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ダニエルの重たい愛情
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オルグレン伯爵の屋敷に私の悲鳴が響き渡った瞬間、ダニエルがその剣を止めた。そうして私の目の前で跪いたまま、その端正な顔を切なく歪ませたかと思ったら唇を噛みしめてゆっくりと俯いた。剣はいつの間にか手から離されていて、床の上に転がされている。
これから確実に剣でドレスを引き裂かれるものとばかり思っていた私は拍子抜けして、ボタンの取れたドレスを押さえる事すら忘れて目の前に跪いたままのダニエルを見下ろす。
「ダ・・・ダニエル・・・どうかしたの?貴方らしくないわ。気分でも悪くなった?」
私の問いかけにも一切答えようとせずに、ダニエルは無防備に頭を下げたままだ。
そういえばダニエルの頭頂部なんて初めて見た気がする。
そこで私は今まで彼の後姿すら見たことがないのに気が付いた。
ダニエルはいつだって私に背を向けたことがない。そう・・彼はずっと・・・出会ってから本当にずっと私だけを見ていたのだ・・・。別れる時も、いつも私の姿が見えなくなるまで見送ってくれた。
そのことに気が付いて、急に胸の奥がズキンと抉られるように痛んだ。
タンポポの綿毛のように柔らかそうな金色の濃淡のある髪・・・くせっ毛で軽くうねっているところも何だか可愛らしい。そういえばどこかでこんな頭を見たことがあるような気はする。でも正直言って彼と八年前に出会ったと言われても、ほとんど何も記憶に残ってない。
かすかに覚えているのは森で迷った時に見知らぬ少年に会って話をしたという事だけだ。それすらもおぼろげな記憶で、話の内容は全くと言っていいほどに思い出せない。
当の私はそんな状態なのに、ダニエルはその時一目見た私に恋して八年間もストーカーをしていたのだ。そのことをマダム・ボニータ様から聞いた時には、天才ドSの執着はそれ程までに粘着質だったのかと・・・当事者であることを忘れて思わず感心したくらいだ。
「エミリー、僕は君が好きなんだ・・・」
そんな事を考えていたら、突然ダニエルがその重い口を開いたので思考が中断される。慌てて返事を返す。
「そ・・・それは・・・随分前から知っていたわ、初めて会った時から毎回貴方そういっていたもの・・」
「・・・そうだけど、ここまで重症で・・・自分でもどうにもならないくらいに君が好きなのは知らなかったでしょう?もしかしてあまりに僕の愛が重すぎて嫌になってしまったの?」
ダニエルが私の前で跪き、小さく肩を震わせながら蚊のなくような声で話す。いつも尊大で自信満々の彼がそんなにも気弱になっているのを見ていると、こういっては不謹慎だが意外に面白くなってきた。
ダニエルのドSがうつってしまったのかもしれない。この状況を楽しんでいるのがばれないように必死に隠しながら、慎重に声を作って静かに話す。
「正直、あまりの事にびっくりしているわ。でも当然でしょう?私が十五歳の頃からだなんて今でも信じられないわ」
「・・・・でもエミリーは僕の事を好きだよね」
未だに顔を下げたまま後頭部の髪を揺らせて泣きそうな声を出すダニエルを前にして、実は私は史上最強に萌えている最中だと悟られるわけにはいかない。
