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あなたを思い出してなく空の中
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いつものように、朝早いルゥさんのために朝食を作っていると、ドアがノックされる音がした。まだルゥさんは起きていなさそうだ。毎日疲れて帰って来る彼を、せっかく寝ているのに起こすのも申し訳ないので、ドアを開けずに声をかけた。
「はい、どちら様でしょうか?」
ノックが止んだかと思うと、静寂が訪れる。おかしいなと思ってもう一度訊ねた。
「あの、どちら様?」
「なんだって、あいつの家から女の子の声がするんだ……。くそ、先を越されたのか……羨ましい。コホン、スループはいるかな? 私は彼の知人なんだが……呼んで来てもらえないだろうか?」
すると、ドアの向こうから男の人の声が聞こえた。前半部分は独り言だったのか、よく聞き取れなかったけれど、ルゥさんの知り合いのようだ。
「少々お待ちくださいませ」
私は、ルゥさんを起こそうと振り返った。すると、ちょうど起きたところだったのか、ルゥさんがすぐ後ろにいた。
「ビスキィはロフトに上がっていてくれないかな?」
「はい……あの、なんだったら外に出ていますけど」
「いや、あいつがビスキィを見たら気に入る。絶対に見られたくない」
口元で何かを言っているルゥさんの言葉は良く聞こえなくて、もう一度聞き返そうとしたところ、バタンとドアが開いた。
「よーぅ、スループ! 久しぶりだな! ちょっと、お前に頼みたいこと……が……」
「仕事の依頼なら後で聞いてやるから出直せ。すぐ帰れ」
その瞬間、私はルゥさんの背中に隠された。でも、一瞬見られたのか、入って来た人の言葉が止まり、私もその人をみてびっくりした。
「え? アネト様? どうしてここに……」
「なんでビスカスちゃんがここに……え? は?」
玄関にいたのは、カインたち勇者のパーティーにいた魔法使い様だったのである。これぞ、貴族の見本といった感じの素敵な貴族で、カインたちと同じ立場の偉い人なのに働き者。平民の足手纏いである私にもとても優しくしてくれた紳士だ。
私たちが知り合いだったので、ルゥさんはため息をつきながらしぶしぶアネトさんを招きいれた。
「ビスカスちゃん、無事で良かった。私が陣営に戻った時には、君が追い出された後で。すぐに探しに行ったんだが、どこを探してもいなくてね。私が君にかけていた魔法も、跡形もなく消えてしまっていたから、もう絶望的な状況かと……」
「え? 魔法ですか?」
私に魔法がかけられていたなんて初耳だ。一体、なんの魔法をかけてくださっていたのだろうか。
「あ、あー……き、君はか弱い存在だから、そ、そう、えーと、えーと、私が簡単なものだが守護の魔法をかけていたんだ。それさえ残っていれば、すぐに君の居場所もわかったのだけどね。どういうわけかきれいさっぱり消えていたから、スループに君の居場所を探索してもらおうとここまで来たんだ」
「まぁ……。アネト様はご立派で素晴らしい方なのは存じあげていましたが、私などのために貴重な魔法をかけてくださっていたんですね。しかも、私を心配して探してくださっていたなんて。本当にありがとうございます」
アネト様からビスカスの名前が出た。心がさーっと冷えてしまったかのよう。ルゥさんは、悪女として噂になっているだろうビスカスが私だと知ってどう思っただろう。ドキドキして彼の顔をみたいのに、嫌な女だと思われているかもしれないと思うと顔を上げる事ができなかった。
でも、ルゥさんは何も聞かずに、そっと私の手を握ってくれた。まるで、私の事を信じているから安心しろって言ってくれているみたいで、その手を通して心が温かくなるのを感じた。名前や正体を隠して騙していたというのに、嬉しくて瞳が潤む。
アネト様に深々とお礼を言い、私はお茶の準備をするため立ち上がった。テーブルで、ルゥさんとアネト様が何やら深刻そうな話をし始めたので、お茶を出した後、ふたりの会話が気にはなるけれど外に出た。
ロッジの付近には、ルゥさんがこの辺りに獰猛な魔物や獣とかが入って来れないように結界を張っているそうで、安全な場所にある野原にやってきた。
やや湿地であるここには、ウワバミソウやヤマノイモ、少ないけれどミゾソバなどが群生している。
