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 エンフィの気持ちと同じような、厚い雲が天を覆っている。太陽の光も、熱も何もかもが地上には届かず、昼間だというのに暗く冷たい風が吹き荒れていた。

「エンフィ、あなたときたら、ちっとも頼りをよこさないから、心配していたのよ? たまに来ても、大丈夫だの、幸せとしか書いてこないんだもの。今日は来てよかったわ」
「お母様、今日はわたしの結婚式に参加していただきありがとう。わたしも会いたかった、です。3年ぶりになるのね……」

 今日は、エンフィがふたり目の夫と結婚式を挙げる日。イヤルに返事をしてから、あれよあれよという間に決まった。
 ふたり目の夫は、イヤルのビジネスパートナーからイヤルに紹介されたようだ。偶然にも、両親も懇意にしている伯爵家の次男で、彼とは幼い頃に何度か会ったことがあった。
 身持ちも固く、誠実で浮いた噂がない。全くの見ず知らずの男性よりも良いと、半ばなげやりで答えたところ、相手もすぐにでも結婚したいと好意を示した。
 両親が、ふたり目の夫をいつでも迎えることができるよう、とっくに下準備をすませていたため、期間は2ヶ月も経っていない。

「エンフィ、よく顔を見せておくれ。イヤルくんから、君がふたり目の夫を迎える気になったって聞いたときは嬉しかった。でも、無理していないかとも心配していたんだ。今更後戻りはできないが……」
「お父様……。お父様がたが、わたしのためを思って言ってくださっているのはわかっているわ。まだ、気持ちがついていかないけれど、わたしが決めたの。だから、大丈夫よ」

 ふたり目の夫の髪の色に合わせた、真紅のドレスが真っ白い肌によく映える。眩しいものを見るかのように、目を細めながら娘にありったけの思いを込めてだきしめたのは、彼女によく似た壮年期の男性だった。
 どの父の血筋をひこうとも別け隔てなく育てられるとはいえ、やはりひときわ愛おしいようで、彼の腕はなかなか離れなかった。
 そんな父に、エンフィは目尻に涙を浮かべなら広い背に腕を回す。

「おいおい、そろそろ交代してくれ。ああ、エンフィ、とてもキレイだ。だけど、こんなに痩せて、手もあかぎれだらけじゃないか。全く……。イヤルくんひとりしか夫にならないのなら、傷一つ付けずに幸せにするって言ってたのに。この結婚など、認めなければよかった」
「お父様! わたしの事が心配でそう言ってくださるのはわかるわ。でも、イヤルは精一杯わたしのことを大事にしてくれているの。2年前までは何一つ不自由なく過ごしていた。確かに、それからは大変なときもあったけれど、イヤルのお陰で今では前のように経済力もあがってきたわ。それに、彼が、今回の結婚を嫌がるわたしを説得したから、今日という日があるの。彼のことを悪く言わないで」
「エンフィ、すまない。言い過ぎた。折角の日だというのに、私が悪かった……」

 エンフィは、もうひとりの父に抱きしめられながら、きつい言葉を受けた。愛する人の悪口を、愛する人から聞くのは辛い。

(わかってる。お父様の言ったことは、お母様たちも思っているってことを。結局は、両親や赤の他人たちにこんなことを言わせて、イヤルに聞かせる羽目になったのは、わたしのわがままのせいなのね……)

「ご、ごめんなさい。わたし、もう気持ちがいっぱいいっぱいで。だからって八つ当たりをしちゃうなんて。お父様、わたし……」
「エンフィ、彼も悪気が全くないとはいえないかもしれないけれど、愛する子供が少しでも辛い思いをさせたくない一心なのよ。私が言いたかったことを、言ってくれたの」
「うん。ごめんなさい。でも、わたしの気持ちもわかって欲しい」

 親子水入らずの時間、仲直りをしたころ、ドアがノックされた。

「そろそろ時間です。よろしいでしょうか?」

 開いたドアの向こうにいるのは、エンフィにとってふたり目になる夫。
 イヤルは、会場に集まった人々の相手をしており、そこに、彼のエスコートで登場する予定だ。

「ルドメテくん。エンフィをよろしくお願いしますね」
「はい、義母上。義父上がたも。以前にも結婚の申込みをしたように、僕は、ずっとエンフィの夫になりたかったんです。僕の力のかぎり彼女を守り支えます」

 エンフィは、先に会場に向かう三人の背中を見送る。その様子は、とても心細げで儚く見えた。

「エンフィ、その。僕のことを嫌いでもいい。嫌なら肌に触れないと誓う。ただ、側にいるだけでいいんだ。どうか、僕に君を守るという役目を許してくれないか?」
「ルド……。嫌いじゃないわ。ただ、急なことで戸惑っているだけなの。この国では、夫がふたり以上なのが常識なのに、わたしの気持ちがついていかなくて。だから、ごめんなさい」
「謝らないで。嫌いじゃないなら嬉しいよ。少しずつ、僕という人間を知っていってくれたらと思う」
「ええ、あなたも、私のことを知ってください」

 ルドメテは、エンフィが渋々自分を受け入れたことを、誰よりも痛感していた。本当なら、すぐにでも彼女と愛し合いたいと欲望でいっぱいになる。
 だが、強引にすればするほど、長年焦がれていた彼女を傷つけ遠ざけることも知っていた。

「僕の髪の色だね」
「ええ、髪の赤か、瞳の金か迷ったのだけれども。似合うかしら?」
「とても、とても似合っているよ」

 今はまだ、親愛の情でしかないキスを互いに送り合う。
 イヤルよりも太くたくましい腕に、手を預けてふたり並んで会場に入った。

 結婚式は大盛況の内に終わった。ルドメテが隣にいるにも関わらず、エンフィはちらちらとイヤルのほうを見てしまう。彼の表情は微笑みを浮かべており、彼の心のうちの一欠片すらわからなかった。
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