平然とした調子を装いながら淡々と答える。
「私はどうしてこんなに自分だけ男性にモテないのか本当に不思議だったの。でもこれで理由が分かって安心したわ。ふふ・・」
「エミリー・・・わざと僕を焦らしているの?」
そういって突然予告もなく顔を上げたダニエルは、見たことも無いような真剣な顔つきをしていて、少しドキッとした。そうして彼は静かに立ち上がって、頬を赤く染めながら痛恨の表情を浮かべて私を見た。あまりのカッコよさにくらっと眩暈がしてくる。
完璧な造作の美貌の男性が私を想って苦痛に悶えているなんて・・・こんな状況を想像すらしたことがない。
「・・・僕を好きだと言って欲しい・・・エミリー。真実を知っても、それでも僕を変わらず愛していると君の口から聞きたい・・・」
ダニエルは胸を押さえながら私の前に立った。そのあまりの迫力に一瞬・・・互いの間にある空気が震えたような気がした。私はといえば、ダニエルの八年間の想いを体現したかのような悲痛な表情を見て、歓喜してもっといじめたくなる自分を抑えるのに必死だった。
息をするのも忘れて、目の前の・・・未だに少年っぽさがほんの少し残る彼のきめの細かい肌に見惚れる。
もう外は真っ暗になっていて、薄暗い応接室の中は何本かの蝋燭の灯りで照らされているだけだ。ほんの少し窓から差し込んでくる満月の光と蝋燭の灯りが合わさって、幻想的な雰囲気を醸し出している。
ほのかな明かりに照らされて浮かび上がるダニエルの顔は、まるでおとぎ話の中の王子様のように美しく・・・眩しいほどに麗しい。
これ以上イケメンが私の為に苦悩しているのを至近距離で見ていたら卒倒しそうだ。私はすぐに後ろを向いて視線を逸らし、ダニエルに背を向けた。
「さ・・・さすがにこの重い事実を知って、すぐに返事はできないわ。だって私のお父様やお母様もダニエルの事を知っていて、他の男性と私が恋愛をしないように協力していたってことでしょう?これってかなりの衝撃の事実よ。人間不信になりそうだわ」
「君の御両親はエミリーを本当に愛しているよ。だから僕の本気を理解してくれた時に彼らと約束をしたんだ。僕が十九歳になるまで君には絶対に会わないってね。それでもエミリーへの愛が変わらなければ、後は君の意思に任せると言っていた。それに君の御両親は君の恋愛の邪魔はしなかった。ただ君にくる婚約の話を断ってくれていただけだよ」
「え・・そうなの?私てっきり・・・・」
驚きのあまり振り返ると、唇が触れそうなくらい近くにダニエルがいて更に驚いた。
「あっ・・・ダニエル・・ごめんなさい・・・」
何故だか知らないがつい反射的に謝って再び顔をそむけ、一歩下がってダニエルから離れようとした。すると彼が私の手を握って強い力で引っ張る。
当然わたしの体はそのままダニエルの胸の中にすっぽりと収まって、抱きつくような形になった。そうして体を合わせたまま顔を上げて彼を見ると、その眼には濡れた睫毛が伏せられて細かく震えているのが見えた。
そうしてダニエルは絞り出すように、私に向かって辛そうに目を細めて小さな声で囁いた。
「僕を好きだといって欲しい。それが駄目ならせめて嫌いじゃないくらいは言ってくれないと、もう一生眠れない気がする。だからお願いだ・・・エミリー・・・」
どうしてここまで私なんかに真剣になれるのだろう・・・この人は自分が一体どんな存在なのか自覚しているのだろうか?