「わあ、立派なウワバミソウがいっぱいだわ。うん、茎もちょうどいい感じ。下ゆでして炒め物とかにしようかしら? それとも揚げ物? うーん、ルゥさんは何がいいのかな」
ポキポキとウワバミソウを必要なだけ採る。籠を持ってきてよかった。アネト様も一緒に食べるのなら、いつもより多く収穫しないと。
「……きっと、全部バレちゃったよね……。でも、アネト様も事情をご存じのようだし、悪い様には伝わってないと思うけど……」
数日だったけど、本当にルゥさんにはよくしてもらった。帰ったらちゃんと騙してしまった事を謝って、全部話そう……。
まさか、こんなところでアネト様と再会するなんて思わなかった。メンハタオリドリ族の国の中で、一番の魔力を持つアネト様は、高貴なお方だ。きれいな顔立ちをしているし、言動もスマートで女性にモテモテ。私のような平民にも親切だし、カインとは大違い。
「……あーもう! いつまでもあんな奴の事を思い出すなんて!」
籠一杯にウワバミソウも採れたけど、まだ帰るには早い。私は服を脱ぎ捨てて、本性に戻った。
「ピーーチチチ(カインのばかー! 女ったらしの浮気野郎! あんたなんかこっちから願い下げよ!)」
空を飛びながら高い声で思いっきり鳴くと、なんだか悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなる。あれほど悲しかった気持ちはほとんどない。もう、カインの事を思い出す事なんて少なくなった。それは、ルゥさんのおかげだ。
「ピーィ」
ルゥさん……
私たちの種族には珍しい赤い瞳を思い出す。とても、優しい色をしていて、彼に見てもらえると胸が高鳴るのを感じた。
あの日、彼だったから、私は無事だったんだろうと思う。ピンクスライムの媚薬で発情した直後の私は、雄を刺激していたに違いない。これ幸いとばかりに、気を失っている間に酷い事をされていただろう。
それなのに、彼は私の服を脱がせて汚れを拭き取っただけだった。男性経験どころか、キスすらした事のない私は、それだけでも恥ずかしいけど。
「ピピッ」
温かくて、優しくて、私に聞きたい事もいっぱいあっただろうけど、受け入れてくれた大きな人。私が作った料理を美味しそうにパクパク食べる姿を思い出すと、胸がじぃんとくすぐったいような、痛いような、でも、嬉しい気持が湧き起こる。
「ピーー……」
ルゥさん、どうか、私を嫌いにならないで……
「はい、どちら様でしょうか?」
ノックが止んだかと思うと、静寂が訪れる。おかしいなと思ってもう一度訊ねた。
「あの、どちら様?」
「なんだって、あいつの家から女の子の声がするんだ……。くそ、先を越されたのか……羨ましい。コホン、スループはいるかな? 私は彼の知人なんだが……呼んで来てもらえないだろうか?」
すると、ドアの向こうから男の人の声が聞こえた。前半部分は独り言だったのか、よく聞き取れなかったけれど、ルゥさんの知り合いのようだ。
「少々お待ちくださいませ」
私は、ルゥさんを起こそうと振り返った。すると、ちょうど起きたところだったのか、ルゥさんがすぐ後ろにいた。
「ビスキィはロフトに上がっていてくれないかな?」
「はい……あの、なんだったら外に出ていますけど」
「いや、あいつがビスキィを見たら気に入る。絶対に見られたくない」
口元で何かを言っているルゥさんの言葉は良く聞こえなくて、もう一度聞き返そうとしたところ、バタンとドアが開いた。
「よーぅ、スループ! 久しぶりだな! ちょっと、お前に頼みたいこと……が……」
「仕事の依頼なら後で聞いてやるから出直せ。すぐ帰れ」
その瞬間、私はルゥさんの背中に隠された。でも、一瞬見られたのか、入って来た人の言葉が止まり、私もその人をみてびっくりした。
「え? アネト様? どうしてここに……」
「なんでビスカスちゃんがここに……え? は?」
玄関にいたのは、カインたち勇者のパーティーにいた魔法使い様だったのである。これぞ、貴族の見本といった感じの素敵な貴族で、カインたちと同じ立場の偉い人なのに働き者。平民の足手纏いである私にもとても優しくしてくれた紳士だ。
私たちが知り合いだったので、ルゥさんはため息をつきながらしぶしぶアネトさんを招きいれた。
「ビスカスちゃん、無事で良かった。私が陣営に戻った時には、君が追い出された後で。すぐに探しに行ったんだが、どこを探してもいなくてね。私が君にかけていた魔法も、跡形もなく消えてしまっていたから、もう絶望的な状況かと……」
