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8 side F

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 物心ついた時には、周囲からは三番目の王子として扱われて来た。兄二人も、姉も可愛がってくれているし、両親も分け隔てなく接してくれる。けれど、期待値が全然違うのは幼心に分かった。

 期待されない第三王子

 最低限の王族としての品位を求められたため退屈な授業を真面目にこなして、生活も周囲が喜ぶように振舞った。
 幸い、後継者争いなどはなさそうだった。他国と違って王族内で不幸な事故が頻発するような物騒な国でなくて良かったとホッとした。

 ある日、王弟である叔父の所に次兄と私のどちらかが行かねばらなくなる。できれば幼い頃から公爵領で過ごしつつ、いずれ跡目を継ぐための勉強をして欲しいと。

 フラット叔父上には子がいない。サンドラ様(カッサンドラの事)とはとても仲がよさそうなのに。不思議に思っていると、どうやら叔父上のほうに問題があるため子を望めないらしい。
 その事で、辺境伯の現夫人との婚約を解消したと聞いた時にはびっくりした。今どき、不妊くらいで婚約解消するなんて、と。

 なんにせよ、このまま期待されない第三王子として王宮で退屈な毎日を送るのに飽き飽きしていたので私が立候補した。
 叔父上と私はよく似ているし、サンドラ様も、私が養子になると自ら望んで言った事が嬉しかったようでぎゅうぎゅう抱き着いてきて、その日から二人に溺愛される事になる。

 公爵領での新しい日々は、父母や懇意にしていた周囲から離れた事で寂しさもあったけれど、ここでは、後継者は私しかいないのもあって、優秀な兄たちと比べる者もいない。充実した毎日になった。

 義父となった叔父上は、物静かだがとてもやり手だった。

 毎年何度か義母の国との定例会議のために辺境に行く事があった。主に、義父の仕事などを勉強するためだったけれど、義母の思惑は違ったみたいだ。

『フレド、どちらの女の子がいいかしら? 上の子はイヴォンヌに似ているから絶対に綺麗になるし明るいいい子よ。下の子は少し大人しいけれど、周囲の事をよく見てから動くような思慮深い優しい子なの』
『サンドラ……いくらなんでもフレドにはまだ早いだろう?』
『何言ってるの! こういう事は小さな頃から動いておかないと。他の所にとられちゃったらどうするの!』
『だがなあ……ヴァレリーはまだ3つにもなってないじゃないか……』
『だからこそ、よ!』

 辺境伯には二人の令嬢がいる。初めて会った時、次期辺境伯と姉の麗しさに息を飲んだ。私たち王族も整っているけれど、彼らの母はまだ上をはるかにいっていると認めざるを得ない。なおさら、義父が辺境伯夫人を手放したのが信じられなかった。

 他にも子供たちがいることもあって、庭で楽しく遊んだ。王宮や公爵領では出来ない、川遊びや木登りをしては叱られる、そんな初めての経験に夢中になる。

『ヴァレリーにお土産を持って行くんだ』

 ヴァレリーの兄と姉は、いつも一緒にいない一番下の妹を気にかけていた。なんでも、世界一可愛くて愛らしくて、優しくて天使で女神でふわふわで以下略……。とにかく、際限なく妹への賛辞が続くほど。
 大人しい子だから、こんな風に活発に遊ぶ事よりも本を読んでいるほうがいいらしい。社交に乏しいのかと思い、姉の方と結婚したらいいだろうと、幼いながらも思っていた。明るくてリーダーシップのとれる彼女は人気者だ。彼女が公爵夫人になれば安泰だろう、と。

 そして、遊び疲れた後に彼らについていった先で、私は妖精の国から遊びに来ていた小さな女の子を見つけた。

 その子は、自分の胸よりも大きな本を抱えて花壇の花と本のページを見比べていた。少し難しそうに頭をひねっては、ページを捲る。やがて、ページの動きが止まった後、まるでひまわりのようにぱあっと花開くかのような笑顔を見せてくれた。

『ヴァレリー、お土産だよ!』
『ヴァレリー、おねえさまにキスをちょうだい!』
『あ、おにーしゃま、おねーしゃま。おかえりなしゃーい。わあ、きれーなおはな! ありまとー』

 二人からぎゅうぎゅう抱き着かれて、きゃっきゃっとはしゃいで彼らの頬にキスをした妖精の名前はヴァレリーと言った。
 私の姿を見て、きょとんと首をかしげる姿もこの世の者とは思えないほど可愛らしい。

『ふれでりっきゅおにしゃま?』
『ふふふ、ヴァレリー。おに、じゃないわよ? おにいさまよ』
『私の天使はユーモアもあるんだ。かわいいだろう?』
『ああ……、かわいいな……』

 二人に抱き着かれたまま、私の名をそんな風に舌足らずに言ってくれた時、私はどうしても彼女が欲しくなった。こんなに人物にも物にも執着するなど今までなかったのに。

 紹介されてからというもの、辺境を訪れる度にヴァレリーと一緒にいるようになった。義父母はどうやら感づいたらしいのでいずれはヴァレリーを公爵家に欲しいと言ったらしい。

『……ヴァレリーは遠くにはやらん。いくらフラット様の家であっても、です』
『そんなに私の義娘にするのが嫌なのかな?』
『そうではありません! ヴァレリーは大人しくて私たちの宝なんです。側で見守れる所をと考えているだけです!』
『じゃあ、ヴァレリーちゃんがフレドの事を好きになったら? それでも反対するのかしら?』
『ぐ……ぬ、その時は……いや、ダメだ!』
『まあ、あなたったら。ふふふ、公爵様がたも。まだまだどうなるかわからないではありませんか』

 仁王立ちで腕を組む戦国時代の英雄だったらしい辺境伯の迫力は相当なものだ。それをものともせずやんわりと笑顔で受け流す義父を尊敬した。この人と渡り合えなければ、私の妖精は一生手に入らないどころか、近くの男にまんまと取られてしまう。私はより一層勉強や鍛錬を頑張ろうと心に誓った。

 それからは、ヴァレリーにちょっかいをかけるロランのおかげで、ますます私を慕ってくれるようになった。ロランには感謝してもし足りない。もしもあいつが、ヴァレリー好みの優しい男なら勝ち目はなかっただろう。

 今日もロランに泣かされているヴァレリーにそっと近寄った。そして、汚れた本をジャケットにくるみ、ヴァレリーを大事に大事にエスコートする。まさか、その後ヴァレリーをロランが押すとは思わなかったが、日々を追うごとにロランに対してヴァレリーが嫌うようになったのは仕方があるまい。

 敵に塩を送るなど愚かな真似はしなかった。あいつが嫌われても自業自得というやつだ。あんな風に意地悪をする男を誰が好きになるのかわからないのかと呆れかえりもした。



 ただひたすらに私の妖精だけを見つめた。

  学園でロランと彼女が一緒にいると思うだけで胸がかきむしられるような気持ちになった。

  彼女の気持ちがはっきりとはわからないから、自信があるわけではなかった。だけど、どう考えても、私以上の男を好きではないだろうと期待もしていて。

  そんな彼女が、思った以上に想ってくれているのを聞き、私は彼女を抱きしめてタウンハウスに連れて帰ったのだった。







※節分ですから、おに を出してみました(*ノωノ)
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