私はまるで夢の中にいるような気分のまま・・・ダニエルの顔をじっくりと観察した。
ダニエルは何もかも持っている。地位も名誉も・・・美貌も才能も・・・常人が憧れてやまない物をすべて持っているというのに、こんな風にみっともなく私の愛を乞うだなんて・・・本当に馬鹿げている。
「・・・本当に馬鹿な人ね・・・」
思わず心の中の気持ちが唇から漏れ出した・・・本当に馬鹿で不器用で・・・なんて可愛いらしいのだろうか・・・。
「好きだといって・・・お願い・・エミリー」
私はダニエルの顔を見上げながら、しばらく考えた。でもすぐに好きだというのは何故だか悔しい。八年もかけて騙されて、それにまんまと流されてしまうのは、なけなしのプライドが許さなかった。
少し息を吸って心を落ち着けると、ふわりと軽く微笑んでからダニエルを見た。
「じゃあダニエルが私の腰が抜けるくらいに素敵なキスをしてくれたなら、一度くらいは好きだと言ってあげてもいいわよ。どう簡単でしょう?」
「・・・・・・」
一瞬、戸惑った表情をしたダニエルは、私を見たまま何とも言えない顔をした。彼の腰の部分の上着を両手で掴んでもう一度繰り返す。
「私は動かないでいるわ。だからダニエルが私にキスをするのよ。あの夜会の日のように・・・」
「・・・わかった、約束だよ・・エミリー」
そういってダニエルは私の両腕をつかんで、ゆっくりと顔を近づけた。本当にゆっくりと・・・まるで確認するように徐々に顔を寄せてくる。
まず柔らかい金色の髪がおでこに当たって・・・次に鼻が触れそうになって・・・それから少し顔を傾ける。興奮しているのかダニエルのゆっくりだけども深い息が私の頬をかすめて髪を揺らす。
もう少しで唇同士が触れそうになって身構えた瞬間、ダニエルが大きくため息をついて、急に体を離してうつむいた。
「はぁっ・・・駄目だっ!エミリー、目を閉じていてくれないかな・・?。僕の想いを全て知られていると思ったら、恥ずかしくて君を見ていられない。本当に君が僕を好きだといってくれる場面を想像するだけで、胸がドキドキして息が苦しくなってくるんだ・・・」
「・・うぷっ!・・・ふふふふ」
「エミリー・・!!!!」
私が思わず笑いを零したら、ダニエルが責めるような目をして私を見た。まだまだ笑いの込み上げてくる口元を手で隠しながら、目に涙を溜めて真剣な顔をしたダニエルを見上げる。
「ふふ・・・ふ・・ごめんなさい。だって初めて会った時のダニエルったら自信満々であんなに強引にキスしてきたのに、私から誘ったらそんな風になるなんて・・・すごく可愛いわ。ふふふ」
ムッとした顔をしたままダニエルは私の口元の手を握って、無理やり顔を自分の方に向けさせた。
「可愛いは大人の男性に使う言葉じゃないね、エミリー」
「そうね、ダニエルはもう大人の男性ですものね。大好きよ、ダニエル」
私はそういって、ダニエルの首筋に抱きついてそのままキスをした。予期せずあれほど焦がれていた私の愛の告白を聞いたダニエルは、本当に驚いた顔をして私を見る。その顔が可愛らしくて、私は何度も顔を寄せてはキスを繰り返した。
騙されていたことも、もうどうでも良かった。目の前の可愛らしい・・・私を深く愛しているドSの年下騎士様が可愛く見えて仕方がないのだ。
「エミリーは本当の僕を知っても・・・それでも僕が好きなの?」
「何を言っているの。だから何度も言うけれども、貴方は始めから優しくて洗練された大人の男性ではなかったわ。真性ドSの変態が本当のダニエルでしょう?それなら私は良く知っているもの。私はね、どうやら真性ドSの変態騎士が最後には泣き叫びながら私にひれ伏す姿が見たいらしいわ。私達、お似合いのカップルかもしれないわね。うふふふ」
そうしてまた、何度も軽いキスを繰り返した。
「ん・・エミリー・・・」
するとダニエルは掴んでいた腕を離して私のキスを強引に止めさせると、この上なく嬉しそうな顔をして私を見た。
「分かったよ。僕は僕のままでいていいんだね。良かった、これで君を心置きなく君をいじめられるね」
「・・・?何かいったかしら・・・ダニエル・・・?」
「君が泣いて僕に挿れて欲しいと懇願してもらえるまで頑張るね。八年間、ずっと想像と妄想だけで我慢してきたんだ。実物が目の前にあるのに、もうこれ以上我慢ができないよ。僕だって健全な成人男性だからね。でも心配しないで・・・経験はないけど知識とイメージトレーニングだけは充分すぎる程に積んできたから」
「ちょ・・・ちょっと待って・・ダニエル」
「鞭と蝋燭さえ使わなければいいって言ったよね。あの思い出のリボンはいつも身に着けているんだ。だから君を拘束するのはこんなにも簡単で・・・まるで今日の為に君がこのリボンをあの日僕にくれたみたいだよ」
そういってダニエルは私の手の甲にキスを落とすと、捕食者の顔をしてにっこりと微笑んだ。
これから確実に剣でドレスを引き裂かれるものとばかり思っていた私は拍子抜けして、ボタンの取れたドレスを押さえる事すら忘れて目の前に跪いたままのダニエルを見下ろす。
「ダ・・・ダニエル・・・どうかしたの?貴方らしくないわ。気分でも悪くなった?」
私の問いかけにも一切答えようとせずに、ダニエルは無防備に頭を下げたままだ。
そういえばダニエルの頭頂部なんて初めて見た気がする。
そこで私は今まで彼の後姿すら見たことがないのに気が付いた。
ダニエルはいつだって私に背を向けたことがない。そう・・彼はずっと・・・出会ってから本当にずっと私だけを見ていたのだ・・・。別れる時も、いつも私の姿が見えなくなるまで見送ってくれた。
そのことに気が付いて、急に胸の奥がズキンと抉られるように痛んだ。
タンポポの綿毛のように柔らかそうな金色の濃淡のある髪・・・くせっ毛で軽くうねっているところも何だか可愛らしい。そういえばどこかでこんな頭を見たことがあるような気はする。でも正直言って彼と八年前に出会ったと言われても、ほとんど何も記憶に残ってない。
かすかに覚えているのは森で迷った時に見知らぬ少年に会って話をしたという事だけだ。それすらもおぼろげな記憶で、話の内容は全くと言っていいほどに思い出せない。
当の私はそんな状態なのに、ダニエルはその時一目見た私に恋して八年間もストーカーをしていたのだ。そのことをマダム・ボニータ様から聞いた時には、天才ドSの執着はそれ程までに粘着質だったのかと・・・当事者であることを忘れて思わず感心したくらいだ。
「エミリー、僕は君が好きなんだ・・・」
そんな事を考えていたら、突然ダニエルがその重い口を開いたので思考が中断される。慌てて返事を返す。
「そ・・・それは・・・随分前から知っていたわ、初めて会った時から毎回貴方そういっていたもの・・」
「・・・そうだけど、ここまで重症で・・・自分でもどうにもならないくらいに君が好きなのは知らなかったでしょう?もしかしてあまりに僕の愛が重すぎて嫌になってしまったの?」
ダニエルが私の前で跪き、小さく肩を震わせながら蚊のなくような声で話す。いつも尊大で自信満々の彼がそんなにも気弱になっているのを見ていると、こういっては不謹慎だが意外に面白くなってきた。
ダニエルのドSがうつってしまったのかもしれない。この状況を楽しんでいるのがばれないように必死に隠しながら、慎重に声を作って静かに話す。
「正直、あまりの事にびっくりしているわ。でも当然でしょう?私が十五歳の頃からだなんて今でも信じられないわ」
