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11 本当に欲しいのは
しおりを挟む殿下から頂いた薬のおかげであかぎれもだいぶ治ってきた。
大した傷じゃないって思っていたし、
いてて、ってなっても気にしないようにしていたけど、
やっぱり綺麗に治ると嬉しい。
だけど今度は別の悩みが湧いてくる。
(わたし、殿下から貰ってばかりだなぁ……)
給仕服に薬に……形として見えるものだけじゃない。
殿下からはたくさん良くしてもらっている。
それなのにわたしから何かをあげたことはない。
(な、何か……何かお返しを……!)
わたしに出来ることってなんだろう?
(……料理?)
でも台所は台所メイドしか使っちゃ駄目なんだ。
普段食事を作る際も、中に入れてはもらえるんだけれども、
させてもらえるのは皮むきとか芽を取るとかそういう工程の手伝いまでだ。
調理は料理長の仕事だし、
メイドが個人的な用で台所に立つことは許されていない。
(じゃ、じゃあ……何か買ってくる……?)
お給金は全部貯めてある。
故郷に戻るためのお金だけれども……
お世話になっている殿下に感謝を伝えるためだ、多少削っても……
(……わたしの手持ちで買えるようなもので、殿下が満足すると思えないよ~っ)
他に出来ることは、って指折り数えてみるけどどれもこれも駄目。
もしくは殿下が喜ばなさそうだった。
(う~……どんどんわかんなくなってきちゃう……)
こうなったら本人に直接訊くしかない。
「殿下は何か欲しいものってありますか?」
「特にありません。
……大方、私に贈り物をしたいとでも考えているのではないでしょうか。
きっかけはこの間の保湿剤ですかね」
……!?
「うそうそっ!? なんでそこまでわかっちゃうんですか!?」
「あはは、見ていればわかりますよ」
殿下はあっけらかんとしているけれども、わたしの心境はもう滅茶苦茶だ。
あわあわとしていると彼が考え込むよう首を傾げたあと訊いてくる。
「……それは形のないものでも構いませんか?」
「は、はいっ、なんでもいいんで言っちゃってください!」
無理やりひねり出してほしいわけではないんだけど……。
要望なら何でもオッケーだ。
「じゃあ、あなたの時間が欲しいです」
「へっ? そんなのでいいんですか?」
少しの間のあとに返ってきたのは拍子抜けするような内容だった。
「本当にそんなものでいいんですか?」
「そんなものと言いますが……私が今一番ほしいものなんですよ」
ぽかん、としているわたしに殿下はずい、と顔を近づけてくる。
本気で怒っているわけではないのだろうけれどもちょっと圧がある。
「う~んわかりました。
えへへ、なんですか。何を頼みたいんですか。
お掃除ですか、それともお料理ですか。
針仕事は苦手ですけど頑張っちゃいますよ!」
……殿下にしてもらったことと比べるとそれがお礼になるのか疑問だけれども、
欲しいっていうならわたしはそれに応えたい。
「ああ、えっと……それも素敵ではあるのですが、今日はそうではなくて」
殿下は少し躊躇いがちになって、すぅと一呼吸置いてから口を開く。
「使用人としてではなく、あなたとして一緒にいてください」
わたしは殿下に連れられて御部屋へと向かった。
(きちゃった……またきちゃった……)
今日は午前だけで仕事は終わりだったし、予定とかもない。
だからこそこの機会に何か出来たらなぁ、って思ったわけでもあるんだけど。
「さあ、ゆっくりしてください」
「ゆ、ゆっくりって……言われても……」
見るからに高そうな家具とか、
よくわからないけど絶対触っちゃ駄目そうな書類とか置いてあるし……
とてもじゃないけどリラックスできる空間じゃない。
「ん……? パウリナさん、どうして立ち竦んでいるのですか……?」
殿下はさっさと椅子に座ってしまって、わたしを不思議そうに眺めている。
テーブルの上には既に大皿とティーセットが用意されていた。
「今日は私が淹れてみますね。
私、こう見えても結構上手いんですよ」
恐る恐る椅子に座ると殿下はふんふん張り切りながらポットを手に取る。
お茶請けはクッキーだ。
「あ~ん」
「っ!? で、殿下……?」
そのクッキーを一枚摘まんでわたしの口元に運ぼうとしてくる。
びっくりしてしまって固まっていると、
つーん、と唇を尖らせてしまった。
拗ねちゃったのかな、と思ったけど……
「あ、アルフさん……?」
「正解です」
ニコッ、と微笑み、またクッキーを差し出される。
「焼きたてなんですよ」
「うっ、うぅ……自分で食べちゃだめですかぁ……?」
「……今は私のパウリナさんなんですから。
それとも、こういうわがままは許してもらえませんか?」
流石に恥ずかしくって躊躇っていると、今度はむくっ、と膨れてしまった。
……殿下ってこういう表情もするんだ。
「あ、あ~ん……」
「うふふ。かわいらしいひと」
お茶を終えたあと、部屋の中を好きに見ていいって言われた。
一通りうろちょろとしてから壁際に並べられた本棚をなんとなく眺め始めた。
わたし、字って読めないし。本も当然読めないんだけど。
天井に届くくらい大きな棚が三つ壁に沿って置かれていて、
そのどれもがぎっしりと本で埋められている。
殿下はこれ全部読んでるのだろうか。王族って大変だ。
装丁っていうのかな。この本は背表紙がきらきらで綺麗だな、とか
こっちの本は字しか書かれていない、お堅い内容なのかな、とか
ぼんやりと考えながら目で追っていると、
「ああ、そこには触れないでください」
ぬっ、と背後から殿下が現れた。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
「いえ。怒っているわけでは……
その辺りの本は古いうえにあまり状態が良くないものが多いので……
かび臭いのは嫌でしょう?」
「わかりました~……」
殿下は少しの間のあとに訊いてくる。
「何か読みたいものがあるのですか?」
「い、いえ……わたし、その……読めないんで、文字」
ちょっと言うのが恥ずかしかったけど、まあ事実だし……。
「興味はおありで?」
「んー、なんとなく、見てただけです。えへへ……。
あっ、でも普段アルフさんがどういうものを読んでいるのかは知りたいですっ!」
ちょっときょとりとしたあとに、殿下はにっこりと微笑んで棚に手を伸ばす。
「でしたら」
そして一冊を手に取る。
「図鑑です。あまり堅い内容ではありませんし、挿絵が綺麗でして。
……私も好きなんです」
本を片手にベッドへ掛けると殿下は自分の隣をぽんぽん、と二度叩く。
「パウリナさん」
おいでってことだろうか。
わたしは側に早足で向かった。
「わっ」
すると、突然目の前が真っ暗になった。
殿下はわたしをベッドに引きずり込んでシーツを被せてきたんだ。
突然引っ張られたからびっくりしてベッドに転がり込んじゃったけど、
乱暴なことをされたわけではない。
どちらかというと小さな子どものいたずらみたいだった。
……殿下も小さな子どもなんだけど。
「こっちの方が雰囲気があるでしょう?」
テントみたいになっているシーツの中で殿下とわたしは顔を見合わせる。
「これはジェストライム、クランリッツェ南部……ちょうどイベルスカ辺りで採れる鉱石です。
カットしたばかりのものはほら、この右下の写真のように緑色をしているのですが、
時間が経つと魔力の影響で淡い紫色に変色していく不思議な石なんです。
その次が……ああ。
これは所謂縁結びのまじないに使われていたものでして、
今でも女性への贈り物として人気が高いんですよ。
私も以前に実物を見たことがありますが、
淡い紅色の層とベールのような白い層が縞のようになっていて何とも不思議な色合いなのです。
ああパウリナさんにも一度見てもらいたいなぁ」
図鑑をめくる彼はなんだか楽しそうで横顔が心なしか幼く見える。
宝石、好きなのかな。
めくった頁を眺めて、殿下が読み上げて、それから彼の言葉で説明してくれて。
繰り返すうちにピタ、と目線があった。
「……っ」
目と鼻の先に顔があるんだ。殿下のふさふさとしたまつ毛まで見えちゃう。
「パウリナさん?
そんな反応をされたら……食べてしまうかもしれません」
そういって殿下はがおー、と爪を立てたポーズをする。
「えへへ、アルフさんはそんなことしませんよー」
「おやおやパウリナさんはほんとうにかわいらしいですね」
くすくす、とささやかに笑う彼はやっぱり大人びている。
殿下は図鑑をめくる手を止めて、片肘をつくような姿勢でわたしに向き直る。
なんだか真面目な雰囲気だ。
「……もし、私の本質が恐ろしい化け物だったとしても
あなたは受け入れてくれるのでしょうか?」
どんなことを言われるのだろう、と思って身構えていたら、
ポツリ、と小さな声がそう呟いた。
「……? はい、だってアルフさんはアルフさんですから」
「……ふふ、うふふ。そうですか。
私、意地悪ですから。そんなことを言っているとほんとにこうですよ」
それから彼はガバッと勢いよくわたしに覆い被さってくる。
「きゃー……」
間近で触れ合うとやっぱりちっちゃい。
重さだってわたしより軽いんじゃないかってくらいだ。
殿下がそういうじゃれ合いをすると思ってもいなかったから
わたしは彼を受け止めながらくすくす笑い転げていた。
「聖人君子ではないんですよ、本当に」
もう一度ポツリと呟かれた言葉にどんな感情がこもっているのかはわからなかった。
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