「え? 魔法ですか?」
私に魔法がかけられていたなんて初耳だ。一体、なんの魔法をかけてくださっていたのだろうか。
「あ、あー……き、君はか弱い存在だから、そ、そう、えーと、えーと、私が簡単なものだが守護の魔法をかけていたんだ。それさえ残っていれば、すぐに君の居場所もわかったのだけどね。どういうわけかきれいさっぱり消えていたから、スループに君の居場所を探索してもらおうとここまで来たんだ」
「まぁ……。アネト様はご立派で素晴らしい方なのは存じあげていましたが、私などのために貴重な魔法をかけてくださっていたんですね。しかも、私を心配して探してくださっていたなんて。本当にありがとうございます」
アネト様からビスカスの名前が出た。心がさーっと冷えてしまったかのよう。ルゥさんは、悪女として噂になっているだろうビスカスが私だと知ってどう思っただろう。ドキドキして彼の顔をみたいのに、嫌な女だと思われているかもしれないと思うと顔を上げる事ができなかった。
でも、ルゥさんは何も聞かずに、そっと私の手を握ってくれた。まるで、私の事を信じているから安心しろって言ってくれているみたいで、その手を通して心が温かくなるのを感じた。名前や正体を隠して騙していたというのに、嬉しくて瞳が潤む。
アネト様に深々とお礼を言い、私はお茶の準備をするため立ち上がった。テーブルで、ルゥさんとアネト様が何やら深刻そうな話をし始めたので、お茶を出した後、ふたりの会話が気にはなるけれど外に出た。
ロッジの付近には、ルゥさんがこの辺りに獰猛な魔物や獣とかが入って来れないように結界を張っているそうで、安全な場所にある野原にやってきた。
やや湿地であるここには、ウワバミソウやヤマノイモ、少ないけれどミゾソバなどが群生している。
「わあ、立派なウワバミソウがいっぱいだわ。うん、茎もちょうどいい感じ。下ゆでして炒め物とかにしようかしら? それとも揚げ物? うーん、ルゥさんは何がいいのかな」
ポキポキとウワバミソウを必要なだけ採る。籠を持ってきてよかった。アネト様も一緒に食べるのなら、いつもより多く収穫しないと。
「……きっと、全部バレちゃったよね……。でも、アネト様も事情をご存じのようだし、悪い様には伝わってないと思うけど……」
数日だったけど、本当にルゥさんにはよくしてもらった。帰ったらちゃんと騙してしまった事を謝って、全部話そう……。
まさか、こんなところでアネト様と再会するなんて思わなかった。メンハタオリドリ族の国の中で、一番の魔力を持つアネト様は、高貴なお方だ。きれいな顔立ちをしているし、言動もスマートで女性にモテモテ。私のような平民にも親切だし、カインとは大違い。
「……あーもう! いつまでもあんな奴の事を思い出すなんて!」
籠一杯にウワバミソウも採れたけど、まだ帰るには早い。私は服を脱ぎ捨てて、本性に戻った。
「ピーーチチチ(カインのばかー! 女ったらしの浮気野郎! あんたなんかこっちから願い下げよ!)」
空を飛びながら高い声で思いっきり鳴くと、なんだか悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなる。あれほど悲しかった気持ちはほとんどない。もう、カインの事を思い出す事なんて少なくなった。それは、ルゥさんのおかげだ。
「ピーィ」
ルゥさん……
私たちの種族には珍しい赤い瞳を思い出す。とても、優しい色をしていて、彼に見てもらえると胸が高鳴るのを感じた。
あの日、彼だったから、私は無事だったんだろうと思う。ピンクスライムの媚薬で発情した直後の私は、雄を刺激していたに違いない。これ幸いとばかりに、気を失っている間に酷い事をされていただろう。
それなのに、彼は私の服を脱がせて汚れを拭き取っただけだった。男性経験どころか、キスすらした事のない私は、それだけでも恥ずかしいけど。
「ピピッ」
温かくて、優しくて、私に聞きたい事もいっぱいあっただろうけど、受け入れてくれた大きな人。私が作った料理を美味しそうにパクパク食べる姿を思い出すと、胸がじぃんとくすぐったいような、痛いような、でも、嬉しい気持が湧き起こる。
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ルゥさん、どうか、私を嫌いにならないで……
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