「・・・・でもエミリーは僕の事を好きだよね」
未だに顔を下げたまま後頭部の髪を揺らせて泣きそうな声を出すダニエルを前にして、実は私は史上最強に萌えている最中だと悟られるわけにはいかない。
平然とした調子を装いながら淡々と答える。
「私はどうしてこんなに自分だけ男性にモテないのか本当に不思議だったの。でもこれで理由が分かって安心したわ。ふふ・・」
「エミリー・・・わざと僕を焦らしているの?」
そういって突然予告もなく顔を上げたダニエルは、見たことも無いような真剣な顔つきをしていて、少しドキッとした。そうして彼は静かに立ち上がって、頬を赤く染めながら痛恨の表情を浮かべて私を見た。あまりのカッコよさにくらっと眩暈がしてくる。
完璧な造作の美貌の男性が私を想って苦痛に悶えているなんて・・・こんな状況を想像すらしたことがない。
「・・・僕を好きだと言って欲しい・・・エミリー。真実を知っても、それでも僕を変わらず愛していると君の口から聞きたい・・・」
ダニエルは胸を押さえながら私の前に立った。そのあまりの迫力に一瞬・・・互いの間にある空気が震えたような気がした。私はといえば、ダニエルの八年間の想いを体現したかのような悲痛な表情を見て、歓喜してもっといじめたくなる自分を抑えるのに必死だった。
息をするのも忘れて、目の前の・・・未だに少年っぽさがほんの少し残る彼のきめの細かい肌に見惚れる。
もう外は真っ暗になっていて、薄暗い応接室の中は何本かの蝋燭の灯りで照らされているだけだ。ほんの少し窓から差し込んでくる満月の光と蝋燭の灯りが合わさって、幻想的な雰囲気を醸し出している。
ほのかな明かりに照らされて浮かび上がるダニエルの顔は、まるでおとぎ話の中の王子様のように美しく・・・眩しいほどに麗しい。
これ以上イケメンが私の為に苦悩しているのを至近距離で見ていたら卒倒しそうだ。私はすぐに後ろを向いて視線を逸らし、ダニエルに背を向けた。
「さ・・・さすがにこの重い事実を知って、すぐに返事はできないわ。だって私のお父様やお母様もダニエルの事を知っていて、他の男性と私が恋愛をしないように協力していたってことでしょう?これってかなりの衝撃の事実よ。人間不信になりそうだわ」
「君の御両親はエミリーを本当に愛しているよ。だから僕の本気を理解してくれた時に彼らと約束をしたんだ。僕が十九歳になるまで君には絶対に会わないってね。それでもエミリーへの愛が変わらなければ、後は君の意思に任せると言っていた。それに君の御両親は君の恋愛の邪魔はしなかった。ただ君にくる婚約の話を断ってくれていただけだよ」
「え・・そうなの?私てっきり・・・・」
驚きのあまり振り返ると、唇が触れそうなくらい近くにダニエルがいて更に驚いた。
「あっ・・・ダニエル・・ごめんなさい・・・」
何故だか知らないがつい反射的に謝って再び顔をそむけ、一歩下がってダニエルから離れようとした。すると彼が私の手を握って強い力で引っ張る。
当然わたしの体はそのままダニエルの胸の中にすっぽりと収まって、抱きつくような形になった。そうして体を合わせたまま顔を上げて彼を見ると、その眼には濡れた睫毛が伏せられて細かく震えているのが見えた。
そうしてダニエルは絞り出すように、私に向かって辛そうに目を細めて小さな声で囁いた。
「僕を好きだといって欲しい。それが駄目ならせめて嫌いじゃないくらいは言ってくれないと、もう一生眠れない気がする。だからお願いだ・・・エミリー・・・」
どうしてここまで私なんかに真剣になれるのだろう・・・この人は自分が一体どんな存在なのか自覚しているのだろうか?
私はまるで夢の中にいるような気分のまま・・・ダニエルの顔をじっくりと観察した。
ダニエルは何もかも持っている。地位も名誉も・・・美貌も才能も・・・常人が憧れてやまない物をすべて持っているというのに、こんな風にみっともなく私の愛を乞うだなんて・・・本当に馬鹿げている。
「・・・本当に馬鹿な人ね・・・」
思わず心の中の気持ちが唇から漏れ出した・・・本当に馬鹿で不器用で・・・なんて可愛いらしいのだろうか・・・。
「好きだといって・・・お願い・・エミリー」
私はダニエルの顔を見上げながら、しばらく考えた。でもすぐに好きだというのは何故だか悔しい。八年もかけて騙されて、それにまんまと流されてしまうのは、なけなしのプライドが許さなかった。
少し息を吸って心を落ち着けると、ふわりと軽く微笑んでからダニエルを見た。
「じゃあダニエルが私の腰が抜けるくらいに素敵なキスをしてくれたなら、一度くらいは好きだと言ってあげてもいいわよ。どう簡単でしょう?」
「・・・・・・」
一瞬、戸惑った表情をしたダニエルは、私を見たまま何とも言えない顔をした。彼の腰の部分の上着を両手で掴んでもう一度繰り返す。
「私は動かないでいるわ。だからダニエルが私にキスをするのよ。あの夜会の日のように・・・」
「・・・わかった、約束だよ・・エミリー」
そういってダニエルは私の両腕をつかんで、ゆっくりと顔を近づけた。本当にゆっくりと・・・まるで確認するように徐々に顔を寄せてくる。
まず柔らかい金色の髪がおでこに当たって・・・次に鼻が触れそうになって・・・それから少し顔を傾ける。興奮しているのかダニエルのゆっくりだけども深い息が私の頬をかすめて髪を揺らす。
もう少しで唇同士が触れそうになって身構えた瞬間、ダニエルが大きくため息をついて、急に体を離してうつむいた。
「はぁっ・・・駄目だっ!エミリー、目を閉じていてくれないかな・・?。僕の想いを全て知られていると思ったら、恥ずかしくて君を見ていられない。本当に君が僕を好きだといってくれる場面を想像するだけで、胸がドキドキして息が苦しくなってくるんだ・・・」
「・・うぷっ!・・・ふふふふ」
「エミリー・・!!!!」
私が思わず笑いを零したら、ダニエルが責めるような目をして私を見た。まだまだ笑いの込み上げてくる口元を手で隠しながら、目に涙を溜めて真剣な顔をしたダニエルを見上げる。
「ふふ・・・ふ・・ごめんなさい。だって初めて会った時のダニエルったら自信満々であんなに強引にキスしてきたのに、私から誘ったらそんな風になるなんて・・・すごく可愛いわ。ふふふ」
ムッとした顔をしたままダニエルは私の口元の手を握って、無理やり顔を自分の方に向けさせた。
「可愛いは大人の男性に使う言葉じゃないね、エミリー」
「そうね、ダニエルはもう大人の男性ですものね。大好きよ、ダニエル」
私はそういって、ダニエルの首筋に抱きついてそのままキスをした。予期せずあれほど焦がれていた私の愛の告白を聞いたダニエルは、本当に驚いた顔をして私を見る。その顔が可愛らしくて、私は何度も顔を寄せてはキスを繰り返した。
騙されていたことも、もうどうでも良かった。目の前の可愛らしい・・・私を深く愛しているドSの年下騎士様が可愛く見えて仕方がないのだ。
「エミリーは本当の僕を知っても・・・それでも僕が好きなの?」
「何を言っているの。だから何度も言うけれども、貴方は始めから優しくて洗練された大人の男性ではなかったわ。真性ドSの変態が本当のダニエルでしょう?それなら私は良く知っているもの。私はね、どうやら真性ドSの変態騎士が最後には泣き叫びながら私にひれ伏す姿が見たいらしいわ。私達、お似合いのカップルかもしれないわね。うふふふ」
そうしてまた、何度も軽いキスを繰り返した。
「ん・・エミリー・・・」
するとダニエルは掴んでいた腕を離して私のキスを強引に止めさせると、この上なく嬉しそうな顔をして私を見た。
「分かったよ。僕は僕のままでいていいんだね。良かった、これで君を心置きなく君をいじめられるね」
「・・・?何かいったかしら・・・ダニエル・・・?」
「君が泣いて僕に挿れて欲しいと懇願してもらえるまで頑張るね。八年間、ずっと想像と妄想だけで我慢してきたんだ。実物が目の前にあるのに、もうこれ以上我慢ができないよ。僕だって健全な成人男性だからね。でも心配しないで・・・経験はないけど知識とイメージトレーニングだけは充分すぎる程に積んできたから」
「ちょ・・・ちょっと待って・・ダニエル」
「鞭と蝋燭さえ使わなければいいって言ったよね。あの思い出のリボンはいつも身に着けているんだ。だから君を拘束するのはこんなにも簡単で・・・まるで今日の為に君がこのリボンをあの日僕にくれたみたいだよ」
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