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18.追いかけても無駄
しおりを挟む肩を小刻みに揺らし、くすくす笑い続ける長谷部に「何がそんなにおかしい?」と誠人は小首を傾げた。
「いや、この間のこと思い出してた。須藤が、誰かを追いかける姿なんて、なかな見れないもの見せてもらったな、と思ってさ」
「あれは、あいつが以前トラブルに巻き込まれてた事があったから、心配になっただけで……」
へぇ……、と長谷部が目を眇める。何か言いたそうな顔を見て、嫌な予感を感じた誠人は、それを遮ろうとして、うっかり口を滑らせた。
「あー、そういえば、あいつ今日は大学でイベントがあるって言ってたな、けど何処の大学か分からなくてさ……」
「イベントって何のイベント?」
「書道とか言ってたな――」
それを聞き長谷部は携帯の電源を入れる。サクサクと検索し「ああ、ここの大学じゃない?」と画面を見せられて確認する。
『朝日出版社企画:書道パフォーマンス』とニュースサイトに細かく情報が載っていた。
大学に関する書道のイベントは、その一件だけのようで、多分、その大学で間違いないだろうと誠人は思う。
場所は分かったが、今から行って間に合うのかと一瞬考える。そもそも、どうして自分が行かなきゃいけないのか? と自分の中で納得出来ない部分があった。
一人で悶々と頭を悩ませていると、こちらの顔を覗き込む長谷部が、「見に来て欲しかったんだろうね」と笑みを浮かべた。
「書道なんて俺が見ても……」
「別に、書道じゃなくて彼の姿を見てあげればいいんじゃないの?」
「いや、だから……」
「気になるくせに、どうして強がるかな」
長谷部は悪戯に微笑むと「よし、行こう」と誠人の腕を引っ張った。
強引に体を引っ張られると、地下の駐車場へと向かう。そのまま長谷部の車に押し込まれ、「おい、俺も車で来てる」と反論した。
「ああ、それなら須藤の車で行こうか」と結局、海翔の大学へ向かうことになった。
どうして自分の周りにいる奴は、お節介な奴ばかりなんだろうか……。助手席でナビゲーター気取りの長谷部を睨みながら、海翔の大学へ向かうが、午前中のイベントと書いてある通り、既に片付け作業に入っていた。
割と大きなイベントだったようで、数人の企業関係者らしきスーツを着た人間が、学生を呼び止めて何か話している姿が目に入る。
「あらら、残念、終わってる見たいだね」
「ほら見ろ、わざわざ来ること無かっただろ」
ぶちぶちと誠人が長谷部に文句を言っていると、袴姿の海翔が走り寄って来る。紫色の上衣と、縦じま袴が妙な色気を醸し出し、思っていた以上に和装が似合う。ぼぅっと見惚れていると、不貞腐れた海翔が「誠人さん……、遅い。もう終わっちゃったよ」と文句を言う。
「あー、悪い、ちょっと用事が――」
「……デートだったの?」
背後の長谷部が目に留まったようで、どうやら誤解をしていることに気が付いた。
「ん、……あ、違うぞ? 今日たまたま一緒に――」
「いい、こっちこそ変なことに誘ってごめん、じゃあ、また」
言葉をぷっつり遮られて、出会った頃よく見せていた作ったような笑顔を浮かべると、海翔はスタスタと構内へ入って行った。
元々ドライな性格なのだから、誠人が来ること自体、さほど期待もしてなかったのだろう。いったい、何しに来たんだ自分は……、と心が空回りしている気分になった。
背後にいる長谷部に「わざわざ来ることも無かったな」と誠人は一言告げる。
「そう? まあ、そう思うなら、それで良いんじゃない?」
「はあ、しかし、何と言うか、しみじみ年齢差を感じたな」
「確かに、大学生なんて、随分前に通り過ぎた青春だもんな、あ、懐かしくなった?」
「そうだな……」
一旦、構内に目を向け、大きな溜息を吐いた。自分が同じ大学生だったら、迷わず追いかけて行けたのになと、消えた海翔の残像を思い浮かべる。
――いや、たぶん、追いかけても無駄か……。
苦笑を浮かべて誠人は「長谷部、今日は暇か?」と尋ねた。「もちろん」と返って来る答えを聞いて、「なら、久々に付き合え」と車に押し込んだ。
「車、一旦取りに戻るか?」
「どっちでもいいよ、けどいいの? さっきの子」
「ん?」
「だって、好きなんじゃないの?」
どちらかと言うと、可愛がってた猫にそっぽを向かれた気分だが、それだけでは無い感情も湧いている。だとしても、どうしようもないと思った。
車を走らせ、会場へ長谷部の車を取りに行くことにしたが、まだ会場は親睦会が続いていることもあり、どうするか考えた。
どうやら同じことを長谷部も思っていたようで、「どうする? 一旦、金子先生に挨拶だけしておく?」と聞いて来る。
「そうするか」
「滅多に会えないし、そうしよう」
取りあえず駐車場へ車を停め、エンジンを切った瞬間、グイっと長谷部にネクタイを引っ張られる。「え……っ」小さく出た誠人の声は、長谷部の唇に塞がれるが、いきなりだったので、目を閉じる暇もなかった。
触れるだけのキスなんて、珍しいことをしてくる長谷部を、誠人はそのまま見つめた。
「……ぅ」
唇が離れる瞬間、ぺろっと口端を舐められ、長谷部の片手が這うように、誠人の股間へ降りて行った。擽るかのように擦られて「反応悪くない?」と言われる。軽く笑みを零し誠人は反論の言葉を返す。
「こんなことで反応するほど若くない」
「さようですか……」
二人で会場に戻ると、一通りの挨拶を済ませた。
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