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八年前 そもそもの元凶 (後編)
しおりを挟む「少年、どうしてこんな場所に一人でいるの?お父さんやお母さんはどこ?迷子なら一緒に探してあげるわよ。とはいっても私も迷っているんだけどね。ふふふ」
「母は産まれた時からいないし、父は今まで僕に興味を持ったこともない。どちらにしても僕には必要のない人間だ」
「そう・・・」
彼女はそういったっきり、何事もなかったかのようにあちこちを歩きながら道を探している。普通の人間はここで可哀想にとか自分が守ってあげるとかそういう事を言い始めるのに、どうして目の前の少女は何もいわないのだろうか?
僕は段々と苛立ってきた。もしかして彼女は他の人間と違って、僕に興味が全くないのかもしれない。そう思ったら、いつもは制御できる自分の怒りの感情を抑えることが出来なくなった。
彼女の後をついて歩いていた足を止めて、その場で佇む。すぐに気が付いたらしい彼女は、僕の方をどうしたのかといった顔で振り向いた。思わず怒りの感情に任せてどなった。
「どうして何も言わないんだ!!僕を馬鹿にしているのか!」
するとにっこりと笑った彼女は僕を見下ろしながら満足そうにこういった。
「・・・・ふふ、ようやく子供らしい顔をしたわね。子供は子供らしく感情を顔に出すべきだわ。怒った顔も素敵よ。あらやだ、よく見たら結構整った顔をしているわね。将来有望だわ。良かったわね、少年」
「そ・・・そんな顔で見るな!恥ずかしい!」
僕は肘で赤くなっているだろう自分の顔を隠した。彼女に子供の様な扱いを受けることがどうしても許せなかった。
「そうね両親がいないのは寂しいけれど、あなたの綺麗な髪や滑らかな肌を見る限り誰かが貴方の面倒を見てくれたのでしょう?自分の格好を見て見なさいな。高級生地であつらえられた服に、健康そうな躰。文句を言うべきじゃないわ。人生は与えられたもので勝負するものよ。だから与えられなかったものを嘆くのは人生の無駄だわ。それに・・・・」
そういって彼女は僕の両頬に両手をおいて、じっくりと僕を熱い目で見つめた。これまで美人は数多く見てきたというのに、彼女に見られると心臓が高鳴ってどうしようもなく苦しくなってくる。
「・・・それに、あなたは将来とても美しい男性になるわ。お父様とお母様の遺伝子のお陰ね。そこは感謝しておくべきよ」
「そうだな、その遺伝子のお陰で、母のように将来狂ってしまうかもしれないが、そこも感謝しないとな」
僕が自暴自棄な気持ちになって吐き捨てるように言うと、彼女は微笑ましいといった様子で僕を見た。そうして急に難しい顔になったかと思ったら、何故だか自分の髪に巻いていたリボンを外して僕の前髪を頭の後ろで縛った。それから満足そうにもう一度微笑むと優しい声でこういった。
「あら・・・狂人っていうのは、普通の人がその人を理解するのを諦めた時につける言葉でしかないわ。あなたまでお母様を理解するのを諦めるの?きっとお母様なりの理由や論理がある筈よ。まあお勧めしないけれどもね」
僕は思いもよらなかった彼女の考えに心を打たれていた。
母を・・・あの気が狂って何を言っているのかも分からない母を理解できるとでもいうのだろうか・・・?でも僕は確かに母のいう事をまともに聞いたことは一度もなかった。もしかしてその言葉の中に何か大事なものが隠されていたのかもしれない・・・。
「・・・・どうして僕の髪を縛ったんだ?」
「あら・・・だって折角の美形の顔が髪で隠れて勿体ないのですもの。どうせ一緒に森で迷っているのだから、せめてその顔で私を癒してほしいものだわ。でも本当に綺麗な顔ね・・。少年がもう十年早く生まれてくれていたら、これってロマンティックな出会いになったのかもしれないわね。ふふふ」
「十年もか・・・君は一体何歳なんだ?」
ロマンティックな出会い・・・そうだこれは僕にとっての人生最高の運命を変える出会いだ・・・。
「私は十五になったばかりよ。だから来月デビュタントなの。すっごく楽しみだわ。どんな殿方がいらっしゃるのかしら?やっぱり優しくて洗練された大人の方が素敵よね。それで私の事を深く愛してくれる男性がいればどんなにいいかしら・・・」
目の前の少女はうっとりとした瞳で夢見がちに語っている。少女特有の夢物語に酔っている彼女の隣で、僕は自分の幼さに憤りを覚えていた。僕はまだ十一歳で彼女よりも四つも年下だ。彼女が僕の事を恋愛対象外の少年だとみているのは、その態度からしても明らかだ。
でも僕はせっかく出会うことのできた魂の番を手放す気は毛頭なかった。これほどまでに激しい情熱をもってして誰かを手に入れたいと思ったのは初めてだ。体内を持ったことのない熱が駆け巡る。さっきまで世界が退屈過ぎて人生を手放そうとしていた自分が、信じられないくらいに陳腐なものに感じる。
この世にこれほどまでに面白い生き物がいただなんて信じられない。どんな手を使おうともこの少女を手に入れて見せる。それが僕のこれからの生きる意味だ。
「僕だってあと何年かすればいい男になる。そう君が言ったじゃないか・・」
「ふふふ、そうね。その時はダンスの一曲ぐらいは踊ってちょうだいね。きっと沢山の淑女たちが私を羨ましいっていう目で見るのよ。すごく気持ちよさそうよね」
「そうだね、約束だよ。エミリー」
「あら?私、あなたに名前を名乗ったかしら?」
キョトンとした顔をして僕を見る。その驚いた顔も可愛くて、抱きしめたくなる欲求を抑えるのに必死だった。
「君のハンカチに刺繍がしてあったのを見たんだ」
一生をかけて彼女を手に入れる。今日からの僕の人生は最高のものになるに違いない。彼女の全てをこの手に掴みたい。
「あ・・・道があったわ!少年!私達、無事に戻れそうね。このまま美少年と行き倒れて野犬の餌になる人生もいいと思ったけれど、まだまだ私の運は尽きていないみたいだわ。ここにいれば誰かの馬車が通るはずよ。ここで一緒に待ちましょう?」
「僕はいいよ、エミリー。この先に馬車を待たせてある」
「えっ?じゃあそれに私も乗せて・・・」
「駄目だよ、エミリーは乗せられない」
そう・・・エミリーが僕の馬車に乗るのはもっと先の話だ。僕が完璧な男性になったら彼女を迎えに行こう。それまで僕たちは知り合ってはいけない。僕は彼女の真実の愛が欲しいから・・・それを手に入れるためなら悪魔にでも魂を売ってやろう。
エミリーは少し寂しそうな顔になったが、すぐに納得したようだ。彼女がドレスの下から妙なウィッグと黒縁メガネを取り出して変装を始める。何でもいつもこうやって変装をして、屋敷を抜け出して街で遊んでいるらしい。一体町で何をしているのかと聞いたら、エミリーは笑ってこう答えた。
「釣りをしているおじさまに釣りの仕方を教えてもらったり、たまに犬の散歩を手伝ったりしているの。町はすごく活気があって初めて見るものが多いのよ。運が良ければ移動劇の舞台裏とかも見せていただけたりするの。本当に楽しいわ」
ああ、何て可愛い笑顔なんだ。
愛している、エミリー。
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・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
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