしは感情を落ち着かせる事が出来たのである。
悲しくて悔しくて。涙が出そうになるのを必死に堪えた。彼や彼女たちを、前世のように責めてはいけない。どちらかというと、フィーノが彼女たちと交流を深めるのは、家同士の繁栄につながるであろう褒められた行為なのだから。わたくしも、本当なら彼女たちを見習って、複数の男の子とそういう事をしたほうがいいのかもしれない。
でも、無理だった。ただでさえ、わたくしにとって児童でしかない相手だし、しかも、複数とか。そんなの、考えたくなくて、フィーノが無理にこの世界で異端な価値観を持つわたくしに合わせてくれている事に胡坐をかいていただけだった事を、今ようやく、この時になって突き付けられたのである。
嘘だ、そんな事あるはずがないって叫びたかった。フィーノがとっくに初めてを済ませて、それが別の女の子だったなんて。所詮は、わたくし以外の女の子たちとそういう事をする、この世界の雄だなんて信じたくなかった。彼だけは違うって当たり前のように思っていたのに。
彼女たちが、部活の大会の勝利の喜びを分かち合うかのように、ごく当たり前のように、わたくしに話しかけてくる。
「ディリィさん、ああ、わたくしたち本当に嬉しくて。あ、フィーノ様にはわたくしたちがこうして来た事が知れると、彼から二度と相手にしないって言われてますの。ですから、わたくしたちとの秘密という事でお願いしますわね」
何をどう応えたのか記憶があやふやで。辛うじて、失礼な反応や言動はなかったと思う。彼女たちは嬉しそうに、漸くフィーノをわたくしと共有できた事、そして、これからも続ける事ができる未来を喜んで去って行ったのだから。
ふらりと、ぐらぐら船に揺られているかのように体がふわふわする。足が地面にぴったりくっついて、この嫌な場所からさっさと遠のきたいのにできない。力が入らなくなって、ずるずる壁に背を持たれかけさせて膝を抱えるようにしゃがみこんだ。
「…………フィーノ……」
彼女たちに言われなくても、彼にそんな事を聞けるはずがない。
ずっと、彼を待たせてきたのはわたくしだ。わたくしの考えや常識がおかしいのだから。これが当たり前で、これで……これで、やっとわたくしも本当の意味でこの世界に産まれ、今後も生きていける……だから。だから。泣いちゃだめなんだ。これっぽっちも傷なんてついたらいけない。とても、素晴らしくて幸せになれる第一歩なのだから……。
「これで、良かったんだよ……うん……これで、いいんだ……」
そう呟いたところで、本当は深く傷ついた心と、衝撃を受けた胸、混乱する頭の中がすぐに治まるはずもなく。せめて初めてはわたくしがよかったなんて自虐めいた笑みが、堪えきれなくなった涙と一緒に溢れ落ちる。
「う……うう……。フィーノ、フィーノ……あんなの、嘘だよね?」
何が悪かったんだろう。わたくしがさっさと彼に捧げなかったから? もっと、彼を夢中にさせなかったから?
でも、彼女たちの言動から察するに、そういう事を致しているのはかなり前からのようだった。
なら、彼は、涼しい顔をして、ずーっとわたくしだけだって照れながら、嘘を言い続けて騙して来たのか。フィーノだって、わたくしに僕だけがいいって繰り返してきたはずなのに。
自分はやってて、わたくしだけはダメとかなんなの?
しろって言われてもしないけど。わたくしの夫になるのはフィーノだけで。だからフィーノに素直に向き合って、好きという気持ちを大切に育てて来たのに……。
「一体、いつからなのよぉ……うそだぁ……あんなの、うそに、きまってる……ひぃっく、うう……」
聞いても決してわからない、誰にも聞けない問いは、口に出したことで、わたくしの心をギリギリ締め付けて、ガラスのように嫌な音を立てながら軋みひびが入っていく。最初から、フィーノがわたくしだけと嘘をつかずに色んな子と仲良くしていたほうが、まだマシだったのかもなんて、そうなったらなったで絶対に嫌なくせに、馬鹿な考えまで浮かんでくる。
「うー……うう……ひどい……こんな世界に産まれてきたくて、産まれたわけじゃないのにぃ……うー……ひっく、ひっく……」
転生して産まれたことは嬉しかった。前世の記憶があるからこそ、たくさんも喜びも味わえた。両親やわたくしを見守ってくれた使用人たちにも愛されて、幸せなのだ。だから、ごく当たり前に、フィーノが浮気をしても、幸せはゆるがない。なのに、どうしてこんなにも苦しいの?
「フィーノ、ふぃぃのぉ……なんで? どうして? わたくしだけっ、って。あんなに言ってくれてたじゃない……うう……」
一晩どころか、一週間ほど、わたくしは部屋に閉じこもった。フィーノが毎日のように心配して来てくれるのが、嬉しくて、悲しくて、切なくて、憎くて、でも、幸せで……
やっと部屋から出る事ができるようになってから、表面上はいつも通りに振舞える自分に呆れてしまう。心の中がどこかいつも空っぽで、風が、凪いでいる時もあれば、嵐でぐちゃぐちゃになる時もあるけれど。
相変わらず、フィーノはわたくしだけと言い、毎日のように好きだと伝えて来てくれるのが、滑稽で。でも、そんな嘘を、嘘だと分かっていても喜んでしまう自分がいて悲しい。
ひと月経ち、半年が過ぎて、14歳になる頃には、あれほどフィーノを好きだという海のように大きかった気持ちが、小さく萎むくらいには、わたくしは感情を落ち着かせる事が出来たのである。
11
あなたにおすすめの小説
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。
石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。
ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。
そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。
真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。
完結·異世界転生したらアザラシ? でした〜白いモフモフでイケメン騎士たちに拾われましたが、前世の知識で医療チートしています〜
禅
恋愛
ネットでアザラシを見ることが癒しだった主人公。
だが、気が付くと知らない場所で、自分がアザラシになっていた。
自分が誰か分からず、記憶が曖昧な中、個性的なイケメン騎士たちに拾われる。
しかし、騎士たちは冬の女神の愛おし子を探している最中で……
※小説家になろう、Nolaノベルにも投稿しています
※完結まで毎日投稿します
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました
まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」
あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。
ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。
それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。
するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。
好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。
二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。
公爵令嬢のひとりごと
鬼ヶ咲あちたん
ファンタジー
城下町へ視察にいった王太子シメオンは、食堂の看板娘コレットがひたむきに働く姿に目を奪われる。それ以来、事あるごとに婚約者である公爵令嬢ロザリーを貶すようになった。「君はもっとコレットを見習ったほうがいい」そんな日々にうんざりしたロザリーのひとりごと。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる