恋語り

南方まいこ

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オーディンの行方

#47

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 王宮へ辿り着き、飾りの多い門を抜けると、広大なグランドガーデンを目にする。
 綺麗に形が整えられた植木などは、公爵家でも目にするが、王宮は段違いの凄さで、思わずシャールが「凄い」と言えばガイルは目を細め、毎日見てるから凄さが分からないと言う。
 ふっとガイルが顎を向け「あそこが神殿だ」と彼が指さした方向を見れば、大きく真白な建物が見える。

「門前の扉には幸運を呼ぶと言われる水鳥の彫り物が見えるんだが、ここからじゃ小さ過ぎて分からないな」
「……そうなんだ」

 シャールはいい機会だと思い、そのまま話しかけた。

「ガイルは僕の母に誓を立てた護衛騎士だったの?」
「そうだよ。……けど騎士失格だろ? あるじを失った騎士なんて、恥晒はじさらしもいいところだ」

 そんなことを言うガイルを見ながら、母が死んでしまったのは病気だと聞いてるし、だから決して彼のせいでは無いのに、どうしてそんなに責任を感じる必要があるのだろう、とシャールは不思議に思った。
 ガイルは神殿のある方向をじっと見つめながら「あんな場所、さっさと壊せばいい」と厳しい口調で言いながらも、何処か寂し気に見えた。
 その表情を見て、あの神殿のせいで、彼は一生消えない傷を負ってしまったのだとシャールは感じた。

「恩返しの為に、母に誓いを立てたの?」 
「そうだよ、それと親友との約束でもあったんだ」

 馬車が止まるとガイルは「その話はまた今度にしよう」と言い、先に降りた。
 シャールも彼の後を追うように急いで馬車を降りれば、規律正しく整列する騎士の敬礼を目にした。
 自分よりも遥かに背の高い男達が、チラチラとこちらを見ているので、ちょっと怖いな……、と尻込みしているとレオニードが駆け寄って来てくれた。

「どうされましたか?」
「ううん、騎士さんが沢山いるから、ちょっと……」

 なるほど、と納得したレオニードが辺りにいる騎士を睨むと、みな一斉に空を眺め始めたので、少し気が楽になった。
 どうやら、噂で皆シャールのことを知っていて、ガイルが盲愛もうあいしていると言う噂が溢れ返っており、一目見ようと集まっているらしく、普段の倍以上の警護の数だと言う。

「まったく、シャール様は見世物ではないと言うのに……」
「皆、僕を見に来たの?」
「半分くらいはそうでしょうね」

 わざわざ見に来たのなら、挨拶をした方がいいのかな? と思い、シャールは騎士達に向き合うと「はじめましてシャールと言います」と挨拶をしたが、あっと言う間に囲まれて、次から次へと挨拶をしてくるので、誰が誰なのか分からなくなった。
 レオニードは「お前達のような、むさ苦しい顔をいつまでも見ていると、主の具合が悪くなる」と普段は滅多に目にすることの無い厳しい表情と、口振りで騎士達を払い除けた。
 
「シャール様、駄目ですよ。簡単に笑顔を振りまいては相手が誤解します」
「誤解?」
「はい、自分に好意があると思う馬鹿が多いのです」

 先を歩くガイルが、こちらの様子を見て「俺より、お前の方が、よっぽど過保護だ」と言葉を溢せばレオニードは、両手を広げて反論した。

「私は護衛騎士ですので、過保護ではありません」
「まったく、ああ言えば、こう言う、子供の頃は素直で本当に可愛かったんだが、な」

 言い合う二人の話を聞きながら、華やかなエントランスホールへ辿り着くと、自分達の到着を待っていた城の案内人が駆け寄って来る。
 緊張気味に「アデラ公爵、ご案内を致します」と腰を折る案内人に、ガイルはコクリと頷いた。
 シャールとガイルの二人が、マノエル宮殿へと案内されることになり、レオニードは「それでは、私はこちらで待機しております」と彼は客人の間で待機することになった――。

 案内人が、この大宮殿から正面が国王が暮らす宮殿で、そこから枝分かれした場所に沢山の宮殿が点在していると、宮殿の歴史を教えてくれる。
 案内人の話を聞きながら、何度も通路を曲り、幾つもの庭園を通り過ぎ、ようやく目的のマノエル宮殿へと辿り着いた。

「ここが……マノエル宮殿」
「左様で御座います。この宮殿はエルーザ第二后妃様の為に建てられた宮殿です」
 
 マノエル宮殿で働く使用人は少人数で、護衛の騎士を入れても十人程度しかいないと説明しながら、案内人は客人用のサロンへと案内をしてくれた。

「それでは、私は門前で待機しております」
「ああ、案内をありがとう」

 ガイルが「は……」と小さな溜息を付くと「疲れてないか?」と聞いて来る。

「僕は大丈夫。けど、凄く遠いんだね」
「ああ、王妃に気を遣って陛下がここに建てたんだ。気を遣うなら第二后妃など、手に入れなければ良かったのにな?」

 とガイルは悪戯っぽく笑みを溢した。
 そのままサロンで待っていると、カツンと小さな音が鳴り、入り口が開かれると、煌びやかなドレスを纏った気品のある女性と、その後を付いて召使いが一緒に入って来る。
 ガイルは颯爽と女性の前まで行き、跪くと「エルーザ様、お久しぶりです。お元気そうで安心しました」と丁寧に挨拶をした。
 
「アデラ公爵も、お元気そうで何よりです」

 柔らかな声を出し、会話を交わすエルーザの視線が、ふとシャールへ動いたのを見て、ガイルはこちらへ来るように言う。
 おずおずと近付き、シャールは途惑いながら挨拶をした。

「初めましてシャールです。おじゃま致します」
「まあ、可愛らしいこと……」

 口元にあった羽扇うせんを下し、女性は柔らかな笑みを浮かべ「はじめまして、私の名はエルーザです」と名前を教えてくれる。
 ガイルは、シャールが現在貴族の礼儀に関して勉強中で、無作法があるかも知れないことを先に謝罪すると。

「アデラ公爵、この宮殿では、そんなこと気にしなくてもいいわ」
「感謝いたします」
「さ、喉が渇いたでしょう? 直ぐにお茶を用意しますね」

 召使いが運んで来たティーセットの前へ行くと、エルーザが食器を並べながら「自分で淹れるのが趣味なのよ」と言い、御茶を淹れる。
 息子を失った割には平然としており、悲しくないのかな? とシャールは不思議に思うけど、自分と一緒で実感が湧かないだけかも知れないし、気丈に振る舞っているだけなのだと思った。
 優雅にお茶を淹れるエルーザの姿を見ながら、やっぱり全体の雰囲気は何処かオーディンに似ていると、シャールは彼の面影を重ねた。
 貴族の中でも末端の男爵家の長女として生まれたエルーザは、成人した後、王宮で侍女をしていたと言い「余程のことが無い限り、御茶は自分で淹れるのよ」と笑みを浮かべると、直ぐにガイルが口を開いた。

「陛下がエルーザ様の御茶を淹れる姿に一目惚れしてね。朝昼晩と毎日のように御茶を淹れさせていたんだが、その意図に気が付かなかったエルーザ様は……」
「まあ、アデラ公爵、お喋りな殿方は嫌われましてよ?」
「……はい」

 エルーザが淹れ終わった御茶をシャール達の前へ差し出す。

「さ、冷めないうちにお召し上がりください」
「いただきます」

 カップの横に柑橘系の果物が添えてあり、それを入れると爽やかな風味になると教えてもらい、シャールは早速入れて飲んでみる。

「美味しい……」
「でしょう? 殿方にはお茶の味が分からない人が多いけど、貴方は繊細な舌を持っているのね」

 彼女は満足そうに言葉を溢し、そのままチラっとガイルの方へ視線を投げる、その視線に気が付いた彼は「私も分かりますが……」と少し張り合うように言うのが聞え、エルーザがくすくす笑い出した。
 どうやらガイルがまだ若い頃に、御茶を淹れてもらったことがあるらしく、その時に彼は小首を傾げたあと、一気に飲み干したと言う。
 その時からエルーザは騎士には二度と、御茶を淹れないと誓ったらしい。

「ところでエルーザ様、シャールに何か渡したい物があるとか?」
「そうね、渡したい物は――」

 そう言いながら、胸元から布切れを一枚取り出した。
 何の変哲もない布を机の上に置き「これをね・・・・――」と言葉と一緒に布の上でエルーザの指が動いた。

――え……

 動く指を見れば(死んでない)と確かにそう指で書いている、どうして言葉に出来ないのかは分からないけど、誰にも知られてはいけないことだと瞬時にシャールは理解した。
 オーディンは死んでないとエルーザが教えてくれて、自然とシャールの目が潤んだ。
 彼が死んでしまったと聞かされて、悲しくても一度だって出なかった涙が初めて零れ落ち、隣にいるガイルが慌てて声をかけてくる。

「どうしたんだ?」
「…っ、大丈夫」

 エルーザは背後に立つ召使いを気にするように「これ、最後にあの子が持っていたのよ」と言いながら、また指が動き出す(遺体は別人だった)と動く指文字を見て、死体の確認をした時エルーザは直ぐに、遺体が自分の息子では無いことを知ったようだった。
 遺体がオーディンでは無いと分かった安堵からなのか、急にシャールの目が眩み、正面にいるエルーザが崩れていくような感覚に襲われた。

「シャール!」

 ガイルの声が耳元で聞こえたと思ったと同時に、シャールは暗闇へと誘われた。




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